うわさばなし/原作中


ドリーム小説 真昼間から防衛装備の点検に勤しんだパトリックは、心ばかりの高級な茶菓子を前にひと時の休息を取っていた。
巨体の隣にはニーカが座る。
小さな口を大きく開けて遠慮なく豪快に、見ていて気持ちがよろしくなるほど幸せそうな表情で頬袋をふくらませる姿は、思わず自分の菓子まで渡してやりたくなるものだ。

ツェッド・オブライエンは「伺いたいことがあるのですが」とことわってから二人の向かい側に腰かけた。
ずい、と差し出された菓子の山は丁重に押し戻す。
「ミス・はどんな方なんですか?」
新参者であるツェッドは、事務所内でこの名前が警戒される理由がいまいち理解できなかった。
旧友であるという上司二人の評価は真っ二つに分かれて永遠に交わらなそうであるし、兄弟子の意見は論外で、チェイン・皇は口を閉ざし、レオナルド・ウォッチは関わりが薄く、K・Kはここのところ留守がちだ。
というわけでツェッドは、古参であり事情にも通じていそうなパトリックに白羽の矢を立てた。
パトリックはフォークを振って、非常に簡潔に答えた。
「上客だぜ。なあニーカ?」
「ん」
こくりと頷いたニーカの細い指が枚挙する。
「注文は明確。無理を無理だと理解する。金額だとか納期だとかで解決できる問題だったら基本的に技師の意見を尊重する。仕様書の確認が超早い。連絡したらいつでも繋がる。技術と時間に報酬を惜しまない」
「ついでに差し入れが酒だ」
「この間はカステラだった」
「……あの、注文が入るんですか?」
声が引きつった気がする。
彼らの商売は武器の取り扱いが主ではなかったか。
ツェッドの質問に、大小の顔が見合わせられた。
「ありゃ護身用だろ」
「『自分に害を及ぼそうと行動した相手にだけ反応する射出型スタンガン』」
「イメージが……あー……サイマティック……、何だっけな。知らん単語だったから調べようと思ってたのに忘れてた。まあ人界の技術じゃ無理だし、よしんば異界のブツで組み込めたとしても『害意』には主観が入りまくるからな。作成も仕入れも無理だっつったら電池式の電撃ピストルはどうかって言われたんで調べて仕入れたんだよ」
「ブラッド・バレット・アーツのような?」
パトリックは豪快に笑い飛ばした。
そんなもの、落雷と静電気を比べるような話だ。
スタンガンは半径一メートル以内、練習してもせいぜい三人を相手にするのが性能の限界。
使い手次第で化けはするものの、ミス・はずぶずぶのずぶな素人である。微調整がてら構えさせた際の武器を持つのも初めてな危うい手つきに、わざわざ基礎を手ほどきしたくらいには。
伝手がなければ、パトリックらとは死ぬまで縁がなかったとわかる、柔らかくて平和な手を持った女性。
それが二人の知るミス・だ。
「一応アイツに報告したらこの世の終わりみてーな顔してたがなあ」
大男の脳裏に浮かぶのは、すこんと表情を落っことしたスティーブン・アラン・スターフェイズの姿である。深淵の如き声音で、あのけだものが武器を持ったか、と唸っていた。もちろん登録証は申請させたから不正使用はすぐ露呈するぜ安心しろよと付け加えても表情は戻らなかった。
いわく。

ミス・はそんな下手を打たない。
不正使用が発覚して罰を受けるのは賭けても良いが別の人物だ。
それもあいつに敵意を持ち反抗しようと試みた存在に違いなく、不正に使用されたスタンガンは数日前からミス・により盗難届が出されているに決まってる。
極め付けにミス・の手元からそれが盗まれる瞬間がどこぞの親切な防犯カメラに記録されているはずだ。
付け加えると犯行時刻のミス・は、おぞましいことに、俺と会っているだろう。

底なし沼でも煮詰めたかと訊きたくなる具合だった。色男が凄むと迫力がある。
そもそもお前ら友人だよな?ぼろくそ言ってねえか?あとその犯罪はどう頑張って捏ねくり回してもミス・には不可能だし何ならお前が無実を証明してるっていうかお前の中で彼女はどこまでやべえやつなんだよ。
……などと思い返しながら、パトリックはふらふらさせていたフォークでプチケーキを切り崩した。
「ま、そのあたりは司法のやるこった。商売人からしてみりゃあ回答は一つだ」
「上客、ですか……」
「ん」
「は、あ……」
すっかり冷めたウェッジウッドの縁に口をつける。
音を立てず啜った煎茶は、はっきりしない味がした。



2019 1010
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