Dance Like A Gangster

ドリーム小説
定例報告の時、食べ物を渡されたので捨てた。一味から渡される食べ物にいい思い出はないし、九人に差し入れとして渡してくれと指示され、言いなりになるわたしではなかった。意志が弱くても、そのくらいは決められる。
ごみ箱に落とすように入れた紙袋を見ているうち、嫌な気持ちが湧き上がった。このままこれをわたしが食べればすべてがうやむやになって終わり、わたしだけは気持ちよく死ねそうだ。
できない理由は二つある。
わたしは自分から命を縮めたくない。生きて、もう少しこのアパートで暮らしていたかった。
そして、わたしの死は何の解決にもならない。しがらみから解放され気持ちよく終われるのはわたしだけで、わたしがいなくなれば、また別の斥候が出されるだろう。その駒はきちんと仕事をしてしまうかもしれない。これ以上彼らに迷惑をかけるのは申し訳がない。

改めて強く自分の抱える罪悪感を自覚したのは、ある夜のことだった。
がたんと大きな物音がした。外で何かが起こっているとわかり、わたしは音を立てないように、ロックをかけたままドアを薄く開けた。階段の方によろけた影があった。月明かりの下でも、恰好を乱したプロシュートだとわかった。足取りがふらついていた。ただ酔っているだけではない。
わたしはわたしの役目を、その時はっきり思い出した。この戦い方を知りに来たのだ。優しさにひたってうやむやにし続けていたが、わたしは彼らの秘密を探ろうとしているスパイなのである。
わたしは部屋に戻り、寝室の棚から封筒を取り出した。母さんと父さんに宛てた手紙は、誰にも読まれずここにある。ひとり、暗い部屋で文面を読み返して、捨てた。
夜に見た光景は誰にも言わなかったし、記さなかった。次の日の定例報告は、待ち合わせ場所に行っても誰も現れなかった。

名前を呼ばれたので振り返る。彼の部屋を目指し階段を上っていたのに、プロシュートはわたしの後ろにいた。ちょうど帰ったところだったのだそうだ。
。オメー、ひどい顔だぜ」
「かわいくない顔ですか」
「ぶっちゃけりゃあな」
それもそうだと自分を慰めた。わたしはこれから怖いことに立ち向かうのだ。たぶん、人生で初めて何かに立ち向かうのだ。
笑いがこみあげてきた。だけど、笑顔にはなれなかった。目の前にいる人の足取りはもうしっかりしている。
あのですね、と切り出す声は、自分のものではないくらい冷静だった。
「ご存じだと思うのですが、実はわたしはスパイだったんです」
プロシュートはこめかみを揉んだ。何の映画を見たかと訊ねられたので、映画ではなく、真実あなたたちの戦い方を調査していたのだと告白する。わたしは何一つとして調査員らしい行動をとらなかったが、突っ立ったまま事情を説明すると、プロシュートの眉間のしわは深くなった。
「……何で俺がご存じだと思ったのかは知らねーが……、随分わかりにくいスパイだな」
「知らなかったんですか?」
「知らねーよ。何の話かと思ったぜ」
むしろ、わたしが驚いた。冗談を言っている雰囲気ではなかった。わたしの擬態がうまかったのではなく、彼らがいい人すぎたのだと思う。普通、非日常的な仕事についている人たちは突然の入居者を警戒するはずだ。
プロシュートは、初めこそ警戒したと言った。ただわたしがあまりにもぼうっとしているので、毎朝の不審な行動も、恋人とでも会っているのかと思われていたそうだ。ある意味で擬態は成功していた。自分に悲しくなる。これでも真剣に命の危険を感じ、諦めとやるせなさの中で生きていたというのに、全部が全部、ただ気の抜けた日々を送っているように見えていたとは。
「どこの回しモンだ?」
わたしが夕食をきっかけに道を踏み外したと説明すると、プロシュートは話の途中でわたしを自分の部屋に招き入れた。一瞬、このまま殺されるかもしれないと思ったが、プロシュートはどこまでもいい人だった。カッフェすら淹れてくれたので、砂糖をたくさん入れて飲んだ。
すっかりすべてを打ち明けると心が軽くなる。わたしは組織の名前を挙げた。プロシュートは目を瞠り、少しだけ同情的な顔をした。
「マジに部品扱いだったんだな。もっとも、何も知らないっつうのも無理はねえが」
「どういう意味ですか?」
今度はわたしが目を丸くすることになる。
わたしを使い走りにしていた組織は、壊滅していた。