Dance Like A Gangster

ドリーム小説
やる気がないのかと言われると答えづらい。素直に『ない』と言えばすぐに殺されてしまうし、表向きはめらめらと闘志を燃やすふりをしなくてはいけない。
そうは思うも、相手はプロだ。わたし程度が偽りを装ったところで誰も騙されはしないだろう。引っ越し初日にわたしがしたことは、フィレンツェに住む両親に手紙を書くことだった。届けられはしないが、どうしても書いておきたかった。遺書のようなものだ。
たいへんな目に遭ってしまった。わたしはもう死んでしまう。わたしは逃げられないし、どこにもゆけない。もう二度と母さんと父さんには会えない。ペットの猫が生きているのかは知らないけれど、たぶん彼にももう会えない。わたしは悪い道に引きずり込まれ、太陽の下で生きてはゆけなくなってしまった。ご飯を食べただけでこんなことになるなんて思ってもみなかったし、こんなことなら母さんと父さんの言うことをきちんと聞いておくんだった。こう書いた。
ギャングスターに対する恨み言がペンにのりそうになったので、わたしは慌てて文章を区切った。今、わたしは世界すべてのギャングスターをうらんでいる。裏社会の秩序はわたしには関係がなかった。抗争も、誰かにさぐりを入れることも、本当はわたしの役目ではなかったのに。この気持ちは一生忘れないだろう。そしてその一生も、数日か数週間か、ナターレを迎えないまま消えるに違いない。
わたしはシャワーを浴びて、髪も乾かさずにベッドに入った。少し泣いて、鬱積したものを置いてけぼりにしたくて眠った。

夜のうちに重苦しく立ち込めた雲は、今にものしかかってきそうだった。しずくが零れてもおかしくない天気だ。傘を持って外に出て、改めて新しいわたしの部屋を眺めた。たぶんきっとここが墓場だ。
挨拶をした相手は九人いる。わたしが情報を引きずり出さねばならないのは、見るからに柄の悪いその九人だった。まともな人が数えるほどにしかいない。ごつかったり目がキレていたり、圧倒されるばかりだ。ただの新居住者としてこのアパートを選んだら、きっと後悔していただろう。彼らがギャングとわかっているから冷静でいられるだけで、わたしの心はとても怖がっていた。
立ち尽くして建物を眺めていると、二階のある部屋から金髪の人が現れた。彼はすぐわたしに気づき、階段を下りてこちらにやって来た。
……だったか?オメー、何してんだ?」
わたしは笑顔を浮かべなくてはと思い、すぐにやめた。朝の鏡に映っていた笑顔はとても、口にできないほど恐怖で歪んでいた。やはりわたしは怖れている。いつかわたしを取り囲む大きな力がわたしを脅しつけ、痛めつけ、殺してしまうかもしれないから、表情に恐怖がにじんでしまう。
笑顔のない挨拶は、愛想のないいらえになった。わたしは何をやってもとろいと言われるが、こんなところでも度胸のなさが出てしまう。
「おはようございます。新しい家を見ていたんです」
「で、発見はあったか?」
「プロシュートさんの朝が早いことはわかりました」
「これでも遅い方だ。起きてるやつはうるさく筋トレしてるぜ」
鍛錬は欠かさないのだなと感心する。不意に、この人たちがとても強いのならあの老人一味を打尽してくれたらいいのにと思った。そのあとわたしは街を出て、両親のところへ帰るのだ。帰ったところで、どうにもならないのはわかっているけど。お願いもできないし、実現もさせられないとんだ夢だった。
「ダンベルとか、持つんですか」
「家ン中で懸垂したりな」
隠しても無駄なので、わたしは素直に情けない顔をした。
「わたしもそれくらい強かったら、なんでもできるのに」
プロシュートさんは細かく結った髪を撫でつけ、守ってくれる男を探しゃあいいだろ、と冗談めかして笑った。誰にも無理だろうなと思ったので、わたしは黙って傘を開いた。落ちてきた雨からプロシュートさんを傘で庇い、アパートの入り口まで送ってから、わたしは街へ出かけて行った。毎朝の定期報告の時間が迫っていた。
プロシュートさんは、わたしの後姿をずっと見てくれていたようだった。初めから感ぜられていたけど、とてもいい人であるらしい。