Dance Like A Gangster

ドリーム小説
やる気がないのではない。やっても意味がないとわかっているのだ。
わたしは自分を知っている。わたしは演技が苦手だし、わたしは腹芸も得意ではない。わたしは笑顔もうまくない。わたしは不器用で、優れているのは根気くらいだ。空回りしては、ただの無駄遣いだけれど。
わたしは世界にうまく馴染めない。何をやっても人並みに追いつかず、爪弾きにされた気分で夜を彷徨い歩いていたらこうなった。優しい顔をした老人に声をかけられ、連れてゆかれた先で理解のできない世界を見た。物語の中だけの話かと思っていたが、どうやら裏社会とは本当に存在するものらしい。彼らは街の路地裏を取り仕切る人々だった。わたしはそこで食事を出され、たべたら仲間にされていた。彼らの間には意味不明な取り決めがあるらしく、さながら冥界の神が妻にざくろを食べさせたように、食べ物を口にしたものはメンバーに入らなくてはいけないそうだ。こめかみに銃を突きつけながら説明され、わたしは頷くしかなかった。今記憶を辿っても、冷たい銃口の感触が胃袋を凍りつかせる。わたしは死ぬのが怖かったので、曇りの夜に、晴れてギャングの仲間入りをした。

与えられた任務は潜入捜査だった。情熱的な名前の組織に、謎のチームがあるらしい。そこは組織の中でも特別で、誰にも戦いの手段を知られていないメンバーもいるのだと言われた。わたしは彼らの力の秘密をさぐるのだ。
なぜ新入りも新入り、ぺーぺーのわたしにこんなことをさせるのだろう。
考えるだけ無駄だ。わたしは捨てられた駒なのである。
、お前はただ笑顔でいるだけでいい」
笑えと言われ、微笑んだ。わたしに命令したチームリーダーは奇妙な顔をし、言い直した。
、お前はただ我々に報告するだけでいい」
窓ガラスをちらりと見ると、そこには緊張と恐怖でひきつったひどい笑顔があった。これでは使いものになるまい。

どうしようもない。
わたしの命は、どちらに転んでも失われる。こんなことになるのなら、どんなに人生がうまくゆかなくてもまっとうに道を歩いているのだった。後悔は先にはできないけれど、今のわたしは強くそう思った。世の中のすべてがわたしを拒絶し、誰にも手を差し伸べられず朽ちるだけなような気がしていた。
わたしは楽観的な方ではない。どちらかというと、すぐに諦めてしまうたちだ。笑顔が致命的に汚くなったとわかった今は、もうチャップリンを見る気にもなれない。涙も出ない。たったの数日で信じられない出来事が起こりすぎていた。
わたしは一軒の集合住宅の前にいた。
越して来た人を装って、既にいるターゲットを騙しきれ。
そう命じられたが、うまくやれるはずもない。わたしは最初から決めつけていた。だって、ここにいるのはプロのギャングだ。住居がわかっているなら、自分たちの優秀な人材を派遣すればいいのにと恨み言が胸につもる。もちろん誰にも言いはしない。相手もいないし、答えも予想通りに違いない。優秀な人材を、わざわざ、明確な死地に送り込むやつがいるかという話だ。
わたしが裏切るとはかけらも想定していない老人の顔を思い浮かべた。柔和で心優しい人だと思ったのに、随分な仕打ちだ。彼は確信している。わたしが裏切り、相手方の謎のチームに敵対組織の存在をリークしたとして、それがわたしの得にならないことを知っている。わたしもまた、察していた。だって、それはわたしが痛い目を見るだけだ。拷問にかけられても吐ける情報は持っていないし、逃げ帰れば殺される。便利なポーンだ。チェスはポーンから、と言ったのは誰だったか。上に立つ人物であることに間違いはなさそうだ。

わたしは最初から諦めていた。やる気がないのではない。
ドアのベルを鳴らし、手土産を片手にぼうっと、魚眼レンズの縁取りを眺める。塗装が剥げかけていた。
出てきた男性はわたしよりもずっと背が高かった。もともとわたしは小柄な方なので、余計にそう感じられる。
金髪をきちんと後ろでくくった、柄の悪そうな美形だった。胸元の開かれたシャツとぱりりとしたスーツが特徴的で、きつめの眼がわたしを眺めた。手土産に目を留め、引越しか、と先回りされる。
「一階に越してきました、といいます。よろしくお願いします」
大きな手がわたしの差し出した紙袋を受け取った。中も見ずに少し口角を上げ、器用で冷涼な笑みを浮かべた男性は、名前をプロシュートといった。
「こっちは九人に八部屋で男ばっかりだ。騒がしいかもしれねえが、よろしくな」
こうして、わたしのスパイ生活が始まった。