男女逆転ポルポシリーズ 2
すべてを乗り越えてディ・モールト気分が良い朝だ。清々しい。カーテンを開け放ち、窓の向こうに身を乗り出す。解放的な気分だ。今なら何でも出来るような気がする。
パッショーネとのパイプも繋いだし、独立もした。みんなを連れて、文字通り蚊帳の外へと逃げ出したわけだ。逃げるっつうのは言葉が悪いか。
階段を降りると、いい匂いがした。食欲をくすぐる焼き立てパンのあたたかさと、ハムの焼かれた朝食の空気がある。
「リゾットちゃん、作ってくれたの?ごめんよ、寝坊しちゃったかな」
「いや、私が早く起きただけだ。パンはいくつ食べる?」
「みっつ」
リゾットは頷いてトースターから三個のパンを皿に取り分けた。白銀の髪が軽く括られ、透明感のある肌があらわになっている。清潔感のあるブラウス、黒白縞々のスカートを隠すのは黒いシンプルなエプロンだ。これは私たちが二人で選んだんだよ。
私が酔った勢いでリゾットに「お願い、寂しいから一緒に暮らしてよお」と泣き縋ったと聞かされた時は衝撃だった。いったい私は何歳の男なんだ。ただの駄々っ子か。
ばかばかしい駄々っ子のお願いを寛大な心で受け入れてくれたリゾットは、お前さえ構わないのなら、と荷物をまとめて引っ越して来てくれた。私の隣の部屋にはリゾットの私物が並び、時々私が入り浸ったきり忘れて来てしまった本が本棚に置かれている。いわゆる、同居感。完璧に、私たちは同居していた。
「僕はリゾットちゃんの邪魔はしたくないんだ。恋人さんができたら、すぐに言ってね。どうにか誤解されないように考えるから」
「誤解をする相手はいない。私は恋人をつくらない」
「へえ……」
私は結婚願望があるんだけど、リゾットちゃんにはないのかな。恋人をつくるつもりがないってことは、結婚なんてすごく遠いものだと考えているようなものだ。
三つめのパンをちぎってバターを塗り、バターナイフをリゾットに手渡す。リゾットは少し手を止めて、こう問いかけた。
「お前は結婚をしたいんだったか」
ああ、と思い出す。そういえばぼろぼろ泣きながらリゾットの胸に縋って泣いた挙句に、イタリア人特有の生存フラグを口にしたっけ。情けねえ男だなあ、私。
ただのジンクスというだけではなく、私には本当に結婚願望がある。せっかく男に転生し、生き延び、お金もあるのだ。幹部の時に誘われた風俗にも行けなかった童貞クソ野郎だけど、即物的な繋がりは持てなくても、好きな人を一生大切に愛しみたいという気持ちは持っていた。
パンを食べ終えて口を拭き、思う。じゃあその好きな人って誰かなあ。
「そう、でも相手はいないんだ。みんなが奥さんになってくれたら幸せなのにね」
一生養うし、大切にするし、愛していると断言できるのに。一夫多妻は無理だなんて常識よりも前に、彼らは私と結婚してくれない気がする。プロポーズしても笑い飛ばされそう。だっせー!似合わねえことしてんじゃねえよ。そんなことを言われて心に傷を負うんだ。うう、癒しはリゾットとメローネか。
「お前がそういう姿勢でいるうちは、結婚はできないだろうな」
「うわっ、ぐさっときた。そうだよねえ」
好きな人、と口の中で呟く。リゾットを見ると、彼女は手元のパンにジャムを塗りつけていた。長いまつげが整った顔に似合っていてとてもきれいだ。あっお前ってそんなにまつげ長かったんだ、から始まるびぃえるのお約束を思い出してちょっぴりドキドキする。リゾットのまつげが長いことも、整った顔立ちをしていることも知っていたけれど、こうして見ると別の感慨があらわれる、ような。
彼女の唇が開いてパンを含んだのを見て、私はあわてて目を逸らした。ばちりと目が合う前にぎりぎりで回避が出来たと思う。
な、なんだろうな、今の気持ち。
私は今まで女性に対して『可愛い』と『綺麗』と『素晴らしい』くらいしか興奮を覚えなかったけれど、なんだか今、開いてはいけない扉に手をかけてしまったような気がする。精神的には女性性を捨てきれない私が、リゾットに。
「どうした?食べないのか?」
フォークを睨んでいたのを不審がられ、慌てて手を動かす。バカな。ははは。内心で笑い飛ばし、なんでもないよと白を切る。
「おいしいね。明日は僕が作るよ」
「お前よりも私がつくる方が効率的だ」
「なんか今日のリゾットちゃんは僕に厳しくない?いいんだけどさ、そういうリゾットちゃんも好きだから」
さらりと言ったつもりだったけど、違和感が半端じゃなかった。好き、だけど。好きだけど、いやいや、うーん、なんていうの、その。
ハムエッグを崩して食べても、一瞬味がよくわからない。
うう、精神的に女が女を好きになるって、いや、もう、これ、どうなの。なんで今こんな気持ちをおぼえるの。どうしよう、どうしよう。
混乱したあげく、私が出した結論はとんでもないものだった。
「(肉体的には違うってわかってるんだけど、わかってるんだけど)」
これって百合、なのか?