魔法界のモブ男くんがポルポに恋をした話
僕の人生はいつも、目立たないものだった。子供の頃もパッとしない性格で、鏡に映る自分は頼りない顔をしている。どう頑張っても優秀な成績は取れないし、そこそこな魔法力でそこそこな魔法を使ってそこそこな生活を送る、ただのホグワーツ生として生きている。
そんな僕にやってきた転機は、恋だった。
相手は僕よりも一つ年上の女の子で、とても複雑なファミリーネームを持っている。濃い色の金髪はふわふわと肩の上で跳ねているけれど、たまにまとめられている様子を見ると、可愛らしくて胸がざわざわする。惹きつけられる赤色の瞳はまるで夕焼けみたいで、彼女は僕の視線に気づくと、ニコリと笑いかけてくれる。僕は気恥ずかしくて挨拶もできず、そそくさとした動きで先輩に向かって頭を下げることしかできないけれど、あの人は気にはしなかった。そもそも僕の存在も、それほど気に留めていないのだろう。あたりまえだ。僕はハッフルパフのそこらへんにいるような平凡な生徒で、彼女はスリザリンの『変人』に囲まれた特別な人なのだから。
僕が彼女に恋をしたのは、とある事件がきっかけだった。グリフィンドールの先輩たちと肩がぶつかってしまって険悪な雰囲気になってしまった時に、仲裁に入ってくれたのがあの人だった。
その頃にはもうあの先輩と周囲の人たちの評判はホグワーツ中に広まっていて、グリフィンドールの先輩たちは分が悪いと判断して、立ち去ってくれた。
「チョコレートをいっぱい持っているんだけど、チョコ好き?」
慰めるつもりだったのかもしれない。彼女はトートバッグのポケットから紙袋を取り出して、僕に中身を見せてくれた。僕が頷くと、色とりどりの包装紙をまとめて掴んで僕の手にのせてくれる。一つどころじゃなく、両手いっぱいに渡してくれた。
「それじゃあね」
再会の約束なんてしなかったし、できるはずもなかった。僕たちの間に接点はなくて、チョコレートを渡したことも、あの人はきっと忘れてしまうだろう。すぐにお腹が空いてしまうという噂をきいていたから、貴重なチョコレートをくれたことがすごく嬉しかった。一つ一つ大切に食べて、包装紙はフィルムを外してたたんで取っておいた。捨てるのはもったいない気がした。
ポルポ先輩は僕の名前も知らなかったけれど、僕はあの人に恋をしていた。
諦めなければいけないな、と悟ったのも、ひとつの転機だったのかもしれない。
ポルポ先輩には婚約者がいる。形式上の婚約者だと言われていて、もしかすると僕にもチャンスがあるのかもしれない、と思ってしまったこともあった。
けれど、どうやら、その形式上の婚約者はポルポ先輩のことが大好きなようなのだ。
リゾット・ネエロ先生はとても静かで、ぴんと糸が張られたような雰囲気のある人だった。魔法薬学助教授で、スネイプ先生と似たような扱いを受けているけど、本当はあんまり怖くないことを僕は知っている。理不尽な減点はしないし、わからないことがあったら丁寧に教えてくれる。いい先生だった。
ポルポ先輩の婚約者だから、僕はネエロ先生のことも気にかけていた。本当に形式上だけの婚約者なのかどうかを見極めたい気持ちもあった。
そして、気づいてしまった。
ネエロ先生は、ポルポ先輩のことばかりを見ている。もちろん、注意して見ていなければわからないことだっただろう。僕はネエロ先生のことをずっと観察することにしていたから気づけたのだと思う。
ニコリとした笑顔は、分け隔てなくネエロ先生にも向けられていた。目が合うと、あの人は微笑む。仲の悪い人がいると聞いたことがないから、きっと誰にでもそうなのだろう。癖になっているのかもしれない。物事を円滑に進めるための、冷静な癖。僕はそんなふうに感じた。
あの人の微笑は、ネエロ先生と、『変人』たちに向けられる時はなんだか砕けた雰囲気があった。とても親しい人たちに向けるような、大切なものを見つめるような。僕がポルポ先輩へ向ける気持ちと同じものだ。
ポルポ先輩のあの笑顔が僕に向くことはないのだろう。なぜかすとんと確信した。まるでそこには、大人と子供の差があるみたいな感覚があった。
意を決して、話しかけた。
「あの、先輩」
「ん?」
ポルポ先輩はしばらく僕の顔を見て、それからぱちんと指を鳴らした。
「アレだね、チョコレートの子だね」
食べ物のことに関連付けておぼえているのかもしれない。
僕ははいと頷いて、ポルポ先輩を廊下の隅に連れ出した。いつも一緒に居る『変人』の先輩たちは、遠くで待っていてくれるようだった。
「どうしたの?」
僕は意気地がなかった。そこそこの度胸しかなくて、そこそこのことも達成できない。だから、本当のことを言えなかった。
「あの時は……チョコレートをありがとうございました」
大切に食べました、とも、好きです、とも言えなかった。ただお礼の言葉を口にした。
ポルポ先輩はにっこりして、いいんだよ、と明るく言った。
「気にしないで。おいしかったでしょ?私もあのチョコレートが好きなんだ」
今しかない、と思った。僕はなんだか泣きそうだったから、しっかり笑顔を浮かべて、大きく頷いた。
「僕も好きです」
一世一代の大きな誤魔化し方は、奇跡的にうまくいった。
ポルポ先輩はひらひらと手を振って、髪をふわふわさせながら廊下の向こうへ立ち去って行った。僕も最後まで手を振って、たらん、と身体から力が抜けた気がして壁にもたれかかる。
僕の人生初めての恋は終わった。
寮に戻って、最後に残ったチョコレートを食べて、同室の友人に驚かれるくらいに泣いた。それから大切にとっておいた包み紙の中に最後の一枚を重ねて、またしっかりとしまい直した。