ソルベがスタンドで変装しまくる話


あっリゾット。
声をかけると、リゾットは私服姿で振り返った。わずかに眼差しを緩め、私をちょいちょいと指先だけで呼ぶ。んんん?と近づいてみると、柔らかく髪を撫でられる。いったいどうした、リゾット。
「どしたの」
リゾットは答えなかった。私に手を差し出し、私がその手を取るのを待っている。疑問符が余計に浮かんだ。いったいなんだ、どうしたんだ。
彼らしくない、と思うことは簡単だけど、私が彼のすべてを知っているかと言えばそうではない。"らしく"だなんて言葉を使うべきじゃあないかなと考え、まさかなと浮かんだ予想を裏切ってもらうためにひとつだけ確認をした。
「いつもみたいにキスをして『愛してる』って言ってくれないの?」
「え」
それこそ、リゾット"らしからぬ"気の抜けた声がリゾットの口から漏れ出る。私たちは無言で見つめ合う。
「バレちった。何、リゾットっていっつもポルポにそんなことしてるわけか?」
「してないよ」
「なんっだよ騙されたじゃねえか!あーあ、俺もまだまだだなー」
やっぱりソルベか。予想は裏切られることはなく、私も肩をすくめた。こっちこそ騙されるところだったわ。いったい何が狙いだったの。
「賭けてた」
けろりとしたソルベに悪びれた様子はない。なんなんだあんたは。元上司で遊ぶな。

*

いつもの服で無意味にばっちりキメているメローネが見えたので、ひらひらと手を振った。するとメローネは嬉しそうにこちらに駆け寄り、思い切り私にハグをぶちかます。たたらを踏み傾いだ身体は彼が支えてくれたので、私は怪我をすることもなく力強いハグの圧迫感にだけうめいた。
「ポルポ、会いたかったぜ!」
「うん?」
眉根を寄せてメローネから距離を取る。上から下までじっくり見て、何の差異も見受けられないことで余計に不審を抱いた。
「さっき会ったじゃん」
私は家を出てここに来るまでの間に、シャツとズボンに身を包んだメローネが女の子とデートしているところを目撃していた。そのままデートを続けてくれとジェスチャーで促したが、それにしたってその言葉はおかしい。
「あー……またか。余計なこと言わなきゃ良かったな」
メローネは"らしくない"仕草で頭を掻いた。
「ソルベか……」
「そ、俺。これ似てね?」
「似てるも何も」
スタンドでしょうに。

*

クッキーを焼いた。リゾットとの共同作業だ。なぜか、同じ材料、同じ時間、同じ温度のオーブンで焼き上げたにもかかわらず、リゾットの物の方がおいしそうに見えた。不思議だね。ひょいとつまんでみても味が違うように思える。手の違いがあるのかな。ちょっとおねえさんに舐めさせてごらんよ、とはさすがに言わなかった。酔っ払っていてもアウトなのに素面でこれはイカン。
「おすそ分け」
ホルマジオとイルーゾォがちょうど家を訪ねて来たので包みを渡した。二人はそれぞれの表情で軽く笑ってくれる。早速包みを開いて一つ食べたのはホルマジオで、ぽりぽり食べてから感想を言う。それはリゾットが作ったやつだねと型を見て言うと、さすがだなリーダー、と幾分かおののいた様子を見せる。確かに、こんな筋肉がっつりついててめっちゃ冷静で無口な人がちまちまとクッキーを作って焼いたのかと思うと笑いが、いや間違えた。興奮がこみあげるよね。
「私が作ったやつはどう?」
「どれだよ?」
「ハート型の」
イルーゾォがホルマジオの包みを覗き込む。ハート型を一つ取ってかじる。いいんじゃねえの、と普通に頷いてくれた。批評も何もない。お前にしては、というひと言もない。
「今日のイルーゾォは優しいね」
「はあ!?べ、別に優しくなんてしてねえし」
「可愛い」
「男に向かって可愛いっつうのは褒め言葉じゃねえんだよ!」
彼が大きな声を張り上げた瞬間、ばたん、と玄関のドアが開いた。足音を立てながら現れたのは取り乱したイルーゾォで、彼は几帳面にもスリッパに履き替えたのか走りづらそうにしながら"自分"の姿にとびかかった。
「ソルベ!ふざっけんな!」
リゾットがさりげなく私を喧騒から遠ざけてくれる。ソルベの隣のホルマジオはげらげらげらげら笑っていて、その笑い方に既視感をおぼえる。すると、本物のイルーゾォに続いて悠長な動きで剃り込みの入ったごつい男が入って来た。あっ、やっぱりあっちはジェラートでしたか。コンビでこっちを騙しにやってくるとはなかなか手が込んでますね、騙されてたよ。
「ジェラートよォ、ちっとやりすぎじゃねえ?賭けは賭けでもこいつぁズルってもんだ」
ジェラートは悔しくもなさそうに舌を打った。

*

なぜかプロシュートと並んで部屋の様子を窺うことになっている私。
家の前で煙草を吸っているだけのように見えて、ちょうど窓の死角になっている場所で、しゃがみこんで花をいじっていた私を引きずってくると、半開きになった窓の向こう、リビングルームにやって来たばかりのペッシとソルベの様子に耳を澄ませる。
「テメーはどう思う」
ぼそりと問いかけられ、私は答えに窮した。どうって言われても。
ソルベはプロシュートに賭けをしないかと持ち掛けた。プロシュートはばかばかしいとざっくり切っていたが、ソルベにうまい具合に挑発されたことに加えタイミングよくペッシが遅れてやって来てしまったものだから、どうにも出る機会を失ってしまっている。結果的には、賭けに乘った形だ。
「ペッシ、遅かったじゃねえか」
窓の向こうのソルベはプロシュートの声音でそう言った。ペッシは一瞬黙り込んで、あの、とおそるおそる推測を口にする。
「あの、兄貴……ですかい?」
その瞬間、私の隣のプロシュートが小さく拳を握ったのが見えた。
ソルベはぱちんと指を鳴らして変装を解くと、名を騙ったことを素直に謝罪する。ペッシはびっくりした顔をしているのだろう。彼の顔が見えない私からでも、その様子はなんとなく読み取れた。

*

ソルベが方向性を変えて来たのは、この遊びが始まってからしばらくが経ち、なんとなく日々の忙しさに殺されてみんなが彼の悪行を忘れてきた頃だった。
「おい、バカ女」
話しかけられたのは私ではない。私の姿をしたソルベだ。バカ女こと私に扮したソルベは振り返り、どうしたのギアッチョ、と私そのものの笑い方をする。コピー忍者もかくや。
「そこ退け」
「ギアッチョちゃんが私の膝に座れば問題ないんじゃない?」
私はあんなことは言わないんだけどな。そう思いながら、ソルベの姿をして頬杖をつき彼らのやりとりを傍観する。ギアッチョと"私"はいくつか言葉の応酬をして、結局ギアッチョは私の向かいに腰を下ろした。
「マヌケ面」
無駄に罵倒された気がする。失礼だなとソルベっぽく反論すると、ギアッチョはテーブルの下から私の脚を蹴った。
「わからねー筈がねーだろ」
え、バレてた。
驚く私に、ソルベが言った。
「やっぱ、愛っつうの?」
「んなわきゃねえ」
がつがつ何度も脛を蹴られた。なぜか私が。

*

リゾットはわかるのかな。素朴な疑問を抱くのは仕方がないことだろう。ソルベの変装はなんだかんだで全員に看破され、私を含めた全員との長年の付き合いというものを感じさせる結果となったが、では、リゾットは?
ここは笑いどころだけど、私は善良なので人を騙して私利私欲のために実験結果を得ようだなどとは欠片も思っていなかった。笑いどころだけど。ちょっぴりは過ったよ。
しかし人を試すようなことはしたくない。善良なる市民としてソルベの提案にNOを貫いていると、彼はつまんねえの、とあくどい顔で口元を歪めた。プロシュートが顎で私を示し、ジェラートが動く。後ろから私を羽交い絞めにした彼はソルベに生贄を差し出し、彼は私に変装した。痩せた男のサイズに合ったシャツには私の胸はきつすぎるようで、遠慮なくボタンを外し胸元をくつろげていたが、言っちゃあ何だけどそれは私の胸なのであまり御開帳願いたくない。触られるのも揉まれるのもまあ構わんが、そこまで誰かに見せたりはしねえよ。
なぜプロシュートまでソルジェラを煽るのかと問いかけると、煙草を灰皿に押し付けたイケメンはひと言で言い切った。
「気になるだろうが」
ダメだこいつら早く何とかしないと。

じゃあ女王さんは誰の姿になってリゾットとソルベのラブシーンを観劇したい?
そう言われてあまりにもあんまりな話だと思い疲れ果ててしまったので、見なくていいわと待機を申し出た。ソルベは私の精神的疲労を慮ったのか、それ以上食い下がることはなかった。
そんな彼がひーこら言いながら帰って来たのは、私たちが彼を見送った二時間ほど後だった。
リゾットはぴくりとも表情を変えなかったそうだ。私の姿をしたソルベが笑顔で腕に絡みついても、何を考えているのかは読み取れない。あまりに積極的なアプローチをかければスッと逃げられてしまうことはわかっていたので、ソルベは六年間見続けた私の行動をトレースし、今までになく完璧に演じてみせたと劇的な口調で語ってくれた。そのどこまでが本当なのかはわからない。
ただ、これだけは信じてもいいだろう。
「あいつさあ」
リゾットのことを『あいつ』だなんて呼ぶのは、年長の枠組みに居るプロシュートか、次年長のソルジェラだけである。普段は誰のことも名前で呼ぶソルベがやさぐれた呼び名を使ったのは、よほどこてんぱんにやられて悔しかったのだろう。
「つまんねえ奴だよな。俺がポルポの姿でいるって知ってて無視していやがったみてーでさあ?」
「バレてんじゃねーかよ。だっせえなあソルベ!」
「そう言うなよジェラート、俺だって努力したんだぜ。リゾットの感覚はどうなってんのかねえ……」
なあ、とソルベは私に話を振った。
「リゾットがどうしたと思う?」
「さあ……冷静に指摘したんじゃないの、君の失敗を」
それ以外に何かがあるだろうか。
「あるんだよ。リゾットはあっちにすり寄ってみせた俺の腰を抱き寄せて……」
何故かソルベはジェラートを相手に実演を始めた。
背の高い二人が至近距離で触れ合う。ソルベはスタンドを使って『リゾット』と『私』に変装し演じる気力もないらしく、どことなくやる気のない表情でジェラートに顔を近づけた。
「『ソルベ、このまま続けられたいか?』」
「ぶはっ!やっべ、ソルベ、やっべ!それは嫌だろ!!」
「嫌だよな?!だから逃げて来たんだよ!マジ、ジョークとしてやってんのはいいけど実際にやられるとビビるぜ!リゾットだと特にさあ」
「女王さんの報復が怖えし?」
「そーそーそー!」
しねえわよ報復なんて。詳しくは要求するかもしれないけど。
ソルベとジェラートはとても近い距離で笑い合うと、ホモっぽいことが嫌だと言った口でお互いの頬にキスを贈った。親愛にしては行き過ぎていてこちらも混乱してしまう。えっと、何が現実だっけ?
「どうでもいいんだけどさ、私帰るの怖い」
絶対何か怒られるよ。
「や、むしろ機嫌良くなるんじゃね?リゾットにハグしてキスの一つでもしてやれよ」
無責任なことを言う奴だなあと思ったけれど、"本物"のおっぱいを押し付けて頬にキスをしてみたら、そのまま何も言われることはなかったので、こっそりソルベを見直した。と、見直してから、元はと言えばあいつのせいじゃねえかなと思い直して評価を下げた。