吸血鬼暗殺チームと事務員ポルポ
家に行ってみたいと言われたので許可したところ、メローネが物凄く嬉しそうな顔をした。どうしたのと訊ねると、吸血鬼は家主の許可がなくては初めて行く家には入れないのだそうだ。3へぇ。
「礼儀正しい種族だこと」
ソルベとジェラートが笑った。
彼らに教えて貰った『吸血鬼との接し方』ハウツー豆知識によると、吸血鬼はかなり繊細な生き物らしい。
十字架や香草や銀類に弱く、鏡には映らず、日光が苦手。血を飲まないと喉の渇きは癒えず、種や縄の結び目を見ると、収集するかほどかずにはいられない習性。流れる水を越えることはできず、家の前に水路でもあったらもうそこで侵入を諦めなくてはいけない。
しかし一方で良く知られている、例えば"棺桶の中で眠る"だとか"女性ばかりを好んで襲う"などという定型には当てはまらない。どれも個人差があるが、いわゆる野良ヴァンパイアとして自由気ままに暮らして来たメローネによると、端的に言ってしまうと、野郎の血を吸っているよりも女性の血を吸った方が気分が良いからそうしているだけだそうだ。まあそりゃそうよね、と思う。私だって男性か女性かと言われたら女性を選ぶわ。吸血に際して強烈な性的快楽がもたらされるというのなら余計に。喘ぐオッサンなんか見たくないだろ。あっ、いや、こちらもその人の性癖に依るかもしれないけど。
「(それじゃあ……)」
リゾットはどうなんだろう。教わった特徴のうち、プロシュートもペッシもメローネもイルーゾォもホルマジオもギアッチョもソルジェラも、みんな有しているものはまちまちだった。ソルベとジェラートは十字架がダメだけどメローネはそれなりに平気である、だとか、ニンニクがダメな子もいれば平気な子もいる、だとかね。
私は銀製品を持って歩いているけれど、リゾットが今までそれに反応を示したことはない。ちなみにどうして持っているのかと言えば、それは我らが社長ディアボロ社畜野郎にいただいたからだ。グーパンで牙を折ってしまっても構わんくらいの下種吸血鬼を側近として置いている彼は、万一のことがないように私に銀の指輪をくれた。誕生日プレゼントという名目だったのでありがたく受け取り、彼と会う時はわかりやすくネックレスにして首にかけているけど、そういえば今のように忘れてつけて来てしまった時も、ただ視線が向けられる程度でリゾットが苦しんだ様子はなかった。触りさえしなければいいのかしら。
「リゾットは銀で苦しくなったりしないの?」
「見ているだけなら、何も」
「へえ」
2へぇ。
そうなのか、触るとどうなるんだろう。焼けただれる、とかだったらめっちゃ怖いな。
「あれ?でも、ここで一緒にご飯食べたことあるけど、その時食器は銀製だったよね」
「そうだな。銀でつけられた傷は治らないというだけで、見ることも使うことも、傷さえ負わなければ何も問題はない」
じゃあディアボロがくれたこの指輪、完全に無意味なのでは。なんだよただの誕生日プレゼントかよ。ありがとな。
「でも銀製品は気になる?これ、今も見てたし」
服の内側にしまったほうがいいかな。ちゃり、と鎖を鳴らして指輪を持ち上げる。
リゾットは陽の光も平気で、十字架を見てもグロッキーになったりしない。流れる水を跨ぐことができるのかは知らないし血を飲まないと喉は渇いているようだけど、一般的に知られているヴァンパイアのイメージからはちょっと遠いところにいる気がする。棺桶で寝たりしないんだってさ。リゾットの寝室でお酒を飲ませて貰った時は(何回か泊まったことがあるんだけども)普通にベッドがあって、納得したようながっかりしたような気持ちになったものだ。
そんなリゾットがちらりちらりと気にしているということは、やっぱり何かあるのでは。
「ごめんね。来る前にディアボロと会ってて、そのまま忘れてつけてきちゃったんだ」
「気にするな。そのディアボロに貰ったのか?」
「うん」
誕生日プレゼントにね、と改めて指輪を見てみると、ディアボロの名前が刻まれていた。重いな、あのオッサン。いや、わかるよ、理由はわかってる。私がディアボロの関係者だと証明する為に必要だよね。わかってる。わかってるんだけど一見すると気持ち悪い。ごめんディアボロ。
持ち込んだ小説を黙々と読んでいたら、おもむろにリゾットが立ち上がった。いいか、と指輪を指されたので外して渡す。
「お前とディアボロは……」
「ん?」
くるりと指先で指輪を回し見て名前が刻まれていると知ったのか、リゾットはとんでもない問いを口にした。
「お前とディアボロは特別な関係にあるのか?」
ばんなそかな。でも理解可能、私だってそう思うわ。リゾットが女性の名前が印された指輪を持っていたら、恋人かな、って考えるわ。
「あの、違うのよ、リゾット」
これはなんだか浮気を疑われた男のようなセリフだな。しかしこれだけは主張しておかなければなるまい。
「私は処女だから!!残念なことに!!」
「……ただ訊いただけだ、そう必死になるな」
あっさりと流されてしまった。なんだよぉ、ただ訊いただけかよ、なんか知らないけどすごく焦っちゃったじゃん。なんでこんなに焦ったのかな。本当に違うんだよ、私とディアボロは何でもない。私は処女だしディアボロは子持ちだ。
リゾットは私の首にネックレスをかけ直す。素肌に銀の指輪が当たるとちょっと冷たいけど、リゾットが気になるなら悪いよな。なけなしの気を遣った私がそれを服の内側に隠そうとすると、予想よりもずっと強い力で止められた。びっくりして顔を上げる。無感動な瞳が私を見ていた。
「えっと……じゃあ、入れません、はい」
「そうしてくれ」
両手をホールドアップ。こくりと頷くと、リゾットはそのまま部屋を出て行く。
戻って来た彼は、手に一つの物を携えていた。
次の日、ディアボロに呼ばれた私は吸血鬼対策本部の一室を訪ねた。
私が入室した瞬間、こちらの胸元に目を留めたディアボロは悲痛な声を上げる。
「ポルポ!わたしの指輪の隣に知らないものがあるぞ!」
「あ、これは昨日リゾットが」
「どこの馬の骨だ!?」
「森の向こうの吸血鬼」
「直訴する」
「ただの指輪じゃん……ディアボロから貰ったのはチョコラータとセッコ用、リゾットから貰ったのはメローネ除け」
「ただの名目だろう!わたしがそうであるように!」
「やっぱり名目だったのかよ!!」
意味わからん!!この上司怖い。ぞわりと身を引いたふりをして、リゾットはあんたとは違うもんと言うと、ディアボロはデスクに突っ伏して泣き真似を始めた。
「男はみんな狼だぞポルポ!」
でもリゾットは違うよ、優しいし、無理なことは言わないし、優しいし。
「お前は騙されている……!!」
本当に失礼な男だなこいつぁ。