リゾット視点
タクシーが少し離れた場所に停まり、ドアチャイムが鳴る。リゾットがドアの鍵を開けると、そこには男女がいた。
ポルポはブチャラティの肩を借り、ふらふらとおぼつかない足取りで青年にしがみついている。つい今しがたまでとりとめのないことを話していたようで、二人の雰囲気は打ち解けていた。元々、親しい仲でもある。ブチャラティの顔に浮かんでいた柔和な笑みは、リゾットを見つけると少し安心した雰囲気を見せた。
「すまない、ポルポが酔ってしまったんだ」
「酔っちゃったわ、ごめんねリゾット」
リゾットの名を呼びながらも、彼女がキスを贈った相手はブチャラティだった。頬に一つ親愛の証を押し付けられ、ブチャラティが苦笑する。リゾットは年下の幹部からポルポを受け取ると、上がっていくか、と問いかけた。
「いや」
青年はジャケットの袖を少し引いて腕時計に目をやる。
「トリッシュが待ってる」
「えっ!ぶちゃらてぃ、ちょっと、トリッシュちゃんといったい何が」
とたんに食いついたポルポを押し留める。
爽やかな笑顔を残した幹部を見送って、ポルポは大きく手を振った。その手は今、リゾットの身体にべたべたと遠慮なく触れている。
「やっぱりいいよねえ、そう思わない?」
問われたが、リゾットには答えようがない。ポルポが先ほどから褒め称え、感心し、堪能しているのは、彼の筋肉の付き方についてだからだ。リゾット自身には特にこだわりはなかったし、誰かの肉体にそれほど興味をおぼえたこともまた、それほどはなかった。
「いいんだよ……いいよ……すばらしい……」
答えがなくても、相手に気にした様子はない。指で身体をなぞられる。酔って甘さを増した瞳は笑みを絶やさず、ねえねえ、とすりよってくる身体は温かい。リゾットはため息を殺した。
ソファに腰を下ろすリゾットの膝の上で、ポルポはひとしきり肉体のバランスについて語りつくすと、あのねえ、と再び話を切り出した。酔って気分の良くなったポルポは非常に饒舌だった。
柔らかい手で手を握られたので、握り返してやる。ポルポは満足そうに笑った。
「リゾットの身体は触っててかたいけど、私の身体はやわらかいんだよ。これってなんか面白くない?」
「そうかもしれないな」
「テキトーなこと言ってる……」
それくらいは解るのか、と見つめていると、ポルポは繋いだ手を自分の胸に押しあてた。揉んでみて、と真剣な表情で要求され、リゾットは絡めていた指を無言で外した。
「あ、下着つけてたらわかんないかしら。ちょっと外す?」
「外さなくていい」
例えば、たまに思うことがある。ポルポの自覚のなさは、一種の罪ではないのか、と。
短い時間で多くのことを抑え込みすぎて、リゾットは自分が精神的に疲弊しているような気がした。
酒に酔うポルポは、リゾットがなぜ手を動かさずにいるのかということを考えもしない。もしくは考えたとしてもすぐに否定している。ポルポの中にあるリゾットの印象はどこまでも淡白で、禁欲的で、理性的なものなのだろう。リゾットが自分に即物的な情意を抱いているとは信じ切れていないのだ。
指先を滑らせて、女の頬を手で包み込む。彼女は心地よさそうに微笑んだ。
経験がなさすぎるせいか、それとも上司と部下であった時期が長すぎたのか、やはりポルポはこの行為の先に何があるのか、よくわかっていないようだった。リゾットが、誰にも許されなかった唇に触れ、誰も知らなかった肌に痕跡を残して、どこまでも彼女を引きずり落としていきたいという欲望を抱いているなどとは思いもしない。ブチャラティからポルポを渡された時、ふいに香った知らない煙草の匂いがパーティーで仕方なくついたものだと知っていてもわずかに心がざわめいていたとは、気づけない。ポルポは今まで、あまりにもそう言ったことと無縁過ぎた。
「リゾットちゃん、好きだよー」
口づけはポルポの方から落とされた。近づいて来た身体から安らぐ香りがする。
唇が奪われたので、リゾットは心の中で相槌を打った。そうか、と黙したまま、離れようとしたポルポを追いかける。ポルポは逃げなかった。そして濃密な時間ののちに、リゾットがどんな想いを抱いているのかを知った。それから、少し酷なことを言った。
「リゾット、私、結構眠いんだけど……それでも大丈夫?」
この状況で出る言葉とは到底思えないが、リゾットはそれで充分だった。酔っ払っているにしてはまともな言葉だ。何度もポルポが言い訳に使い、そのたびにリゾットが彼女の逃げ道を封じ込めているやりとり。
「あぁ、すぐに眠くなくなる」
ポルポはからりと笑った。