リゾイル疑惑


それは水曜日のことだった。燃えるゴミを捨てた日だからよくおぼえているよ。

私がギアッチョの部屋で昼間っからぶっ続けの某ゾンビゲームを楽しんでいる間、リゾットはアパートの二階にある、全員が集まれる広さの部屋を使って、チーム全員分の書類を整理していた。私はリゾットから受け取った書類を精査して手続きを済ませるだけなので(精査と言ってもリゾットのことだから、調べるまでもなく完璧なんだろうけれど)気が楽なものだ。こうして遊びほうけていても、最終的にちゃんとやればよい。過程や方法なんかは問題じゃあない。だから私は遊んでいてもオッケー。ちょっとは気が咎めるが、ここ数日は家に缶詰状態で楽しみから遠ざかっていたから、半日くらいは羽目を外しても許してもらいたい。
協力プレイに一区切りがつく頃にはもう、時計の針はおやつの時間を示していた。
「ちょっと上からおやつ取って来るね。ギアッチョは何がいい?」
「要らねえ」
「あ、そう。じゃあいってきます」
クッションと一体化しそうだった腰を伸ばす。立ち上がると、集中していたからか、ずいぶんと筋肉が緊張していた。しかしまだまだ私も若い、と思いたい。体力的にはもうワンプレイ行けそうだ。おやつを食べたらきっともっと元気が出る。
かんかんかんとヒールを鳴らして外階段を上り、鍵の開いた部屋に入る。リゾットの邪魔をしてはいけないという思いから、知らずのうちにひっそりとした動きをしていた。
ドアを静かに閉め、ついてもいない土を落として廊下に上がる。こつ、と私の足音が響くのが先だったか、"それ"を聴くのが先だったか、判別がつかないくらい、二つのことは同時に起こった。
「あッ、リーダー……ちょっと待てよ……そんなのダメだって……」
焦ったようなイルーゾォの声。私はなぜだか一瞬でスッと背中を壁につけていた。息を殺して、忍び足で、半開きの扉に近づいて行く。廊下とリビングルームを区切る扉の向こうは見えないけれど、射し込んで来る西日と漏れ聞こえる声は私の五感にこれでもかというほど訴えかかっていた。
「あ、あ、ほんとに……、まずいって……」
なぜここにイルーゾォがいるのか、なんて考えもしなかった。向こうから、まるで蛇口からぽたりぽたりと水が落ちるような静かさで、しかしはっきりと耳に突き刺さってくる声はまぎれもなく私と同い年の"ヤツ"であり、慌てたような動揺もあらわな声で名を呼ばれているのは、疑いようもなくリゾットだった。
「(こ、これは……)」
リ、リゾイル。
激しく心を揺さぶられた私は、がつんと頭を殴られたような衝撃をやり過ごすため、大きな胸にぎゅっと拳を押し付けた。落ち着け私、落ち着け、おちつけ、おちけつ、もちつき、ぺったんぺったん、ぺったん。いや全然落ち着けてない。
もちろん私にだって、現実、それもピンポイントで自分の周囲に薔薇色の物語が展開されるだなんてこたあ夢にも思っちゃあいない。そのくらいの分別はついているつもりだ。
だけど、普段は聞かないイルーゾォの声と、リゾットのぼそぼそとした囁くような返事の応酬を聞いて、正気を保てる方がおかしいというものである。何について話しているのかは知らないが、先ほどから「だから、ダメだって……」だとか「あいつがこんなの許すわけねえし……」だとか「あいつが知ったらなんていうと思う」だとかそういうクッソ紛らわしいことを言いまくっている幻影野郎にも責任がある。いったい私が何を許さないってんだ。こう言うのも何ですけど結構寛容なタイプだと思いますよ私は。特にそっち系の話題に関しては、イタリアのお国柄とは正反対の方向に育ち切っている感性を持っている気がしますから安心してくれていいんだよイルーゾォ。マジで君たちは今、何の話をしているの。
ごくりと生唾を呑み込んで、私は迷う自分の暗雲を振り払った。
リゾイルだろうがイルリゾだろうがリゾイルリゾだろうが関係ない。今ここで私に打てるのは、間男ならぬ間女としてリビングルームに踏み込むというその一手のみ。
「二人してナニやってんの?」
かっこ震え声かっことじ。私ってば情けない。
声に反して私の態度は図々しかった。バァーンと割って入ったその現場には、しかし、あれまあ。拍子抜けしてしまうような実状が。
二人は普通な顔をしてキッチンに立っていた。
「うわっ、お前居たのかよ!?」
「居たな」
「知ってたなら言えよあんたも!」
イルーゾォに気まずげな様子はない。彼の姿を見て、なんだ、と私は息を吐いた。精神テンションが一気に通常モードに戻った気がする。てっきり浮気かと思ったわ。
「何だよその顔……?」
「ううん、別に何でもないわよ。ごめんね、おやつを取りに来ただけなの。リゾットたちは何を?」
「リーダーが……いや、いいや。見てみろよ」
イルーゾォは私にマグカップをつきつけた。あっ、はい。これはリゾットのカップだね。渡されたので、受け取って中身を見る。コーヒーが入っていた。香りもちょっと濃い感じがする。
「飲んでみろよ」
「え?いや、これはリゾットのだし、私はカッフェは飲めないし……」
リゾットを見上げると、彼は私からカップを取り返してひと口飲んだ。
「言うほどか?」
イルーゾォへの問いかけだ。イルーゾォは大きく頷く。
「とにかく、胃が荒れるってくらい濃いんだよ。眠くもねえのにこんなのガンガン飲んでたらまた……お前が心配するんじゃねえかと思って『やめろ』って言ってたんだけど、リーダーは聞きゃあしねえのな」
「そこはリゾットの身体を気遣って『やめろ』って言ってたんじゃないの?」
「まあそれもあるけど」
思わず指摘してしまうほど自然な流れだった。何今の。イルーゾォが私にデレたのか?イルデレありがとうございます。リゾットのことをもっと心配してあげてよお。
味見もしていないし、コーヒーに詳しいわけでもない私が何かを言うのもおかしい気がするが、イルーゾォからの無言の圧力には耐え難い。
「えっと……」
私はリゾットを見上げた。
「もうリゾット一人の身体じゃないんだから、あんまり負荷をかけないでね」
「バッカかお前言い方考えろ!!」
そっとリゾットの手を握ったらイルーゾォに思いっきり肩を殴られたし、ギアッチョの部屋に戻っておよよと泣き崩れる真似をしたらふくらはぎを蹴られた。うう、つらい。
でも、家に帰ったらリゾットが慰めてくれたよ。すごく優しいんだぜうちのリゾットちゃんは。
まあ、リゾイル疑惑をかけてしまった私は、ちょっぴりリゾットに後ろめたかったんだけどもね。そんな水曜日のとある話だ。