ミヤコとポルポ


は不思議な夢を見た。
夢の世界は知らない街で、どうしてだか"ここが夢だ"とハッキリと理解できた。なるほど夢か、それなら仕方がない。ここが知らない街であっても、夢だから、歩いていくしかないのだ。

それにしてもここはどこなのだろうかと辺りを見回すと、カフェテラスに一人の女性が席を取っていた。人けはなく、店内に人がいるかどうかもわからない。けれどその女性はオレンジジュースを飲んでいた。
の好奇心は旺盛だ。ここがどこであろうと、誰もいない空っぽの夢の中に一人だけ存在する知らない存在を前にして、が動かずにいられるわけがなかった。
「こんにちは」
女性はに気づくとニコリと綺麗に微笑んだ。も微笑みを返す。女性はの脚を見ると、綺麗な脚だね、とさらりと褒めた。およそ、初対面の女子に向ける言葉の定型句からは程遠いものだった。
変な人だなとは思う。だけど、夢の中だから仕方がない。
挨拶を返し、同じテーブルに席を取る。女性がメニューを開いてに勧めた。店員の姿はなかったが、がチャイにしようと決めるとテーブルにカップが現れた。
「不思議な夢ですね」
「そうね、不思議な夢だわ。君、名前は何て言うの?私たちどこかで会ったかしらね?」
「いえ、たぶんないですよ。私はといいます」
「私はポルポ。そう、君は日本人かあ……」
ポルポと名乗った女性は豊満な胸の下で腕を組んだ。はそっと自分の胸を見下ろす。初対面の人に対してコンプレックスを爆発させる趣味はなかったから沈黙を選んではいたが、ひどい対比だと思った。夢は願望の表れと言うが、こんな不条理があっていいのか。
はチャイを口にする。この飲み物を選んだのは、大好きな人が好んでいる味だったからだった。
「ここってどこなんですか?」
「さあ……夢の世界じゃない?私、昼寝してたし」
「私は普通に寝てました。ポルポさんは外国の人ですか?」
「うん」
外国の人、という表現を違和感なく肯定されて、はちょっぴり首を傾げた。日本人であるの考え方に、ずいぶんと簡単に合わせてくれるのだなといぶかる。まるで閉鎖的な島国から外を見たことがあるような言い方だった。
ポルポはイタリア人だと言う。とても人には言えないような人生を歩んできたのよと大げさに言われ、は思わず笑ってしまった。それを言うなら、だって同じだ。とても人には言えないような人生を歩んできて、今ここにいる。
「夢の中で物を食べても太りませんよね?」
「そうね、太らないでしょう。だって夢の中だもんね」
「ポルポさん、ケーキは好きですか?私は好きなんですけど、……食べても良いですか?」
「いいわよ。どっちが多く食べられるか勝負しようか」
「ぜひ」
が挑戦的に微笑むと、ポルポはまたメニューを取り上げた。二人して違う種類のケーキを選ぶと、やはりそれはテーブルに現れた。フォークを取って、いただきますと手を合わせる。とほとんど同時にポルポが手を合わせたので、はまた驚いた。イタリアにもそういう習慣はあるのかと、行ったことのない国に親しみを覚えた。
夢の中で物を食べることはできないと言う人もいるが、とポルポにとってはその限りではなかった。ポルポはたっぷりの生クリームをフォークですくい取ることができたし、はモンブランの山を崩すことができた。
いつまで経ってもお腹がいっぱいになることはなく、は自らの異様な健啖っぷりに驚いた。そんな中、かたりと音を立て、ポルポが食器を置いた。
「おっ、ポルポさんはお腹いっぱいですか?私の勝ちですか?」
「実はまだまだ食べられる余裕はあるんだけどね。いや、負け惜しみじゃないのよ。本当に。でもなんだか、すごく眠くて……引っ張られるような感じがして……もう起きるってことなのかな」
「なるほど、そういえばこれって夢ですもんね」
「そうね、夢だから」
納得顔で頷いたは、自らも食器を置いてチャイを飲む。甘い口の中に甘い飲み物は良く沁みた。
ポルポはニコリと笑ってポケットからお財布を取り出した。その中にお札が何枚も詰まっているのを少女は見逃さない。の財布は薄っぺらいけど、同じコンパクトな財布でも、中身は随分違うようだ。
濃色の金髪を持った女性は伝票の下にお札を挟んで目を閉じた。
「おやすみ、って言うのも変かな?」
「いえ、それが正しいんじゃあないでしょうか。おやすみなさい、ポルポさん」
「うん、おやすみ、ちゃん。また機会があったら食べようね」
「次はラーメンにしませんか?あっ、イタリアってすすっちゃいけないんでしたっけ」
「ラーメン好きだよ。私は味噌がいいわね」
「私は断然醤油……」
その時、を猛烈な眠気が襲った。ポルポが言った通り、何かに強く引き上げられるような感覚だ。

ぱちりと目を開けると、隣にはアヴドゥルがいた。に背を向けて、布団を肩までかけて眠っている。
はその背中にぴたりと抱き付いて、すりすりと頬をこすりつけた。風呂上がりの石鹸の香りとアヴドゥル自身の落ち着く匂いが自分に移るような気がする。
、……どうした?」
「なんでもないです、アヴドゥルさん。なんだか不思議な夢を見て起きちゃったから、これはアヴドゥルさんにハグしておかないとなと思って」
「意味がわからないが、気が済んだのなら早く寝なさい」
子供に言い聞かせるように言われ、はむっとして腕の力を強めた。アヴドゥルの大きな身体を抱き寄せることはできなかったが、二人の距離はゼロになる。アヴドゥルはため息を吐いて、ぽん、と自分に回されたの腕を一度撫でた。身体の向きを変えてにきちんと布団をかけ直し、武骨な手での目を覆う。は素直に目を閉じた。
「わたしも不思議な夢を見た」
アヴドゥルがぽつりと呟いて、その低い声はの心を落ち着かせた。
「もっとも、君に起こされてしまったがな」
責める響きはなかったので、は安心したまま、私もです、ともう一度言った。
「(あれ……、そういえばあの人の名前、なんて言ったっけ……)」
思い出せないまま、やがて彼女は再びの眠りに落ちていったが、もうあの不思議な夢は見なかった。


ぱちりと目を開けると、リゾットが私を見下ろしていた。
「あ、ごめん、……寝てた」
それもリゾットを枕にして。
ソファに座っていた私は、いつの間にかずるずると横に倒れてリゾットの膝枕でグースカノンキこいて眠っていたらしい。こんな苦しい体勢でよく今まで目覚めなかったもんだわ。足痺れなかった?
リゾットは小さく首を振った。
「いや、気にならない」
ちょっとは痺れてるってことか?めちゃくちゃ気になるけどその辺りはメタリカパワーで何とかなってるものなんでしょうかね。アァッ、ちょっぴり足が痺れているリゾットちゃんってごっつ可愛い。
「ごめんね、寝ちゃって。やっぱりこの時間は気が抜けるわ」
「そうかもしれないな、俺も少し眠っていた」
「え!?」
うたた寝リゾット見逃した。ヤベエマジ私ナニやってんだよ自分泣かす。うたた寝してるリゾットとか国宝だろ。イタリア全土の総力を挙げてでも保護すべき。言いすぎか?私はプロシュートのうたた寝姿にも同じ感想を抱くと思うがその辺はいいとしようぜ。暗殺チームがうたた寝してたら誰だって興奮するわ。
ふぅ。
心を落ち着けると、つい先ほどまで見ていた夢の面白さがよみがえって来た。不思議な子だったな、あの子。
「面白い夢を見たんだよ。知らない子が出て来たんだけどね、すごくリアルだった」
「……」
リゾットは少し何かを考え、そうか、と結局ただ一つ相槌を打つにとどめた。なんだろう、言おうとして言わなかったことがあるみたいだけど、もしかするとリゾットもナニか不思議な夢を見たのかな。お揃いだね私たちね。
「さあて、午後の仕事をしましょうかねー」
うーんと腕を伸ばしてから立ち上がる。不思議な夢だった。
「(ええっと……)」
そういえばあの子の名前、なんだったっけ?