×魔法の小話
「ミス、ミス、ミス」
最後に長々しくファミリーネームを呼ぶ。
パンジーと分かれてピクニックモドキに出かけるところだった私は、後ろから追いかけるように呼び止められて振り返った。すたすたと眼前にやって来たロックハート先生は、火曜日の昼下がりをのんびり過ごそうとしていた私を捕まえて肩を抱き寄せた。
「君はいつも人の後ろから私のことを見ていましたね?」
えっそうだった?私ってそうだったっけ?
斜め横からの決めつけに面食らった私を無視し、ロックハート先生は肩を抱きつつぽんぽんと宥めるように私をたたいた。慣れた手つきだ。いったい何人のファンにこのサービスをやったのか、知りたいような知りたくないような。いや、ぜひ知りたい。
ロックハート先生はまだ小さい私の背丈に合わせるように腰をかがめ、にこにこしながら耳元で甘い囁きを炸裂させた。
レトリカルなそれを5分ほど聞いたところによると、いわく、私は先生の大ファンなのだけれど、ファンの波に勝てずいつも後ろから彼の背中を見つめるばかり。悲しげに首を振って友人とどこかへ行ってしまう姿を何度も見かけて、可哀想だなと思っていたらしい。
そして今日、ようやく身軽な状態で大ファン(確定)である私に声をかけた、と。
話しかけられて喜ばない女子はいない、と全身で豪語する彼の岩石ハートは揺らがない。そうですよね、とこちらの意見はあまり聞き入れなさそうなトーンで問いかけられたので「いや、間に合ってます」と腕の中から抜け出した。こんな場面を見られてロックハートファンクラブに勧誘されたらちょっとめんどくさい。面白そうだけどパンジーがすんごい目で私を睨みそうだし……。
ロックハート先生の笑みがきらきらした。
「恥ずかしがらなくていいんですよ。いや、ですが恥ずかしがってしまうのも無理はありませんね」
「はあ」
「そうですね……、おや!そこの君」
呼び止められたのは、中庭を通り抜けようとした小柄な少年だった。金髪の彼は首から大きなカメラを提げている。顔には見覚えがなかったが、そのカメラについては記憶がある。ハリー君がイヤな顔をしていたアレだ。
つまりこの子は、ええと確か。
「ええと、君は……クリービー君?」
「は、はい!コリン・クリービーです!」
そうそう、コリン君コリン君。写真を撮るのがすごく好きなんだよね。
コリン君は目の前に立つ『魔法界のアイドル』に目を輝かせた。1枚いいですか、と拒否されるはずもない断りを入れてシャッターを下ろす。フラッシュで、先生の瞳の色が際立った。
そんなコリン君に、ロックハート先生が話を持ち掛ける。短く言うと、私と先生のツーショット写真を撮ってくれないか、というものだ。私の為の企画らしい。なんでやねんと突っ込みたかったけど、たぶん彼にとってはものすごい善意なんだろうなあと思うと無碍にできない。なぜ絡まれた側が気を遣う必要があるのだろう。不思議だ。
二つ返事で了解したコリン君がカメラを構える。先生が私をもう一度抱き寄せた。
そこで、怪訝そうな声がかかる。
「……こんな所で何をしている?」
怪訝そう、と思えたのは私がリゾットリーディング検定1級だからであって、他の人にはもしかしたらいつも通り変わらない、冷ややかな声に聞こえたかもしれない。
その証拠に、コリン君がびくりと身を竦ませて小さくなった。
通常運転のロックハート先生はニコニコして私から離れ、旧知の仲のような気やすさでリゾットの背をばしばし叩いた。あまりにも仲が良さそうに見えて警戒が緩んだのか、ばしゃりとまたシャッターが切られた。その写真焼き増ししてくれない?買わせて。まったく後ろ暗くないけどちょっとだけ後ろめたい取り引きを行った。
そんな私たちを無視し、大人組の話はあらぬ方向へ飛んでいく。
「ああそうでした。先生は彼女とご婚約なさっていたんでしたね!もしかすると彼女と写真を撮るにはあなたの許可が必要かな?いや、なに、世間に顔向けができないようなことはありませんよ!ただちょっと……ええ、ちょっとだけですがね、ここだけの話、彼女が私のファンだというものですから、思い出をつくって差し上げようと思いまして。構いませんね?」
「合意の上なら、俺の許可は取らなくていい」
「合意!もちろん合意の上ですよ、ですよねミス?」
そ、そうかなあ。うっかり苦笑いしちゃったわ、ごめん。
こちらの表情に気づいたリゾットが、微妙に呆れた感じでロックハート先生を見た。先生は彼の視線の意味を理解しようと笑顔のまま一生懸命リーディングを試み、そしてひとつの結論に達した。
「わかりましたよ!先生、あなたも私と写真を撮りたいんですね?」
あまりにもぶっ飛んでいたので、リゾットがいつもよりも硬質に「I beg your pardon.」と言った。問いかけですらない。
ロックハート先生はまったく同じことを繰り返して伝えた。答えが変わらないとわかっていたけれど理解はできないといったふうのリゾットが、コリン君と私、それから先生を順に見る。そのうちふたりは宝石のような瞳をして、ひとりは爆笑をこらえ唇をかみしめている。誰も頼りにならないと知り、彼は冷静に先生の提案を断った。
「悪いが、撮って欲しいと思ったことは一度もない」
「まあまあまあ、照れなくていいんですよ。冷静沈着でクールな自分のイメージが崩れるのは恐ろしいことかもしれませんが、私のように一歩、光の道に踏み出せばあとは楽しいことばかりです!スネイプ先生の目なんて怖がらずに!さあ、一緒に微笑もうじゃありませんか」
咳き込んだ私に紅い視線が突き刺さった。ごめんて。ほんとごめんて。でもこれ笑ってるのはアレだけど他のところは私のせいじゃないと思うよ。
「さ、こちらに。婚約者同士、リラックスさせ合いましょう。私がいて緊張するのはわかりますがね!今は自然な笑顔を浮かべる時間ですよ皆さん!」
リゾットの腕を掴んで引き寄せるという大技をやってのけた先生は、もう片方の手で私に触れる。リゾットがちらりとそれを見たが、あまりにも小さな動きだったので、ロックハート先生は気がつかなかった。
リゾットと私はロックハート先生に捕まえられたまま、カメラに向かって笑顔を向けさせられる。私は素で爆笑しかけていたので百点満点の笑顔を浮かべられたし、ロックハート先生は通常運転でアイドルスマイルだ。チャーミングナントカ賞を受賞したそれはとても整っていた。
怜悧な眼差しのまま、ぴくりとも笑わず、無感動にカメラを見やったリゾットはもうさっさと終わらせてくれと言わんばかりだ。だがこれが終わったところで『終わり』は来ず、ロックハート先生によって自分が先生の大ファンであると吹聴されてしまうことにも気づいているのだろう。とても面倒くさそうだった。
ていうか突っ込んでいいかな。
案の定、リゾットに関する事実無根の話が(たった一人から)流されホグワーツが激しい困惑に我を忘れた頃、現像された写真を見て、私は何度となく飲み込んだ言葉を口にした。後ろから覗き込んだソルジェラとメローネ、ホルマジオが手を打ち鳴らしながらの大爆笑で私のツッコミを飾ってくれる。
「なんでロックハート先生が真ん中なんだよ……」
リゾットと私の間を陣取り、ポーズまでキメる意識の高い先生に、私は改めて感動の拍手を贈った。