×魔法のその後の話


泣いちゃう。だって、こんな幸せなことって、あるだろうか。
唯一無二の友人と言っても過言ではない。彼女さえツンツンしながら許してくれれば、の話だけれど、改めてこんな話をすれば怒られること間違いなしだ。今更何言ってんのよ、と眉を跳ねあげて唇をとがらせるのだ。可愛いことこの上ない。
いつも不機嫌そうにしかめられる目元は綺麗に飾られている。辛辣で現実的なことを口ずさむ唇にも鮮やかな紅がさしてあった。
「すっごく綺麗だよ、パンジー……!」
いつかそうしたように、パンジーの両手を取って握りしめる。パンジーはうざったそうにしながらも私の手は振り払わなかった。ちょっとだけ背けられた顔はいささか照れくさそうにも見えた。
「あんたはいつも通り、まあまあな恰好ね」
褒められた。ニコニコして頷くと、パンジーは私の手をぺしりと叩いた。
「魔法族の結婚式なんて出たことないんじゃないの」
「そだね」
軽く同意してからフッと思い出した。ウィーズリー兄弟の結婚披露宴みたいなやつに出席したことがあるな。思い出したよと言ったらパンジーに小突かれた。ウィーズリーのお気楽な催し物と一緒にしないで、だそうだ。
「へまはしないでよ。……あんたは……」
パンジーが唇をとがらせてどことなくもじもじした。私の手を振り払って、ドレスの汚れをはたく真似で気まずさを誤魔化す。
「あんたは、祝辞、……読むんでしょ」
彼女の結婚はホグワーツに入学した時から、いや、それ以上前から決まっていたことだけど、実際に式を執り行い、マルフォイ家の系譜にパンジーの名を書き加えると教わった時には手を叩いて祝福したものだ。おめでとうと微笑むと茶が不味いと文句を言われた。照れ隠しだとわかっているのでぺらぺら喋りながらおかわりを淹れた春。
パンジーはパーキンソン家から八割がた勘当されているので、事が落ち着いた直後は各純血貴族の家庭に数枚は常設されている『ご先祖様』の肖像画からひどい文句が飛び出したらしい。ルシウス・マルフォイもマルフォイ家の伝統から自分の身を切り離さざるを得なくなったため肩身が狭いと言っていたけど、『ご先祖様』への報告を行いに本家へ戻った時にめちゃくちゃ胃を痛めたのか、常に優雅を崩さない(……つもりでいるらしい)顔に疲労を滲ませて愚痴っていた。病床のスネイプ先生と、彼を見舞いに来ていたリゾットは、ひたすら無言で聞き役に徹したそうな。
ちなみにリゾットさんちにも肖像画はあったけど、ただ"存在している"だけだった。つまりほぼがらくた扱い。ソルベとジェラートがキャンバスに火を近づけてはビビる肖像画に爆笑しているので、歴史の保存も兼ねて家の奥の方にしまわれているらしい。すんごく興味があったのでリゾットに許可を貰って挨拶しに行ったら、夫妻の絵から遠い目で「近辺の純血は全滅だ……」的な話をされた。なにそれkwsk。椅子を引っ張り出して小一時間会話した。
語って曰く、リゾットは混血のプロシュートやペッシといつの間にか友人になっているし(友人という響きがやっぱりしっくりこなくて首を傾げちゃうね。仲間、って感じがしない?)純血名門に生まれたるリゾットの教え子(教え子という響きもやっぱりしっくりこなくて首を傾げちゃうね。教え……子……?)は型破りだ。まともと自称するイルーゾォですらキレッキレ。あっ、まああそこはネグレクトされてたから勘定外か。要約すると「つらたん」のひと言に尽きた。部屋を出ていく間際に嗚咽が聞こえた。大丈夫かネエロ家前当主夫妻。
さてさて話を戻そう。パンジーのことだ。
ドラコくんとパンジーの結婚には障害が多かった。愛に周囲は関係ないとも言うけれど、この場合はちょっと関係あった。だけど彼らは貫き通した。愛もそうだけど、もしかするとけじめの意味も込められていたのかもしれない。なんとなくそんな気がしたのは、ハリーくんから震える声で電話がかかってきた時だった。どうしようマルフォイから結婚式の招待状が届いた。マジか!ひとしきり盛り上がった後、二人してしみじみする。ロンくんとハーマイオニーちゃんの所には届いていなかったけど(ちょっと笑った)ハリーくんは二人も連れて行くそうだ。だってマルフォイたちだってそれを望んでるから僕に手紙を寄越したんだろ、とは魔法界を救った英雄の談。つよいよハリーくん。あながち間違いではなさそうだし。スリザリンのツンデレを完璧に理解している恐ろしい子。
私の所にももちろん招待状は届いていた。『出席』に丸を付ける時は自然に頬が緩んだよ。インクの軌跡に合わせて紙がうっすら光り、とてもきれいだった。
同時に届いたもう一通の手紙には、こう書いてあった。先ほどのパンジーの言葉はこのことを表している。つまり、私が、式で祝辞を読むのだ。
マグルみたいで嫌、なあんて言っていたパンジーも、学生時代の私の熱意を思い出したのか。最高の文章を組み立てるねと返事をして、この日を迎えた。
「へましたら許さないからね」
「うん。ブーケは投げるの?」
「投げるわけないでしょ。誰かが呼び寄せ呪文を使ったら一発じゃない」
「魔法って便利」
「ああ、だけど、祝辞の時にずるをしたら許さないわよ」
「ずる?」
「字幕魔法を使ったり」
「しないよ」
字幕魔法っていうのはアレだ。映画のスタッフロール宜しく、目の前にずらずらずらと読み上げるべき文章が流れていく魔法だ。言うなれば大っぴらなカンペ。この魔法は、風邪をひいてぐったりしているけど本が読みたい、その欲を叶える為に開発された。
パンジーは窓の外に目をやった。マグル避けの壁を通り抜け、続々と魔法使いがやって来る。輝かしい金髪と豪奢なドレスローブの男を見て、新婦が顔をしかめた。
「どうしてロックハートがいるの」
「教え子の晴れの日を見たかったんじゃない?」
「適当なこと言わないで」
ごめん、私もちょっと投げたよ。

訊ねると、ロックハート元先生は輝かしい笑顔で答えてくれた。会場に集まっているのが彼を良く知らない人たちだったら、どこかで恋が生まれていたはずだ。ロックハートさんはイケメンである。
「シリウスに教えていただきましてね!招待されていないとは言っても、私は場を盛り上げる自信がありますから。おっと、安心してください。新郎を霞ませない努力はしますよ!ああ、新作の本にサインをつけて持って来たので、皆さんにも後でお配りしましょう!」
ルシウスさんの眼差しは冷ややかだった。そもそも彼はシリウス・ブラックも招待していない。端っこでソルベとジェラートがくすくす笑いを堪えていたので、たぶん彼らが糸を引いている。
ルシウスさんはお手洗いから戻ったハリーくんを見てさらなる渋面を披露。ハーマイオニーちゃんには嫌味を三つほど投げかけていたが、ハリーくんに対してはもうその気力もないらしい。ツッコミ疲れだ。
「グリフィンドールは芋づるか……」
ソルジェラの笑いが決壊した。

本意不本意関わらず、さまざまな人に見守られながら、二人はそっと誓いを立てる。この十年弱の間にすごく色々なことがあったし、ドラコくんとパンジーの歩んだ道は決して平たんではなかった。彼らの人生の一端と近しくあったからだろうか。陽を浴びてきらきらと輝いて見えるパンジーを見て目頭が熱くなる。やべえそういえば人の結婚式に出席した記憶全然ない。しかもここまで深い付き合いのお友達とか、もう、なんか、周りには結婚できなさそうな人しかいなかったからさあ。
リゾットがそっとハンカチを差し出してくれた。ありがとね。メローネもハンカチをくれた。ありがとう。ソルジェラもくれた。う、うん、ありがとう。ハーマイオニーちゃんもくれた。ありがとう嬉しいよ。ロックハートさんもくれる。いや、あの、ありがとうございます。リュシアンくんも紳士の顔で私の手にハンカチを握り込ませる。お、おう。どうすんだよこのハンカチの山。

ハンカチの山はバッグにしまった。
祝辞を読み上げている間、どこかでパンジーストップが入るかなと予想していたのに、意外にも誰も私を止めなかった。つらつらと思い出話を並べる。新郎新婦ではなくリュシアンくんがボロボロ泣いていたのにはびっくりだ。あと、私がイイ感じにおめでとうを言ったあと、ロックハートさんがやおら立ち上がり杖をマイク代わりに話し始めたのにもびっくりした。さすがにストップがかかるよね。

「で」
主役のお色直しの後、リゾットたちと並んで改めて挨拶をすると、パンジーは顎を上げて私たちを見まわした。イルーゾォが眉根を寄せて返事をする。先ほどまで新郎新婦と話をしていたハーマイオニーちゃんたちは、ひらひらと手を振ってにこやかに立ち去った。
「ポルポ、あんたはいつにするわけ?」
「何が?」
すっとぼけたら怒られた。
「すっとぼけてんじゃないわよ!」
「すっとぼけてんじゃねえよ!!」
パンジーとイルーゾォの二重奏だ。急に味方から怒られるとビビる。
いつにするったって、まだ何も、話すら浮かんでないよ。ねえ、リゾットちゃん。ていうかなくてもいいかなって私は思ってる。
ドラコくんがドン引きした。
「い、いや、それは……。……ぼ、僕は『ポルポ・ネエロ』も悪くないと思うぞ!?」
「『ポルポ・アトマ』はどうだい?」
「響きとしては悪くないわねえ」
「悪いだろ!!」
却下されてもめげないメローネは、誰にともなく提案する。指を振る仕草の可愛さは何歳になっても変わらない。
「重婚はどう?」
「誰とだ?リゾットとテメーか?」
「ギアッチョと俺と」
「ふざっけんな!!俺を巻き込むんじゃねえよ!」
「後にして。……まさかしないつもりじゃないわよね?お互いのファミリーネームがしっくりこない、なんて前にあたしと話したけど、あれはただのジョークよね?」
そういえばそんな話もしたわ。しっくりこないよね。
私が腕を組んでリゾットと顔を見合わせたのを確認して、パンジーはため息をついた。
「いい?これは別にあんたに言われたからでも、グレンジャーに勧められたからでもないわ。いいわね?」
「うん」
パンジーは少しためらい、身をかがめた。足元に籠を置いていたらしく、そこから何かを取り出す。ブーケだった。
なるほど、私にくれるのか!何だかんだで準備していてくれたなんて嬉しいな、パンジーの照れた顔も可愛らしい。釣られて私までちょっと照れるぞ。トスされるのかな。
こういう時ってどうしたらいいんだろう、とパンジーと見つめ合う。彼女は振り切るように視線を逸らして、テーブルを挟んだほんの少しの距離のぶんだけブーケを投げた。小さな花束は放物線を描き、リボンを揺らしながら落ちていく。
「え!?」
リゾットの目の前に落ちてきて、彼が反射的に受け取った。そっちか!!そう来たか!!
「楽しみにしたのに!」
「あんたに渡しても家に飾るだけで終わるでしょ。ネエロ先生に渡した方がずっと望みがあるわ」
ひどいよパンジー。リゾットの手の中で咲き誇る花の香りが心に刺さる。確かに飾るけど。飾るけどさ。リゾットに渡しても飾ると思うよ!?
「ブーケ受け取ってるリゾットやべえ」
「にあ、に、に、ぐっ、ぐ、ぐふ、ふ、ふひゃ、似合わね、っ」
「ソルベ笑うなって!俺もわら、笑っ……、ふ、ふぐぐぐ、リゾ、リ、ひぃ、ふは」
「外でやってくれ」
「冷てえよリゾット!ひ、ふふはは」
「照れんなって!」
ぱん、と拍手を一つ。パンジーは凛々しく言った。
「招待しなさいよね。祝辞、読んであげるから」
感動した。パンジー、と名前を呼ぶ。パンジーはやっぱり顔を逸らした。耐え切れないほどむずむずしたのか、もう一度念を押してくる。
「あんたやグレンジャーに言われたからやってるんじゃないって、ちゃんと理解しておきなさいよ」
「わかってるよ、ありがとう」

「あと、グリフィンドールだけは招待しないで。今日で懲り懲りよ」
もしこのブーケのジンクスが現実になるとして、それはちょっぴり無理があるのでは。交友関係的な意味で。