Dance Like A Gangster...

すれ違った時、お互いのバッグがぶつかり合った。足を止めて、ポルポがひと言。
「お、ごめんなさいね」
ぶつかり合ってしまった彼女も、慌てていてもどこか緩慢な動きで振り返る。小さく小さく会釈をしたのは、咄嗟に謝罪の言葉が浮かばなかったからだ。ごめんなさいと言えばいいのか、すみませんと言えばいいのか、どうぞ気にしないでくださいと言えばいいのか、には一瞬の判断ができなかった。つい、会釈で誤魔化してしまい、そのことに自己嫌悪が募る。
そして更に、顔を上げたは自分を真っ直ぐ見ていたポルポの瞳を覗き込んでしまった。ハイヒールを履いているポルポの視線はよりも少し高く、太陽の光もあって、彼女の赤色の瞳はよく目立った。
ぱちりと目を瞬かせる。
「きれいです、ね」
うっかり言ってしまって、はすぐに後悔した。あまりにも脈絡がないし、突然こんなことを言われても戸惑うだけだろう。
しかしポルポは言われ慣れているので、にこりと微笑んだ。
「ありがとう。君も綺麗な目をしてるね。私が男だったら口説いてるよ」
「……は、あ」
ぽかんとしてしまったのは、仕方がないと思う。
こそが戸惑ったとわかり、ポルポの瞳は苦笑の形に隠される。ほんのわずかなきっかけだったが、二人はなぜかその場に立ち止まり、会話を続けようとしていた。
めぐり合わせというのかもしれない、などとぼんやり思ったは、うまく紡げない言葉をもどかしく思いつつ、あの、と声を上げた。けれど、どう続けたらいいかがわからない。わたしはいつもこうだ。だから、人生は、いつだって。
「……いえ、なんでもありません。すみません」
「んん? そう? じゃあ、私は行くけど」
「はい。あの、すみませんでした」
「私が悪かったのよ。気にしないで、仔猫ちゃん。……なんつって」
気障なイケメンならばこう言うかなと成り切ってみたが、いまいち恰好がつかないものだ。
道行く人の波に紛れる寸前、二人は同時に思い出した。
「(ああ、わたし)」
「(眠ってるはずだったっけ)」
もしかするとあるかもしれない、けれどどこにも存在しない、夢の中の出来事だった。

目覚めたポルポは記憶をたぐりよせ、姿もぼんやりとしか憶えていない女の子のことを考えた。
ゆっくりした空気をまとう、どこか世間離れした女の子だった気がする。気のせいかもしれないけれど。
あちらにはどう見えていたのだろう。ポルポの姿は、ただのおかしなことを言う女に映っていたかもしれない。
もし彼女に恋人ができるとすれば、それは彼女のことを引っ張っていってくれる人なのではないだろうか。例えば、うん、そうだな。
「プロシュート、とか」
前を歩いて、手を引いて、彼女のどこか諦念で凪いだ心をやわらかく包んでくれる人がいいだろう。その役割に、プロシュートは少し柄が悪すぎるかもしれないが、清楚な女の子は彼の好みだろうし、なんとなくデコボコなのが逆に似合いそうだ。
夢の中の登場人物に知り合いを宛がう(と表現するのもおかしいが)笑えるひとり遊びを終え、ポルポはむくりと起き上がる。プロシュートに恋人がいないなんておかしいよなコンニャロウ隠してんじゃないわよと絡んだ昨夜の記憶が、この夢を生み出したのかもしれない。
「それにしても、なんか……」
もしプロシュートがお相手としてマッチしたとしても、なんだか自分への好意にニブそうな女の子だったから、長期戦になりそうだ。なんだか花束を贈って、微笑んで、抱きしめてやっても気づかれなさそうで、ポルポはちょっとだけ笑った。

ふと目覚めたは、不思議と印象深い夢を思い出す。綺麗な瞳だった。苺のようだった。いったいどんな記憶が混ざれば、ああいう人を夢に見るのだろう。きっと一度も見かけたことがないし、きっとこれからも出会うことはないだろう。この夢もすぐに忘れてしまう。
今まで、何もうまくいかなかった。は迷ってばかりだ。道に迷っても、そっと下を向いて、目を伏せるしかなかった。途中からそうしても意味がないと知っているけれど、壁に手を当ててまた歩き出す。そうするしか方法を知らなかった。
そんな人生が、彼女の人生が、これからそう遠くない未来に変わることになるなんて、誰も、夢の中の彼女でさえ想像していなかっただろう。
食べてはならなかったものを口にしてから、の人生は急転する。
そして彼女は新しく歩み出すのだ。苺のような瞳の色など、もう二度と思い出さずに。