暗殺未遂


えっ。
聞き返すと、金髪の美女は長い髪を肩から払い背中に流した。艶やかに彩られた魅力的な唇がゆるい弧を描き、ボリュームたっぷりで瞳をとても大きくハッキリと見せる睫毛を瞬きで揺らす。うふふ。ビアンカは口元に手を当てて本当に嬉しそうに笑っている。
白魚のような手、と言うべきか。モデルも泣いてしまいそうなほど滑らかで透き通る肌は、女の私であってもつい手で触れたくなる。爪先は鮮やかな色のマニキュアで飾られていた。
ぴしりと身体にフィットするレディーススーツは彼女を禁欲的に見せるが、『イタリアの女性』と聞いて想像する像をさらに数倍美化した女の気配は隠しきれない。主張する胸元やくびれた腰、形の良いお尻とすらりと伸びる白い脚。うーん、眼福。高いヒールが身長を補っているので、ビアンカはちょっぴり私を見下ろす格好になっていた。そうすると私の谷間に目をやりやすいんだとさ。怖えけどまあ、今更よね。
これほどの美貌を誇るビアンカは、男にまったく興味がない。たぶん女性にも興味がない。彼女が愛を向けるのは命を失った魂の抜け殻だけだ。つまり死体。一部ではお馴染みであり、その性癖のためにビアンカは誰彼からも一歩身を引かれている。えっああ、あの美人さんね、あ、うん、ネクロフィリアなんだっけ、あっそうだよね、ああ、うん……。そういう感じだった。可哀想だなあとはこれっぽっちも思わないし、ビアンカ自身も、まったく何にも気にしていない。生きている人間なんてどうでもいいわとツンとしているので、これくらいの距離感がちょうどいいのだろう。
もっとも、その複雑な部分は私を除く話だ。
ちゅ、と自分の指先にキスをしたビアンカは、その手で私の頬に触れた。つい今唇に触れさせた人差し指と中指を私の頬に押し付けてくる。新しい形の間接キスだ。さりげなく避けても追いかけられたのでもう放置。気に入られてしまったというか、懐かれたというか、一種の信仰に似ているっていうか、なんか怖い。君、今32歳だよね?そろそろ別の方向に目を向けた方がいいんじゃないかな?
「もう、いじわるばっかり言うんだから。わたくしはポルポがいればそれでいいのよ」
間違ってもここで"私もいつまでも君と一緒に居られるわけじゃないんだし"などと言ってはいけない。泣き崩れてひと月くらい、一時間おきに電話がかかってくる羽目になる。いい子なんだけどね、いい子なんだけど、落ち着いて。
「それで、さっきの話は本当なの?」
「ええ、わたくしがポルポに間違った情報を流すわけがないじゃない」
ぷう、と頬を膨らませる仕草が実に可愛らしい。きつい印象を与える大人っぽい顔立ちが一気に幼さを帯びる。この表情をできるっていうのが恐ろしいところよね。メローネといいビアンカといい、自分の魅力をわかっているが故の行動なのか、それとも素なのか。もちろんこの二人を同列に扱うと彼らはすげー怒るんで、口には出さない。
可愛らしい頬をこちらも指でくすぐると、ビアンカはうっとりと目を細めた。手のひらで輪郭を包むようにしたら喘ぎ声を漏らし始めたので手を離す。怖えよ。
「コソ泥が入ったのはおとといの話よ。わたくしがいながらポルポの情報をみすみす凡愚の手に渡してしまうなんて、わたくし……、わたくし……、……ごめんなさい、ポルポ!」
「あ、いやいや、いいよ。だっておとといビアンカを連れ出したのは私じゃん。まさかそんな時に泥棒が入るなんて思わないし、盗られたのはほんの一部だったんでしょ?だから泣かないで、落ち着きな」
ハンカチを取り出すと、ビアンカはちょっとした刺繍の施された薄っぺらい布を震える手で受け取って胸に抱きしめた。頼むから涙を拭いてくれ。
立ち話も何だから、と彼女を座らせ、私もその向かいの席につく。捨てられた子犬のような潤んだ瞳が私に絡みついた。隣には座らないよ、何されるかわかんないもん。おとといに彼女を呼び出して一緒にウインドウショッピングと洒落込んだが、その時もずっとずっとずっとずっと夜まで彼女は私の手を離さなかった。たまに舐められたし、舐めながら小刻みに吐息を漏らしていたし、いかがわしいことでもしているかのように小さく喘いだりしていたので本当に困る。街中で急にセルフ濡れ場に突入するのは勘弁してくれ。地元で変な噂を立てたくない。違う、エロビデオの企画とかじゃない。違うんです。おまわりさんこっちです。
ビアンカが使っている事務所は、私がパッショーネに所属していた時に仕事部屋として借りていた一室のすぐ近くにある。何でも、私の気配が遠のくのがとても嫌で、パッショーネ本部に特設の執務室を用意すると言われても頑として断っている、らしい。何度でも言うけど彼女の愛が重い。あっちこっちと行き来しているので本部の部屋もそれなりに使ってはいるようだけど、まあ、拠点は街中にあると考えていい。
そんな小部屋に泥棒が入った。空き巣になるのかなあ。そんでもって、部屋にあった私の写真やら(どう考えても隠し撮りです本当にありがとうございました)ちょっとした情報のファイルやらが金品と共に持っていかれていたらしい。のちのち本人に聞いたことだけど、ビアンカのすぐ後に仕事を持って彼女の部屋を訪ねた哀れなグイード・ミスタくんは、顔から表情をそぎ落とし感情のない声でひたすら自分の飼っている使い走りたちに電話で指示を出している32歳の美女を目撃したそうだ。あの女、エスカレートしてね?もうこの数年で何度この台詞を聞いたことか。彼女は私が絡まなければただのネクロフィリアなんですよ。
「それで、それで。わたくし、狗どもに命じたわ。すぐに足取りを追わせたの。探索に長けた鼻の利く男がいたから、すぐに見つかったわ。正体もわかったのよ。わたくしはこの間、組織の泥船についての話をしたでしょう?」
そういやそんな話もあった。まあ、この間と言っても先月くらいのことだ。
いわゆる献金の横流しをして武器を仕入れプチ叛逆を試みているチームがあったもんで、パッショーネにいるビアンカがいち早くその情報をこちらに流し、こっちはそれをパッショーネに流す。謎のトライアングルであこぎな商売が成立しているように見えるが、お金のやりとりはない。私たちのお仕事の情報網は凄いんだぞ、カッコいいぞ、という、ジョルノと合意の上で行っている宣伝パフォーマンスのようなものだった。たまには大っぴらに有力組織から褒めてもらっておかないと、バックとの繋がりが切れたように見えてしまいますからね。ジョルノが笑顔をきらきらさせながら言っていた。それはそっちの威厳的には大丈夫なんかなと心配になったけども、彼が良いと言うのなら良いのだろう。10歳くらい年下の少年に甘えた思い出。おっと、話が逸れた。
どこから引っ張り出したのかわからないし知るのも恐ろしい情報網から犯人を突き止めたビアンカは、私のハンカチを抱きしめたまま唇をちろりと舐めた。あまりの色っぽさに眩暈がするわ。
「それが昨日よ。顔と同じくお粗末な男どもだったわ」
「何が?」
「やり口よ?」
「ですよね」
ビアンカが言うと拭い去れない女王様感が出るんだよ。
「どうやら奴らは愚かにもポルポを逆恨みしていたようなの。自分たちの情報を掴み、パッショーネに喋り、計画を水泡に帰したと思っているのね。自分たちの稚拙さにも気づかないでいて、本当に!もうっ、ああ、ポルポ……!!」
「落ち着きなって」
「うう、ポルポ……」
伸ばされた手を握ってやると、ビアンカは嘆きながら(何を?)涼やかな目元を指でこすった。腫れるからやめな。立ち上がって身を乗り出し、取り返したハンカチでできるだけ優しく目じりを押さえる。男になった気分だわ。恋人を慰めてるみたいな絵面かな。
「盗まれたのはおとといで、情報を掴んだのが昨日でしょ?それで、もう制圧し終わったの?」
ビアンカが出会いがしらに語ったことによれば、事態はもうすっかり治まっているらしい。終了報告をされたようなものだ。っつっても、私は何にも知らなかったので報告は何もかも寝耳に水ってやつだった。
ビアンカはこくりと頷いた。
「泥棒猫よ」
「うん?」
秀麗な眉が、ぎゅっとしかめられた。首を傾げた私の手に頬ずりをし、指の付け根に口づけを落とし、こちらの背筋をぞわぞわさせながら、美女はきっぱりと言い切った。
「あの猫どもに言ったの」
彼女が呼ぶところの猫といえば、暗殺チームの彼らしか思い浮かばない。
でも、どんなことがあってもビアンカが彼らを頼るとは考えられないんだけど、これはまたどういうことかな。
「……」
ビアンカはしばらく答えなかった。整った唇がわななき、スッとした目からぼろぼろぼろとまた涙があふれてきた。蛇口が壊れている。ここで一発抱きしめたらびっくりして泣き止むかなあと好奇心が疼いたけれど、そのまま押し倒されて食われかねないのでやめた。真昼間からひん剥かれてはたまらない。
「情報を漏らした無能は今朝一番で折檻したわ。追跡現場を剃り込みの男に見られてしまったみたいで、問い詰められて吐いてしまったのよ。だから言わざるを得なかったのだけど、本当は、わたくし一人でもできたのよ、ほんとうなの」
「ホルマジオか」
折檻の部分は聞かなかったことにした。想像が容易すぎて笑える。
「ポルポの暗殺を企てているなんて、わたくしもそうだけれど、あの猫どもだって許すはずがないでしょう?いいえ、許してはいけないのよ。許さない奴がポルポの傍にいていいわけがないわ」
「ねえ君最近過激じゃない?」
「え?」
「そんな可愛い顔できょとんとしなくても」
もういいや。そんで?
「一人に知れれば全員が知る。……猫どもの中から数人が向かったみたいなの。くやしいわ、わたくし、……わたくし、ひとりでやり遂げたかったのに……」
「……そ、そんなこと言わせてごめんな……?」
「いいのッ!」
「う、うん」
やっぱり日に日に進化してると思う。
「昨日の夜に電話が来たわ。耳元であの雄猫の声がしたことを思い出すと怖気が走るけれど、すべて片はついたみたい」
「誰の声だったの?」
「名前なんて……」
「憶えてないの!?私めちゃくちゃあの子たちのこと話してたのに!?」
「ポルポの言うことを忘れるわけがないわ!おぼえているけれど……、……つらいの……。……ポルポの……、……わたくしからポルポを奪った!あのッ!!」
察したわ。私が悪かった。もう泣かないでよ。ごめんってば。私が君のものだった事実はこの人生の中で一度もないけど。ごめんて。
しくしくさめざめむせび泣く金髪の美女の話を要約すると、つまりは暗殺チームが一晩かからずやってのけてしまった、ということか。ビアンカはそれが不服で仕方ないけれど、問題が解決したって結果自体は喜ばしく思っている。ただ悔しくてしょうがない。
待ち合わせをした時の楽しそうな雰囲気はどこへ行ったか、ビアンカはしょんぼりした顔でうなだれていた。
「ポルポ、すべてわたくしの手落ちだわ」
「だから、それについてはいいんだって。何もなかったんだし、あったとしてもビアンカは悪くないよ。結果的に良かったんだからオーライオーライ」
「……叱ってくれる……?」
「そっちかよ」
叱らねえよ。
「情報はすべて取り戻したわ。証拠も残していない。それはわたくしも現場へ行って、すべて"消した"から確実よ。ポルポ、もう二度とこんなことは起こさないと誓うから」
「そう、ありがとね。知らないところで命の危機が片付いていたってことに私も意外とびっくりしてるんだけどね。みんなにもお礼を言うわ。たぶん彼らは私に教えてくれなかっただろうし、ビアンカに言ってもらえてよかった」
ビアンカは自分の失態を思い出し、またしおれた様子を見せた。彼女が再び泣きださないうちに、飲み物でも買って来ようか。

家に戻って、どう切り出したもんかなと悩みリゾットを見上げる。飲みに来ていたホルマジオと目を合わせても、彼らは私になんにも言おうとしない。問題なく片付いたんだから言う必要もない、と思っているのかもしれない。気持ちはわかる。私もそういう態度を取りそうだ。
「最近は平和だねえ。仕事も落ち着いてるし」
缶ビールをあけて言う。ホルマジオもリゾットも、トイレから戻ってきたギアッチョも、何を当たり前なことを言っているのかとちょっぴり苦笑した。
「日常にそうそう事件が起こるワケがねェーだろーがよォー」
「仕事柄で言えば、暇な方がいいんじゃないか?」
「騒ぎが欲しいならあっちに出張でもしてろよ。ジョルノんトコなら賑やかだし、こっちはオメーがいなくて静かになって清々するぜ」
そうだよねえ。
頬杖をつく。ま、あえて突っつかなくてもいいか。
ひと言だけ伝えておく。
「いつもありがとね。ハグしよっか」
冷たい視線で総スカンをくらった。