きらいと言ったら

ドリーム小説
それはアヴドゥルの興味だった。本を読み終わり、テレビを見ながらふと思ったことだ。
キッチンに立つの背中は今にも鼻歌をうたいそうな雰囲気でいる。気軽な気持ちで問いかけた。
、もしもわたしが君のことを嫌いだと言ったらどうする?」
は明るく「え?」と聞き返したあと、ゆっくり頭に言葉が染み込んでいったようで、水音を止めて振り返った。
「嫌いに……なっちゃったんですか!?」
「もしもだと言っただろう」
「もしもって何ですか!その質問が出てくるってことは、ちょっとは意識があるってことですよね!?」
エプロンで手を拭いてやって来る。ぱたぱたと立つスリッパの足音がアヴドゥルを呆れさせた。そうだった、この少女はアヴドゥルに対してものすごいパワーを見せる。もちろん広い視野で見ればアヴドゥルに限ったことではないが、とにかく気になったことへの追求が物凄いのだ。白黒をはっきりつけようとする性格は好ましいが、うっかり下手な質問をできたものじゃない。
「嫌いだとは言っていない」
このアヴドゥルの弁解も良くなかった。は唖然とし、「じゃあ何なんですかあ」と力なく言った。肩を落とし、ソファの背もたれに手をついて泣き真似をする。
「アヴドゥルさんは嘘がつけない」
「冗談くらいは言うだろう?これも、ちょっとした興味の一環だ」
「私の心を弄んでます!断固抗議!」
「やれやれだな」
首を振ったアヴドゥルをよそに、は突然しゃんと背筋を伸ばした。頬に指を当ててうなる。アヴドゥルは知れず、ホッと息を吐いた。どうやら言うほど響いてはいなかったらしい。本気にとられたかと思ったぞと言えば、はけろりとした顔で口角を上げた。溌剌とした笑顔は曇らない。
「だって、アヴドゥルさんは嘘をつけないじゃないですか。本当に私のことが嫌いだったら"嫌いだ"って伝えてきますよ、絶対。いっつも言うじゃないですか、"うるさい"って。そんな感じで」
いかに直情的なアヴドゥルと言えど、そこまで子供じみてはいないのだが。また面倒なことになると困るので、アヴドゥルは反論をやめた。
はもう一度うなり、一つ頷いた。短い髪がさらりと耳を滑ったのは、トリートメントを変えたと言っていたのが関係しているのだろうか。アヴドゥルはテレビの音量を絞りもせず、彼女に意識を向けていた。
少女は頭の中でシミュレーションを繰り返す。脳内の恋人は冷徹な態度でに向かい、肉厚な唇から鋭いひと言を投げかける。は避けずに真正面から受け止めた。『きらい』の三文字は現実味がなかった。
がアヴドゥルを表現するならば、それは『大好きな人』に尽きる。詳しく言えば一晩語っても語り切れない魅力があるのだけれど、誰かに訊ねられた時はおおよそこう答えていた。アヴドゥルさんは私の大好きな人かな!
一方アヴドゥルがにどんな想いを抱いているのか、はっきりしている部分は少ない。好きだと伝え、愛情を持ってお互いに気持ちを渡し合ってはいるものの、彼はよりもずっと大人だ。表し方も静かだし、どっしりとしていた。いつだっての片想いに見える、とは友人の苦い言葉だ。
彼女はまったく気にしていなかった。自分はアヴドゥルさんが好きだ。アヴドゥルさんも自分が好きだと言っている。じゃあ、疑う必要なんてない。そんな気持ちなのだった。だから三文字への印象がフワフワする。
「私はアヴドゥルさんに『嫌い』って言われたら、たぶん、もう一度好きになってもらえるように頑張ります」
笑ってしまったのはアヴドゥルの方だった。の表情は真面目そのものだ。
「君はポジティブだな」
「諦めきれないから仕方ないですよ。アヴドゥルさんはもしも私を嫌いになったら、私がアヴドゥルさんを嫌いになるように仕向けた方が話が早いと思います」
「君は本当に……」
難しいことを言うな。口の中で呟くと、アヴドゥルはもう一度喉の奥で小さく笑った。薄っぺらい胸を張る少女に手を伸ばす。動物を宥めるように軽く腕を叩いてやると、はアヴドゥルの首にじゃれついた。腕に力を込め、ちょっぴり低い声で彼の鼓膜を震わせる。
「……嫌いになってませんよね?」
「君はわたしを信じていないのか?」
ずるい言い方をすると、が頬を膨らませたのがよくわかった。