シーザー夢
冷静なリサリサから見ても、シーザーと少女はまったく噛み合っていない。少女の面倒を見るスージーQは軽やかに笑いながら話をしていたが、イタリア語と日本語の両方を解するリサリサは、二人の齟齬には笑う気にもなれなかった。まったく、世話が焼けること。
「シーザー、そのくらいにしてやりなさい。あなたもいちいち噛みつかなくて結構」
彼女はシーザーから『泣きべその小鳥』と呼ばれている。イタリア語のヒアリングが上手くない少女は、まだ辞書でその意味を調べてはいないだろう。知った時には、いったいどうなってしまうのか。二、三日は口を利かないに違いない。
リサリサが二人の間をとりなすことはあまりない。些細な喧嘩に構っている暇はないのだ。
しかし、通路でがみがみと話を繰り広げられては通りづらい。しばらく二人を眺めていた彼女は、シーザーが呆れながら長台詞を言ったのち、五度目の「Smettila di piangere rapidamente」を口にしたのを聞いてやれやれと肩を竦めたのだった。
"さっさと泣き止め"、と言うのなら、せめて英語を使ってやればいいのに。
配慮のうまい青年がそれを忘れているとは思えなかったので、彼女にも問題はあるのだろう。もしかすると、努力して使った日本語を無碍にされたのかもしれない。少女は泣き始めると、周囲への気遣いを少し忘れるから。
「リサリサ先生。すみません、こいつが……いえ、彼女が……泣き止まなくて」
「それで『泣きべそばっかりかいているんじゃあない。フラれたのがいつのことだかは知らないが、いい加減に忘れて前を見ろ』……ね」
色気のある唇が日本語を紡ぎ少女を手早く慰め、すぐにシーザーへのイタリア語へと切り替わった。
「もう一言付け加えてあげるというのはどう?」
「もう一言?」
「『俺が忘れさせてやる』とでも言えば、少なくとも泣き止むでしょう」
「マンマミヤ」
シーザーは早口で呟いた。ズキズキしてきた額を押さえ、ぶんぶんと首を振る。少女はシーザーのハンカチで涙を拭き、きょとんと二人を見上げていた。泣いて赤くなった目元と鼻、それから潤んだ大きな目が不思議そうにしている姿は、シーザーの呼ぶ通り、小鳥のようにも見える。
「冗談が過ぎます、先生。こいつなんて……いや、その……、女性と言うより、なんでしょう。それこそ『泣きべその小鳥』が似合っていて……その……」
思わず、美しいかんばせが綻び、忍び笑いが廊下に響いた。
「結構」
今度は少女ではなくシーザーに言った。
「わかりました。ですが、ここでは目立ちます。次からは部屋で喧嘩をするように」
わかりやすく英語で告げると、シーザーと、遅れて言葉を理解した少女がしょんぼりと俯いた。そっくり似通った動きだった。
「申し訳ありません」
「ごめんなさい……」
しゅんとしおれた二人を置いて、リサリサは颯爽と廊下を歩く。途中でスージーQとすれ違ったので、「早めのおやつでも出してあげなさい」と、珍しくとても優しいことを言いつけた。