ポルナレフ夢


彼女が本を読んでいると、決まってポルナレフが大きな身体でじゃれついてくる。朝であろうと昼であろうと午後であろうと、プライベートな時間を過ごそうとするとこれだ。すっかり慣れてしまった彼女は、冗談交じりに呟いた。
「付き合う前はこんなにスキンシップが好きだとは思わなかった」
「俺も、同居して初めてお前がこんなに淡白だって知ったよ」
友人として遊び歩いていた時はあんなにも息が合ってはしゃいでいたのに、家の中では子供っぽさはすっかりなりを潜めて、静かな大人の顔になっている。ポルナレフは少しつまらない。同じ屋根の下で暮らしていれば、もっと楽しい時間が増えると思ったのに、これなら一人でテレビを見ているのと変わらないのではないだろうか。
恋人になると、生活は一転する。ただのルームシェアとは違うのだと彼女自身思い知らされていた。
読んでいる本が新しい章に入ったので、栞を挟んでぱたんと閉じる。後ろから女に抱き付いていたポルナレフが身じろぎした。本から興味を逸らせたら、二人で話ができると思ったのだ。外に出かけてパフェを食べてもいい。まだ時間は早いし、電車に乗って遠くへ行っても夕飯までには帰れるだろう。そう考えた。彼は家で夕食をとるのが好きだった。
予想通り、彼女は前を向いたままポルナレフの頬を撫でた。凛とした横顔を覗き込むと、ため息を殺したような顔をしていた。
ささやかな憤りが胸に溜まる。仮にも二人は好き合って、深く交わることを選んだ同士だ。あまりにも情のない態度だと感じる。
「なあポルナレフ。私たち、付き合って正解だったのかな?」
「不正解にしようとしてるのはそっちじゃねえのか」
知らずのうちに声が剣呑さを帯びる。彼女は答えのない問答が好きで、仲間のアヴドゥルとよく会話をしていた。真面目な顔をして結論の出ない話をしているので、ポルナレフは遊びを持ち掛けるふりをして何度その会話に割り込んだかわからない。たまに集まったのだから時間を有意義に使いたい。ポルナレフの思う有意義とは、目いっぱい全身を使って感動を表すことだった。魂の隅々にまで思い出をいきわたらせ、人生を潤すことだった。
彼女にとっては、違うらしい。
スキップをしそうな浮かれた笑顔ではしゃぐこともあれば、一転して真剣で悲しげな顔をし、死について語り明かすこともある。ポルナレフはそんな表情のギャップに魅力を感じたし、まだるっこしい話術は苦手だったが、物事に対し深刻に取り組む姿勢が好きだと思った。遊びにも議論にも全力を尽くしていたから、同じ時間を過ごせれば、きっともっと人生が楽しくなるだろうと考えた。
しかし、同居を始めてショックを受けた。すべてをありのまま伝えれば彼女はにべもなく「自分勝手な妄想で私を彩るな」と言うだろうから黙っていたけれど、ポルナレフは彼女がこんなにも人間に対して淡白だとは思ってもみなかった。
一人でいる時間は大切だし、プライベートは必要だ。パーソナルスペースが広いタイプなのかもしれない。それでも、普通は会話を持ち掛ければ返事をするだろう。本から目を逸らさない彼女の横顔は、ポルナレフの目には非情に映った。
「お前にはお前の事情があるってーのはわかるぜ。本を読みたい気持ちもわかるさ」
「ありがとう」
「だがな、たまにはお互いに働きかけたっていいんじゃねえのか?俺たちは恋人同士だ。やることやってりゃあ繋がりがある……なんていうのは幻想だ。人間には会話が必要だし、相手を尊重するのが当たり前だろ?」
女はようやく座り直し、ポルナレフの顔を見た。頬を撫でていた手は下ろされている。しばらく沈黙が続いたので、ポルナレフはこの関係に終わりが来たかと覚悟を決めた。ほぼ同時に、彼女の口から謝罪が滑り出た。
「ごめん」
どういう意味か訊ね返すと、彼女はもう一度謝った。
「機嫌を損ねているとわかってはいたけど、ポルナレフより本を優先していた」
「わかっちゃいたのかよ」
「まあ、多少は。ただ、そこまで不満に感じているとは考えていなかった。だから謝るよ。私はポルナレフと同じ空間に居ても居なくてもどちらでもいいし、本を読んでいる時に話しかけられるとつい対応がおざなりになってしまうけど、私自身は邪魔をされても苛立つ程度で終わっていたので、他人と付き合うとはこういうことなのかな、としか思わなくて」
ある程度引っかかる言い方ではあったが、おおよその意味は把握した。
「お前……マイペース過ぎるだろ……」
「直した方がいいかな」
「一緒に暮らすんだから、そりゃ、ちっとは直してもらいてえよ」
どうやら終わらせなくても良いようだ。ポルナレフは息をついた。
「だけど、なるほど、そういうことに折り合いをつけていくのが『付き合う』ということなのかな?」
しかし、さすがにこの言い草には再び頭に血が上る。
「お前なあ!どの口で言ってんだよ!!」
女は肩を竦め、わかったわかった、と立ち上がる。それこそ子供でもなだめるような仕草だったが、ポルナレフは気づかない。
「悪かったよ。パフェでも食べに行って、それで仲直りとしてくれないかな」
三十分後、出かける準備を済ませた二人はドアを開けて出て行った。鍵を掛けられた部屋の中に栞の挟まった本はない。女がいつもの習慣で、読みかけの本を鞄に忍ばせたのだ。それに気づいた二人が再三の危機を迎えるのは、それから三時間後のことだった。