ムスカ夢


得意先からの連絡を受け、彼女はてきぱきと仕事をこなした。一時間としないうちに、注文者から訊き出した特徴を元に服を見立て、洗いやすい生地を確かめ、手触りにこだわる。満足の行く品を数点選ぶと、がちゃがちゃと音の鳴る古い電話を耳にあてた。
「もしもし、ご注文をいただいた品が整いましたと大佐にお伝えください」
「ああ、はい。いつもご苦労様です。少々お待ちください、大佐もあなたとお話したいと」
チープな音楽もなく、無音の中で待たされる。暇ができたので、目を通す時間もなく放り出していた新聞を手に取った。肩と耳で受話器を挟み、ばさばさと紙束を振って欲しい欄だけを摘まみ取り、あとは床に落とした。色が塗られたまま絨毯も何も敷かれないタイルは綺麗だったが、新聞紙が散らばると途端に雑然として見える。さまざまな布や糸、厚紙から文房具まで、さまざまなものがあらゆる場所に置かれた部屋に、やせぎすの女は埋もれて見えた。
不自然な電話の無音が途切れた。必要以上に感度の良い受話器が、衣擦れの音をも拾い上げる。
「失礼、待たせてしまったかね。このたびはご苦労だった」
「いえいえ、とんでもございません。ご注文のお洋服はどちらに?」
「すぐに取りに行かせよう。急な用件だ、報酬は弾む」
「ありがとうございます。では、いつものように裏口からいらしていただけますか。軍人さんが表口にいらっしゃいますと、お客さんが怖がってしまうかもしれませんので」
「御用達の名がつくかもしれない。だが、言いつけておくとしよう」
大佐と呼ばれる男は、電話の線を指でいじったようだった。埃でも見つけたのか、と女はまた新聞に目を向ける。軍人さんが小さな列をなしてやってくるまでに服を包んでおかねばならないが、彼の方から電話を切るまで女は受話器を下ろせない。
「ところで、君の次の休日はいつになる?」
「うちは年中無休ですよ、大佐」
「休日はつくるものだとは思わんかね。どうせまともなものを食べていないのだろう。食事を奢って差し上げようと言っているんだ」
壁に掛けられた表には、色とりどりのペンで所狭しと予定が書きこまれている。その中からもっとも文字の少ない日を選び取って伝えると、男の声が途切れた。
「大佐?」
彼の方には外せない予定があったかと思い呼びかけると、「いや、何でもない」と返事がある。
「本当に予定を空けるとは思わなくてね。失礼した。では、その日に迎えをやる」
理不尽な言い分を聞き、つい女の指先に力がこもったが、新聞紙がぐしゃりとしわになるだけで、苛立ちは声には出されなかった。
「偶然空いていただけです。大佐には関係のないことでしょう?」
「まったくだ」
電話を切る間際、女はふと疑問に思い、別れの言葉の前に一つ問いかけた。
「ところで、流行りの服なんて何に使うんです?」
「それこそ、君には関係のないことだ」
女は「まったくですね」と頷き、電話を切った。