メローネ夢


三か月に一度のペースでフラれている女を目の前にしたメローネにできることは何だろう。慰めてやるか。茶でも奢ってちやほやと機嫌を取ってやろうか。バカじゃねえのと笑い飛ばそうか。それとも、まったく別の選択肢を提示しようか。
彼女が別れを経験した数は、そこらじゅうに散らばる少女たちとは比べ物にならない。理由は簡単で、メローネはさっさとその悪癖を直せばいいのにといつも思っている。口には出さない。
「あんたが悪いんじゃんね」
「わかってはいるんですよ。ダメなんでしょうね、たぶん。私の全部がダメなんですよ……もうダメだ……」
「そういうところが嫌がられるんだよ」
ずるずると愚痴を漏らし、ネガティブな思考に陥るといつまで経っても抜け出してこない。底抜けに明るい男にばかり惚れこむのは、自分に足りないものを求めているからじゃあないのだろうか。ちょっと人に気を許すとすぐに、眼鏡の奥を沈鬱に落ち込ませる。この眼鏡も、フレームを細いものに変えさせたのはメローネだった。ただでさえ躁鬱の気があるのに、あの野暮ったい眼鏡じゃあ余計に暗く見える。
「恋愛なんてしなくたって生きていけるんだぜ。やることやってりゃ、欲は解消されるんだし」
「恋人以外とするなんてとんでもない……恐ろしい……」
「そういうまともな倫理観は捨てちまえば?」
「こっちがとっかえひっかえするってことは、相手もとっかえひっかえしてるってことですよ……。ナニを持っているんだかわかったもんじゃない……」
「たぶん、そういうところもダメなんだろ」
メローネは『母体』が不健康であればあるほど喜ぶが、この女は地面を触った手で自分に触れてほしくないと思う程度には潔癖だ。手をよく洗ってようやく触れ合える。靴を磨く時に使い捨てのビニール手袋を持ち出していたのには目を丸くした。なんで、と訊ねると、「家の中にいる間に外のものに触ると虫唾が走る」と答えられた。確かに彼女は一人で家に帰ると、すぐにシャワーを浴びている。メローネが気まぐれに彼女を家まで送ってやった時、彼がアパートの階段を下りるよりも先に換気扇が回り始めたので、よく憶えている。
「あんた、そんな調子でよく非処女になれたよな」
「あの時の私はラリッてたんです」
「ワイン一杯で酔うやつがいるかい?」
「ここにね」
「びっくりだぜ。ちなみにそいつとはどうなったんだっけ?」
「もちろん別れましたよ。あの時ばっかりは現実的に飛び降りる場所を探したわ……」
日常的に高い建物に注目しているなとは思っていたが、まさかそんな事情があろうとは。メローネはつい、彼女の頭上を通り越して向かい側の建物を見た。あそこから落ちれば死ぬだろう。物騒なヤツだ。
そういえば彼女が自宅に恋人を連れ込んだという話は聞かない。自分のスペースを汚されるのが嫌だから、かたくなに拒んできたのだろう。それも別れの要因の一つに違いない。
しかし、メローネはその空間に居る。いつも決まった席について、大きく脚を組んで、マグカップに口をつけている。渋い顔をされた記憶もないし、寝室を勝手に覗いた際も少し嫌な顔をされるに留まった。ただの友人にここまで気を許すだろうか。
そこまで考えて、メローネはつまらなくなった。恋愛対象として見られるのは悪い気はしないし、さらに言及するなら、まったくどうとも感じないのだが、「こいつもか」という飽きが先に立った。加えてメローネは現在恋人に困っていなかったので、気分の浮き沈みが激しい面倒な女を抱え込みたくない。
メローネの内心には気づかず、女はひたすらぐちぐちと悲しみを吐き出している。おざなりな相槌も聞こえてないようだ。
「どうしてこうなっちゃうんでしょうね……もういやだ……何もかも嫌だ……仕事も行きたくない……職場を変えたい……人間関係なんて嫌だ……どこかに行きたい……イギリスとか……」
「イギリス?」
「潔癖症が多そう」
肩を竦める。ただのとんでもない偏見だった。
「恋人が欲しいの?」
「欲しい」
女は即答した。メローネは腕を組んで考える。母体としては非常に不出来な女だ。たぶん、現実で子供を産んでもうまくはやっていけないだろうなと勝手にひどい評価をつけ、黙ったまま損得を勘定していく。この関係が崩れるのは少し残念だ。なぜなら彼女とこうしてお茶をする時間は、メローネのいい時間つぶしになったからだ。誰かと一緒に居たいけれど、恋人にサービスするには面倒な期間がある。貢がせるのも良いが、笑顔で礼を言わなければならないのが実に手間だと感じる。そんな時にこの女に電話を掛ければ、彼女は基本的に暇をしているようで、誰かと付き合っていてもメローネを優先する。友だちがいないから、ついメローネを先に立たせてしまうらしい。おそらく、その点も破局の原因だ。
「……じゃあ……俺にしておく?」
ちらりと窺い見ると、女は困惑した顔をした。悪かった顔色にちょっぴり朱色がさす。
「そういう目で見たことがあるのは否定しませんけど……」
「マジであるのかよ」
「一度は妄想しません?」
「するね」
「でしょう」
二人はちぐはぐに頷く。メローネは、よく暴露する気になったな、と感心した。普通は最後まで隠し通すだろう。
「でも、メローネは無理です。私、あなたとセンスが合わないし。話を適当に聞き流す才能は素晴らしいと思いますが、私はもっと議論ができる相手と会話をしたいし、日常的に女性のにおいをさせている人とは上手くやっていけない気がします。思い込みで申し訳ないんですけど、あなたって貰い物をそのままプレゼントとして別の誰かに渡しそうですし」
「ああ、うん」
リビングの食器棚を内側から彩るドライフラワーを指さすメローネにつられ、女もそちらを見た。あれはメローネが気まぐれに寄越して来たものだ。
「アレとかね」
「そうじゃないかと思ってましたよ」
綺麗な笑顔は悪びれない。
だから、と女はハッキリした声音に反して、力なく椅子の上で蹲った。やせぎすの背中が丸められる。その服のセンスは俺のとは違うな、とメローネは冷静に頭の中で批評した。
「私、やっぱり人生で誰ともまともに付き合えないのかなあ……」
「だから、まともに付き合ってやるって言ってんじゃん」
話の分からないヤツだ。ここまで言ってやっているというのに、まったく気がないわけではないのに、頑固に嫌がっている。『恋人ができる』という大局が見えていないようだ。
「俺たち、三か月を越すと思うぜ」
「それはとても魅力的」
「だろ? 別にあんたと特別に付き合いたいわけじゃあないが、俺は格好良くて女の扱いに手馴れてて、長続きは……まあしない時もあるけど、持たせようと思えば持たせられるし。喋りが上手くて刺激的だ。あんたと付き合いも長い」
「そうですね」
「何でダメなの? 断られたことがないからわかんねえんだけど」
心底不思議がって身を乗り出す。女はのろのろと背筋を伸ばして、死にそうな顔でメローネ自身のメリットを訊いた。そう言われてみると、メリットはないかもしれない。断られたのを意外に思って食い下がっているだけのようだ。気づいてしまえば、熱も冷めるか。脚を組み直して肘をつく。熱意はなくなったが、最後の情けのつもりでもう一度だけ持ち掛けてみる。
「付き合わない?」
女は長いこと悩んでいた。天秤が、『恋人』と『デメリット』をひっかけてゆらゆらと揺れているのが見えるようだ。
メローネが彼専用のマグカップを空にすると、ようやく彼女は顔を上げた。悲壮な決意をのせて口を開いた。


メローネは帰り際、思い出したように問いかける。
「なんで俺は部屋に入れてもらえてたんだい? "あなただけは平気なのッ"……みてえな感じ?」
女はあっさり首を振った。
「いえ、誰に対しても同じですが、あなたが帰った後は部屋中除菌ペーパーで拭き掃除をしていますよ」
「難儀だなあ」
「まったく同感です」