ブチャラティ夢


ブチャラティは女性に何を言われても、さらりと受け流すことができた。本気だと悟ると、自分にその気はないのだと丁寧に説明し、涙の別れを綺麗に迎えることができた。決して平坦ではない人生の中で培った能力の一つだった。
恋をした思い出も、あるのかないのかわからないほどに押し殺して生きてきたから、うまく自分の感情を噛み砕けない。思い返せば、恋をする暇などなかった気もするし、ネアポリスのどこかですれ違った女性に淡い気持ちを抱いた気もした。それほどに曖昧だ。ブチャラティの人生の中で、恋とはそんな位置づけだった。
幹部となって初めて受け入れた部下は、当初、とてもぎこちないやり方で仕事をしていた。書類に書き込む字がだんだんと手慣れて行った軌跡を、ブチャラティはすべて知っている。彼の部下と打ち解けていく様子も、緊張の面持ちが緩んでいく変化も、上司という立ち位置から眺めていた。ブチャラティ個人と彼女が良好な関係を築けているとは言い難かったが、仕事上では何の問題もなかった。
初めて配属された部で、幹部の上司を持つ女性構成員として働くことに、戸惑いを抱いている。男社会から脱し切れてないパッショーネで、その緊張は計り知れない。
彼女の態度が軟化していったのは、奇しくもブチャラティがとある人物とメールでやりとりをし始めてからだった。
未だ、ブチャラティも彼女自身も、そのメールの相手がお互いだとは気づいていない。
ブチャラティは受けた相談の内容を他人に漏らす性格ではなかった。彼女もまた、問題としている上司その人に秘密を打ち明けたりはしない。
それでも、「もしや」と感じることはある。
やりとりを重ねるにつれ、受信履歴に相手の偽名が残っていくにつれ、彼女の態度が変わっていくにつれ。ブチャラティと『メールの相手』とが協力して出した結論に近いやり方で、かたくなな表情をあどけない笑顔に変えるものだから、「もしかして」と疑念を抱くのは当然の流れだった。
ひと言訊ねればいい。ブチャラティがひと言、『相手』の使う名前の一端を出せば、すべてがはっきりする。
そうしないのは、なぜだろうか。答えはもう出ている気がした。
特別なメーラーが受信を報せるたび、早く返事を出してやりたいと思う気持ちは偽りでも義理でもない。それはきっと、古なじみの部下が知れば、そして新しいボスが知れば、あっさりと結論を出す感情だ。
だからブチャラティは誰にも言わないまま、表情を緩めてメールを読むのだった。