承太郎夢(女装少年シリーズ)


海外の大学に進学すると言う承太郎を、はまったく止めようとしなかった。どこに行くのかとしつこく訊ねられるたび承太郎はごまかしごまかしでやってきたが、出願の日が近くなるとそうも言っていられない。勝手に進路希望用紙を覗き込んできた美少年を押しのけて、承太郎は手元の紙をくしゃくしゃに丸めて、白紙のままゴミ箱に捨てた。
合流した花京院は、堅実な大学に進学するらしい。彼は前々からに打ち明けていた。
自身に、進路の希望はない。両親もの行きたいようにさせると、方針を立てていた。しかし、恵まれた環境に居る少年はたぐいまれな可憐さを武器に美人コンテストを総なめにして来たが、勉強の方ではそうもいかない。悪くはないのだが、ずば抜けているかといえばそうでもない。
「完璧なにもできないことはあるんだね」
花京院が思わず笑うと、は大いに憤慨した。
「できないんじゃない。やらないんでもない。平均よりはずっと上だ。承太郎よりも化学は得意だし」
「生物では負けているけど」
「数学は勝ってる」
は一歩も退かない姿勢だ。花京院は模試の結果を思い出し、もう一つの分野を挙げた。
「現代文は?」
「アレは採点基準が僕と合わない」
「そうだろうな」
承太郎がぼそりと呟いたのは、返ってきた試験結果を見て少年がたいへんに苛立っていたのを知っているからだ。一時間以上も解答を突き合わせて議論を求められたのだ。疲れたような声も出る。
花京院は二人の事情を知らなかったが、何か苦労話があるのだろうと察した。
がどの方向に進むのかも、僕はまだ知らない。教えてくれるつもりはないのかい?」
「僕も決めてないからね」
けろりと言われ、花京院はこめかみを揉んだ。
「君、出願がいつかは知っているのか?進路相談はどうしていたんだ?」
「どこが向いてると思うかと訊いたら、経済学部じゃないか、って言われたから。じゃあその方向で、って言っておいた」
「自分の進路に適当すぎるのはどうかと思うよ。承太郎、君は幼馴染だろう?心配じゃあないのか?」
大切な友人が誰かに言われるまま、どこへとも知れぬ方向に流されていってしまうのではないかと懸念した花京院は、承太郎を見上げた。学帽を深くかぶり、肩を竦めるようにして吹き抜ける風をやり過ごした承太郎が、優雅に胸を張って図々しい態度で歩き進むを、見もせずに示した。
「てめーの自由だろ。俺がとやかく言う話じゃあないぜ」
そう言われてしまうと花京院にも口出しができなくなる。気をもんでいるのは自分だけなのだろうか。
できれば、全員で同じ学校に通う楽しみを、もっともっと続けたかった。
大学生活をこの三人で送れたなら、友人同士で固まって昼食をとり、違うアルバイトをし、同じ授業を受けられたのなら。目に見える形で絆が続いて行ったなら、花京院にとってこれほど嬉しいことはなかっただろう。
けれど、未来は分岐する。花京院の歩む道は承太郎の歩む道ではないし、の歩む道もまた、承太郎の歩む道ではない。花京院の道でもない。痛いほどわかっているはずなのに、一抹のさみしさをおぼえた。
は、そんな青年の内心などはかけらも覚ろうとしない。
「いいじゃないか。僕がどこに進んだって、お前には関係ないだろ?」
これにはいささかムッとした。温厚に見えて、花京院は熱くなるタイプだ。
「そんな言い方があるか?」
「最後まで聞けよ、気が早い。僕のありがたい言葉を遮るなんて、不遜な奴だな」
花京院の家はもうすぐだ。通学路を迂回してわざわざ三人で下校をしているが、ここで別れれば中期休暇を挟んで、しばらく顔を合わせられなくなる。五十日の遅れはずっと前に取り戻していたが、やはり優秀な花京院と言えど、余裕の受験ではないのだった。
は言い聞かせるように、はきはきと言った。彼の手は承太郎の学ランの裾を握りしめていた。
「どこにいたって会える。そうだろ」
「会おうと思えばな」
唇の動きが目に焼き付いた。言葉の続きを口にした承太郎が、花京院を深い瞳で見下ろしていたのも、青年の羞恥を煽った。
承太郎とはぴたりと接合した部品のように、でこぼこな歯車を動かしている。そんなふうに見えた。
「……承太郎は少し難しいだろうけどね」
彼は海外に行く。言外に指摘してしまったのは、悔しかったからかもしれない。日頃はずれてばかりいる承太郎との言動が一致し、二人が花京院の内心を見透かしたように喋ったことが、少し。
「問題ないさ。花京院と同じように、承太郎も僕の下僕だ。一生、その事実は変わらない。下僕はご主人様がひと言命じればすぐに参じるものだろ?なあ、承太郎」
「勝手に言ってな。俺は知らん」
「こんな態度だけど、実は嬉しいんだぜ。僕のことが大好きで仕方がないのさ」
青年がとても嫌そうな顔で唇をひん曲げた瞬間を、花京院だけが見た。ふき出すように笑った青年を、承太郎の陰から、が怪訝そうに見ていた。