ディアボロ(あるいはドッピオ)夢
ちょろりと荒木荘設定です
白い天井は無機質だったが、壁紙の模様を埋め尽くさんばかりに貼られた書類や床に散らばる資料のせいで、部屋全体が雑然として見える。
いい加減にしてほしい、とは思った。ここを片付けるのはの仕事だ。彼女しか、やる人間がいない。
「勘弁してくださいよ」
電話を片手に持ったまま掃除はできない。スピーカーフォンに設定して、机に置いたまま散らばりを片していく。
ディアボロは奥の部屋から出てこない。電話でやりとりするのをやめれば通信費が浮くだろうに、決して直に声をかわそうとはしない。ドッピオが言っていた。
「ボスは嫌いな人とは口もききませんから」
だからはましな方だと言いたいのだ。彼には悪いが、何の慰めにもならない。
このアパートの管理人代理としてを雇っているのは、ディアボロではない。ここの持ち主だ。荘の名前はどうでもいいだろう。とにかく、代理とはいえ管理者に選ばれている以上は、放っておくと魔窟になり、いったいどんなダークマターを生み出すかもわからない部屋を黙って見過ごすわけにはいかなかった。
ディアボロ専用のクリーナーではないのだが、他の人からはそう見えてしまうようで、彼女は同じ荘に住む数人に揶揄されてはうんざりした。部屋さえ綺麗にしてもらえれば、関わり合いなど持たなくて済む。変わり者の住人とは一定の距離を保って過ごしたいと、うら若き乙女のは思うのである。
「ディアボロさん、聞いてます?」
「掃除機の音で聞こえないぞ」
「聞こえてるじゃないですか」
リズミカルに掃除機を動かす一方、電話口に向かって話しかける。くどくどとしたお説教は都合よく届かなかったらしい。
「毎回言いますけど、これっきりにしてくださいね、ディアボロさん」
実をいうと、は一度もこのディアボロの姿を見たことがなかった。契約の時はは立ち会わなかったし、そもそも一部の住人はいつの間にかここに居た、という様子だし、後からやって来たのはの方だった。あまり外に出ていないディアボロとの接点は、数週間に一度の掃除だけだ。
「わたしがお前と話すために部屋を汚くしていると言ったらどうする?」
「二度と来ません」
当たり前だろう。掃除機のコンセントを引っこ抜き、しゅるしゅると回収する。慌てた声が、コードを巻き込む音に混じった。半分ほど、電話よりもふすまの向こうから聞こえてきている。
「う、嘘だ、いや、安心してくれ、そんなことはない。わたしの部屋は素で汚い」
「もっと来たくないんですけど」
「ならどうすればいいんだ!?」
「掃除をしてください」
それしか言うことがない。電話を切ったが、ふすまを無理やり開けたりはしなかった。ドッピオの声は聞こえないが、何やら二人で会話しているような声がする。どうせ少年に慰められているのだろうと思い、その距離を保ったまま、自分の部屋から持ち込んだ掃除機を抱え上げて言う。
「私はディアボロさんのお部屋に立ち入らせていただいている身ですけど、ちょっとだけはどっちもどっちだと思うんですよね。放っておけば、本当に周りのお宅に被害が出るでしょう。これから掃除に入られるのがお嫌だと言うのなら、ディアボロさんにはご自身でお掃除をしていただきたいです」
「嫌だとは言っていない」
それはそれで問題ではないだろうか。
「じゃあ、またドッピオ君から連絡をもらったら伺います」
「次は三週間後だ」
「なぜあなたが予言するのかはわかりませんが、自覚があるのなら本当に片づけてください」
部屋を出る間際、少女は振り返った。少しだけふすまが開いている。隙間の奥に向かって、試すような気持ちで言った。
「ディアボロさんが掃除機をお買いになったら、二週間後に来ますよ」
自分の部屋に、掃除機どころかハンディクリーナーすら持たない男への当てつけの意味もあったが、意外にも姿を見せない男はこう返事をした。
「二機揃えたら一週間後になるか?」
「なりません」