ブラスコ夢 (ポルポシリーズ)


パッショーネにはいくつものチームがある。入団直後の構成員が即座にチームへ編入されることは稀で、幼い者なら特にそうだった。そんな彼らを指導し、まとめる為に、何人かの管理者が存在した。
鋏を鳴らし、手慣れた様子で髪を切っていく男がいた。痩せ、頬骨などはわずかに浮き出てすらいる。細面の顎には、無精にも見えるひげがあった。これをぞろりと撫で上げて考え事をするのが癖だ。
この男は、名をブラスコと言う。
歳のほどは正確ではないが、枯れた目をした男だった。気力に乏しく、時には食事すらも忘れる。喫煙の快楽にどっぷりと嵌り、ギャンブルに金を浪費し、恋人がいれば食をたかる。組織の中でも実力はあるのに、なぜチームに所属しない管理者のみに甘んじているのか。とあるパッショーネの幹部に、人好きのする笑顔を浮かべて彼は答えた。
「右も左もわからねえガキンチョをびしばししごいてんのが楽しいんッスよ」
十人が十人とも「最悪だ」と評する性格だったが、それでもうまく人と付き合っていられるのは、彼自身の軽薄な性格が、似たような波長を持つ人々と引き合うからかもしれない。よく言えば世界に寛大で、個人主義。
男は床屋に擬態していた。

そんな彼の経営する店に通い詰める少女が一人、今日もドアのベルを鳴らした。
「こんにちは」
「また髪を切るんッスか?もうすっかり短くなっちまって」
少女の髪は元々、腰の辺りまで真っ直ぐ綺麗に伸びていた。今は肩につくほどしかない。
毎月、同じ日に同じ場所へやってくる。少女はこの最低な男に恋をしていた。
男は煙草をふかしたまま椅子を動かす。彼女が腰を下ろすと、くるりと回して鏡に向かわせた。煙草はまだ口にくわえられたままで、少女の敏感な鼻にはつんと苦しいにおいがしたが、彼女は黙って受け入れた。ブラスコは少女の髪を見ており、鏡越しにも目は合わない。しかし、それで充分だった。
「今日はどれくらい切るんで?」
「ブラスコさんの好きなくらいにしてください」
ブラスコは、もちろんこの少女の気持ちに気づいていた。「へえ」と気のない返事をして彼女の反応を見る。どことなく気落ちした様子に、先月と同じように確信を強めた。
恋、ねえ。
口には出さないが、このあくどい男は冷静に計算を巡らせていた。彼女の利用価値を考える。自分勝手に髪を切りながら、恋に踊る少女を眺める。同じ組織に属する女幹部が知れば、「最低な男だね」と冷静に指摘しただろう。だが、それだけだ。最低な男だと言われても、ブラスコはまったく気にならない。
「お客さん、浮気をする男は嫌いッスか?」
「えっ……」
少女は戸惑った。精一杯の答えを返す。
「あの、……好きな人の為なら、何でも耐えます」
ブラスコは狐のように目を細めた。
「俺はそういうコが好きですよ」
みるみるうちに少女は頬を染め、ブラスコの笑顔はますます深くなる。
未練もなく短く整えられた髪は、もう首筋も隠さない。少女はドキドキする胸を抱きしめるように手を握りながら、自分の髪を丁寧に梳く男の話に耳を傾けた。