ペルソナ使いシリーズ

ドリーム小説
アヴドゥルが本を読む姿は、馴染みのあるものだ。静かに、黙ってページをめくる。手指はごつごつとして大柄な男らしい厚みがあったが、古書を扱う手つきは繊細だった。ローブの裾が時おり動くのは、身体が凝り固まらないよう、自然と少しずつ体勢を変えているからだろう。
窓の外では、子供たちが遊ぶ。の耳には笑い声が聞こえたが、アヴドゥルは何も気にしていなかった。いつものことだと割り切っているのだろうか。それとも、音を感じないほどに没頭しているのか。きっとがコップを床に落とせば反応するだろうけれど、あくびをした程度では顔も上げない。眠いのか、とも訊ねない。はそんなアヴドゥルを見ているのが、だんだん好きになってきた。
初めの頃は、構ってほしくて仕方がなかった。が明るい声で話を持ち掛けると、アヴドゥルも苦笑しながら応えた。今だって変わらない。
変わったのはの方だ。じっと待つことを覚えた。アヴドゥルの目が文面を追い、動くのを見つめる。たまに本の背表紙に目をやり、読めない文字に肩を竦める。の知っている世界と、アヴドゥルの感じている世界は違う。本当なら、言葉も通じなければ、感性も一致しないのだ。とアヴドゥルはかけ離れていた。
それでも一緒に居られるのだから、不思議なものである。
少女はシャツの襟を掴んでぱたぱたと揺らし、服の中に風を通した。からりとした暑さが内側にこもる。アヴドゥルはローブを身につけていても平気なのだが、の溌剌とした肉体は動いて熱を発散しないともどかしくなるばかりだ。
時計を見ると、昼時だった。昼食に何を食べようか考えて、こればかりはアヴドゥルの意見を訊かなくてはならないと機会を窺う。章の切れ目がポイントだった。うまい具合にアヴドゥルの吐息を読み取り、は元気に呼びかけた。
「アヴドゥルさん、お昼ご飯にしましょう」
「もうそんな時間か。……お前はずっとそこにいたのか?」
「気づいていなかったんですか!」
「すまない、本にばかり気を取られていた」
もしかすると、がコップを落としても気がつかなかったのでは。少女は苦い顔をした。結構な頻度で、自分とアヴドゥルの間には大きな愛の差があるのではと疑念を抱く。ひどい話だ、はこんなにもアヴドゥルを好きでいるのに、アヴドゥルはの存在を気にも留めない。
頬を膨らませると、男は低く笑った。すまないともう一度謝られたので、は許すことにした。
「いいですよ。夕食は決まってるんです。ジョセフさんがレストランに連れて行ってくれるって言っているから、フレンチはやめておきましょうね」
「夜はフランス料理か……それなら、昼はさっぱりしたものを用意した方がいいな」
こうして時間を過ごすのが、楽しくて仕方ない。そんな顔をしたに、アヴドゥルは笑みをこぼした。厚い唇がゆるい弧を描き、優しい眼差しで少女を見つめる。彼女は気づかず、冷蔵庫に向かってしまった。足取りは軽く、ステップでも踏みそうな雰囲気だ。細く頼りない背中がしゃんとしているので、よほど何かが嬉しかったのだろう。その原因が自分にあるとは知らず、アヴドゥルも立ち上がる。
本にきちんと栞を挟むと、日の当たらない場所に丁寧に保管する。ローブを脱ぐのを忘れていたことにようやく思い至り、椅子の背に上着をかける。
を追う足取りはゆったりしたものだったが、キッチンから大きな声で「卵がありません!」と報告する少女への反応は、確かな愛情を孕んでいた。