10年後になって、彼女は


10年後
二日酔いだ。それも相当にひどい。
頭を抱えて起き上がると、そこはホテルの一室だった。見たことはないけど、既視感がある。ここは杜王グランドホテルだ。一度だけ泊まった部屋とよく似ている。こちらのほうが広いけど、調度品のデザインなんかは変わっていない。
「う……、頭痛い……ぎぼぢわるい……」
それにしても、なぜここにいるのだろう。の宿は駅近くのビジネスホテルだ。杜王グランドホテルに泊まっているということは、あっちの一泊分が無駄になっているということだろうか。手痛い出費だ。
「……あれ?アヴドゥル……が寝てる」
薄暗い部屋には自分以外の気配がする。見ると、隣のベッドで静かに寝息を立てるアヴドゥルがいた。いったいどういうことなのか、さらにわからない。確か、昨日は――。
「(あ……、そうだ、スタンド……)」
思い出した。
はずるずるとシーツの中に戻って、枕に顔を押し付ける。
承太郎の部屋で、酒をどんどん飲まされて、感情を吐きだし泣いたのだ。どこまで喋ってしまったのだろう。承太郎の冷静な推測は、の心の柔らかいところをえぐった。回復の力が使えない自分が、いったい誰の何の役に立つというのか。
混乱し、追い詰められていた昨日とは違い、はいささか落ち着いて考えられるようになっていた。だから取り乱してまた泣いたりはしなかった。
「……水飲むか……」
どうやってこの部屋に来たのかはわからないが、たぶん、アヴドゥルが抱えてくれたのだろう。ジーパンが脱がされているのはよくわからなかったが、まあ、恐らく寝苦しいだろうなと気を遣ってくれたのだと思う。まさかアヴドゥルに会うとは思っていなかったので、思いっきり安いショーツを履いてきてしまった。
シャツは着ていたままだったので、そのままベッドのそばに揃えられていたオープントゥのパンプスをつっかける。
コップに水をいれて一気飲み。二日酔いは脳みその水分不足で頭痛がするから水を飲むといいんだよと、教えてくれたのは花京院だったか。
ドレッサーの鏡にがうつる。
「アスクレピオス」
呼ぶと彼はすぐに現れた。呼吸をするように、の隣にたたずんでいる。ペルソナとスタンドはいったい何が違うのだろう。心の中にある、目をそらしたいもう1人の自分の具現化がペルソナだというなら、スタンドは?かたわらに立ち、今、の肩を支えるように手を触れる彼はいったいなんだというのだ。
「あんたはまだ、私のことを……」
おぼえているのだろうか。違う世界から、と一緒にやって来た、のことを誰よりも知るビジョン。スタンドに変わって、から離れられるようになっても、まだ彼はを知っている?
アスクレピオスが笑ったように見えた。
「……そっか。じゃあ、……」
タン!コップを置く。精神のビジョンに向き直り、包み込むように腕を上げて、そして。
「手っ取り早く能力教えろ!!」
襟首を締め上げた。「ギブギブ」と言うようにアスクレピオスが両手を挙げる。相手は精神エネルギーなのでの手は空を切っているのだが、雰囲気が大事なのだ。ベッド際まで追い詰めると、シーツの上に押し倒した。
「何をやっているんだ……?」
「あ、アヴドゥル。おはよう」
寝起き一発、最初に見る光景が恋人がスタンドを押し倒している姿というのはいったいどういうことだ。
は怪訝に問いかけたアヴドゥルを見ると、真顔で挨拶をした。アヴドゥルも挨拶を返す。
「この子がいったいなんの能力なのか知らない限り、私は!!落ち着いて!!寝られない!!」
「かなりぐっすり眠っていたようだったが」
むくりと起き上がったアヴドゥルは、無造作に髪をかき上げて時計を見た。まだ6時にもなっていない。
「ずいぶん早く起きたんだな」
「んー……。頭痛くて……」
それもそうだろうな、とアヴドゥルは思った。何杯飲ませたかは忘れたが、空いた瓶が数本は転がっていた。3人で飲んだとしてもかなりの量だ。
はアスクレピオスを解放すると、するりと滑った前髪をなでつける。耳にかけて、息をつく。
「ごめんね、また迷惑かけちゃった」
ぺこりと頭を下げて、反省する。10年経っても、どうにも成長しないなあと自分が情けなかった。胸も精神も、27歳とは到底思えない。友人たちがかなり、いや、おかしいくらいに貫禄があるから、比べると恥ずかしくなってしまう。

「うひゃあ」
アヴドゥルの手招きに誘われて近づくと、薄いシャツ一枚の胸元に抱き込まれる。気にすることはないのだと、軽く背中を撫でられて、は「くふぅ」と詰めていた息を吐きだした。ささくれ立っていた心が落ち着いていく。
「お前が怖がっていることはわかる。だが……私を、……私たちを見くびってもらっては困る」
「う……、あの……、私は昨日いったい……ナニを……?」
「覚えていないのか?」
はぐりぐりと額を押し付けて頷いた。覚えているところは覚えているが、最後の方はへろへろだった。
「捨てたりしない」
「うえ……!?ちょ……ッええ?!」
びっくりして離れようとしたを押しとどめて、アヴドゥルはの耳元で低く囁いた。
「いい加減、10年も経っているんだ。もっと私を信用してくれ」
決して叱責しているわけではなく、子供に言い聞かせるようにでもなく、苦笑交じりの声はをとても安心させた。すとんと、アヴドゥルの言葉が胸に落ちる。コーヒーに一滴落としたミルクがじんわりととけていくように、くすぐったい気持ちが広がった。
「うん。……ありがとう。私、アヴドゥルのこと、すごく好きだよ」
「私もだ」
額を合わせて、軽い口づけを交わす。朝日が差し込むホテルの一室で、はようやく心から微笑んだ。