10年後になって、彼女は


ジョセフ・ジョースターが浮気とは、また、なんというか。
隠し子の話を笑い飛ばそうとして、は凍り付いた。
「今、16歳なの?」
どういうことなんだ。16年前と言えば、ジョセフ・ジョースターは65歳じゃないか。相手は何歳なの?……え?今36歳?
当時21歳の女性を、65歳の爺がひっかけたということか。恐るべし、ジョセフ・ジョースター。
電話を切ってしみじみ思う。
「杜王町かあ……」
聞いたことのない名前だ。承太郎の話によると、どうやらM県S市にあるらしい。人口も聞かされたがすっぽり頭から抜けている。
承太郎は来週にも帰国するそうだ。たぶん、その足で直接甥っ子――ヒガシカタジョウスケを訪ねるのだろう。何日ほど滞在するのか、聞くのを忘れていた。カレンダーを指でなぞり、トントン、日付けをたたく。
今年で私も27歳になる。
10年前の大怪我から必然の全快を遂げたあと、は大学へ進む道を選んだ。高校3年分の内容を1年足らずで叩きこみ、高校卒業と同義になる資格を取得する。この世界に迷い込んだ時、ジョセフと顔を突き合わせて考えた略歴はSPW財団傘下の小・中学校を通ったところで終わっている。だから、この資格を手に入れた後はもう大学を受験するだけだった。
卒業から6年、は職業の欄に「反訳者」と書く。録音機器の充実してきたこの時代、やたらめったら使われる録音テープにおさめられた言葉を文章に起こし、依頼元へ送り飛ばす自宅仕事だ。依頼されれば無差別に仕事をこなしてきたが、各所に連絡を入れておけばしばらく仕事が入ることもない。仲の良い出版社と報道社に電話をかけると、「はぁ!?この忙しい時に!?ふざけるな!」と暖かい声援を貰えた。都合がつくのは数週間後になりそうだ。そのころに、まだ承太郎がいればいいのだけど。
意気揚々と駅に向かう。いくつか駅を通り過ぎる。もうすっかり見慣れた景色だ。S市行の列車の席を予約して、にんまり笑った。

信じられない。なぜ杜王町くんだりまで来て弓矢で射られなければならないのか。
腹を深く貫かれ、地面に縫い付けられる。声も出せない。この野郎、辻斬りならぬ辻撃ちか?信じられない、何度も言うけど、信じられない。いつから日本はこんな危険な国になったのだろう。
を射た男は大柄で、その顔は街灯の逆光になって判別できない。苦悶の声を堪えるをじっと冷酷に見下ろして、何事か呟いていた。でもには聞こえない。こんなところで死ぬわけにいくか。
矢が引き抜かれ、血の熱さが腹をよごした。
「こいつも……外れか」
失礼なことを言うんじゃあない。
そう呟く前に、眠気に負けた。

強く揺すられて目を開ける。なんだ、気持ちよく眠っていたのに。
「大丈夫ッスか!?」
「……え?何が?」
「何がって」
思い出した。は自分の腹を見て、傷がないことに気が付いた。服に穴も開いていない。首をかしげて裾をまくっても、何もない。
「あれ?」
無意識に治癒していたのだろうか。助け起こしてくれた人を見ると、なにやら立派なリーゼントスタイルだ。洋服もちょっと突っ張った感じのファッションでイカしている。青年は大げさに呆れると、「しっかりしてくださいよォ」と抱き起したの背中を叩いた。全然痛くない。
「私……辻撃ちにやられたんじゃ……」
「は?ツジウチ?なんかわかんねースけど、オネーサンここで倒れてたんッスよ!酔っぱらってんのか知りませんけど、家帰って寝てくださいよォ」
「……私、なんか、怪我してなかった?」
青年はわけがわからないという顔をすると、どこに傷があるんスかとを笑った。
確かに、は射抜かれたというのに。ふしぎな出来事もあるもんだなあ、そこまで考えて、あることに気づいた。まさかそんなスタンドがあったりして。
足腰もしっかりしている。血が抜けたふらつきもないし、周りに血の跡もなかった。が青年にお礼を言うと、「気をつけて帰ってくださいよ」と笑われた。
通り魔の仕業を疑った青年が、しばらくその周辺を歩き回っていたことについては、は知らない。

快適に目覚めたは、ちゃきちゃきと着替えるとエレベータに乗ってレストランフロアへ移動する。一食2000円かかるビュッフェは非常に非常に財布に痛かったが、ホテルに泊まったなら一度はモーニングを楽しまないと損だ。この朝食の為だけに、杜王グランドホテルに1泊宿を取ったのだ。ちなみに今夜以降の宿は駅チカのビジネスホテルになる。
やはり朝はオレンジジュースと牛乳に限る。とりあえず手近な席にグラスを置いてプレートを取る。取り皿にいくつか洋食のおかずを取った。至福!
「うーん、素晴らしい……!このスクランブルエッグ!目の前でやってもらえるのが!素晴らしすぎる!日本っていいな……!」
それなりの金額を払えば、清潔で細やかで行き届いたサービスを受けられる。言葉も通じるし、食事の味付けもなじみがある。は外国に精通しているわけではもちろんないが、比べてみるならやはり日本が一番だ。母国びいきとも言う。
地図を読みながら町に出る。
駅を目指して歩いていると、コンビニを見つけた。
「オーソン……」
何と比べるというわけでもないが、いまいちキマらない名前である。いや、何と比べるというわけでもないが。
薬局とコンビニの間に、一本の通りを見つける。なにか、惹きつけられるような気がする。地図を確認すると、この路地は書かれていなかった。ミス、だろうか。
時間はたっぷりあるのだ。承太郎と待ち合わせしているわけでも、締め切りに追われているわけでもない。は地図を畳むと、細いヒールをカツカツ鳴らして足を進めた。
廃屋だらけの通りだ。ポストがあって、誰かに踏まれた犬の糞があって、電気の切れた自動販売機がある。ボタンを適当に押しても何も反応しない。通りを曲がって、足を止めた。
「……ループしてる……」
ありえないなんてことはありえないのだと、人生で何度実感すればいいのだろうか。言葉を失っていると、ふわりと風が髪を揺らした。
「あなた、道に迷ったの?」
「ひえ!?」
いつの間にか、塀に少女がもたれていた。何度もうなずくと、彼女はにこりと笑う。とても感じのいい女の子だ。かわいらしくて、もつい笑顔になる。聞かれもしないのに、杜王町を訪れた理由を話す。お世話になった人に隠し子がいたということ、その子が16歳だということ。自分の年齢と照らし合わせて若さを揶揄すると、少女もくすくすと肩を揺らした。
「すごい、そのおじいさん、よっぽど情熱的なのね」
「びっくりだよねえ。あ、私、っていうの。あなたは?」
「私……杉本鈴美っていうの」
「れいみちゃん。かわいい名前だね」
鈴美は動かない。だからも動かなかった。
「杜王町で15年前に起きた事件を知ってる?」
は知らなかった。10年より前のことは何も知らない。そのことをオブラートに包んで伝えると、鈴美は目を瞬かせて、軽く微笑んだ。隣のおばあちゃんに聞いた話なのよ。そう前置きして、彼女は話し出す。
それはひとつの殺人事件だった。少女と、両親と、犬が殺された悲惨な事件だ。目の前にあるのは被害者の家だという。
人づてに聞いた話なんだけどね。私の友人の話なんだけどね。そう言って語られる事象のほとんどが、当人の話だと、は知っている。
「鈴美ちゃんは……幽霊なの?」
「……ばれちゃう?そう、……私とアーノルドは、15年前、ここで殺されたの」
は何も言えなかった。殺された人と口をきくのは初めてだったし、たぶんこれが本当に人づてに聞いた話であっても、何も言えなかっただろう。自分より低い位置にある頬にそっと触れる。冷たくも、あたたかくも、ない。
さんは私が死んだ時の杜王町に迷い込んだの。だから、ここから出られなかったのよ。出口を知らなきゃ、ずっとまわるだけ」
ぴちゃりぴちゃりとしたたる音がする。目を向けると、血を流す犬がいた。鈴美は彼がアーノルドだと紹介した。
判ってはいても、犬が傷ついている姿を見るのには抵抗がある。たとえ彼が幽霊で、もう痛みを感じていないとしても。
「でも、どうしてさんがここに来られたのかしら。私とよほど波長が合うのか……それとも、スタンド使いなのかしら」
「えっ?スタンド使いを知っているの?」
鈴美はうなずく。どうやら彼女はこの通りだけでなく、表のオーソンから外を眺めることもあるらしい。幽霊の彼女には、人の精神エネルギーの塊も視認できるというわけだ。はぱっと顔を輝かせた。なら、ペルソナも見ることができるのかもしれない。
大事にしているおもちゃを披露する時のような顔で説明する。スタンドとは違う、の半身のことを。
「へえ!とっても面白いわ!見せて見せて」
友人同士のように笑い合い、アスクレピオスを召喚する。暖かくも冷たくもない2人はそっと手を握りあわせる。
振り向いてはいけない小路を抜けて、は鈴美に手を振った。どこかかなしげに消えていく少女と犬に、また会いに来るねと告げた。待っているわと返されて、カツリとヒールを鳴らした。

たぶん承太郎は、杜王グランドホテルに泊まっているのだろう。彼はなんだかんだ言ってお金を使うのがうまいし、安っぽいビジネスホテルをわざわざ選ぶような性格ではない。公衆電話でモのページを探し当てると、は番号をプッシュした。
「すみません、そちらのホテルに空条承太郎という人が泊まってませんか?」
「空条様でしたら確かにお泊りになってます」
「部屋番号とかって教えていただけるんでしょうか?」
「すみません、それは……」
「あ、じゃあ、部屋の方に伝言をお願いします。が来たって……ん?」
焦ったように扉を叩かれて、は受話器を置いた。ガラス越しに、学生が2人見える。
「お待たせしましたー」
珍しいリーゼントだ。そういえば、最近リーゼントを見たような気がするけれど、どこでだったか。
リーゼントの青年はの顔も見ずに電話ボックスの中に入る。小柄な男の子も一緒に中に入って、激しくボタンを押しまくる。は鞄から地図を出して、ボックスの前で広げた。次はどっちの方向へ散歩に行こうか。
「空条承太郎さんを探してくんねーか!?」
「え?!」
防音のガラスを突き抜けるほどの大声だ。が振り向くと、小柄な男の子が誤魔化すように手を振った。2人はすぐにボックスから出てくる。
「ねえ、いま空条承太郎って言った?君たち、承太郎の知り合い?」
「今急いでん……ッて、承太郎さんのこと知ってんのか?!」
「仗助くん、急がないと……!」
ジョウスケ?
先を急ぐ様子の青年に、歩きながら話そうと持ちかけてヒールを鳴らす。早足で歩きながら情報を交換すると、どうやらこの青年がヒガシカタジョウスケ――承太郎の尋ね人のようだった。なんでこんなところで出会うんだ。
じろじろと観察する時間もなく、仗助は学校の校門で某怪盗3世を追う警部のようなことを言う。よくはわからないが、彼の偽物が承太郎のもとへ向かっているらしい。なぜかというと、承太郎を杜王町から追い出したいのだそうだ。
仗助はについてきてほしくないようだった。確かに異常な事態だというのは判る。だが、自分から危険に立ち向かおうとしている若者を放っておけるでもなかった。どちらかというと戦い向きではないが、回復の手段はある。
「仗助くんが……もう1人いる……」
本当に某怪盗3世か。
ブワリと仗助の背後から何かが飛び出る。腕だ。には確かにそれが見えた。
「……ま……まさか」
ペルソナだとは思わなかった。こんな自由に動かせるペルソナなんて、聞いたことがない。召喚器もなしに呼び出すことは確かに可能だが、殴るだけで欠片から瓶を復元する?知らない能力だ。そして、とんでもない出来事の裏に絡んでいるのは必ず――。
「(スタンド!)」
小柄な男の子――康一に手を引かれる。
「こっちです!早く承太郎さんの所に行かないと!」
も目的を思い出し、踏切を越えた。遮断機の警告音が確かに聞こえるのに、躊躇しない。地面を見ると、細いペンで綺麗になぞったように文字が浮かび上がっていた。
「よかった、間田よりも早く辿りつけた!」
「何かあったのか?それにそっちのは……!?」
へらりと手を挙げる。
「や、やっぱり知り合いっスか?じゃなくて、俺の偽物が現れたんです。ここに承太郎さんを呼び出したのも俺じゃなくて偽物で……そっくりなんで見分けつかないと思うんスけど、そいつには右手がないんですよ」
仗助の右手が、承太郎の上着からボールペンを抜き取る。ゆっくりとその手が振りかぶられ、は仗助の動きを目で追った。芯の出されたボールペンの切っ先は、承太郎の首を狙っているのか。
「ア……、ッ!?」
名を呼ぶ前に、ペルソナの姿が現れる。召喚器も使っていないし、呼びきってもいない。いままでこんなこと、一度しかない。命が危険にさらされたときのことだ。だが今は違う。
驚いて二の句がつげないの代わりに、アスクレピオスはその右手を承太郎とボールペンの間にかざした。アスクレピオスの右手に切っ先がぶち当たる。
カン!
仗助の腕はそこで止まった。硬いものを叩いたような音がして、ガラスの向こうの人形の後ろの首にひびが入る。間田がそれを見る前に、彼は後ろから殴打された。
アスクレピオスはただの隣にたたずんでいる。よく見ると、どこか誇らしげだ。
「(いやいやいや……まさか……ね)」
向けられる視線に、へらりと笑った。

結論から言うと、アスクレピオスはスタンドになっていた。
「(な……何を言っているのかわからねーと思うが私も何をされたのかわからなかった……)」
なぜわかったのかというと、他人のスタンドが目視できるようになっていたからだ。初めて目にしたスタンドが間田とかいう不良のサーフィスだったことは仗助と康一の同情を誘ったが、にとってはなんてことでもなかった。
「やったー!!」
27歳とは思えない声をあげて思いきり仗助に飛び付いたは、仗助の両手を取ってぐるぐるとまわりながらもう一度万歳をした。仗助も振り払うわけにもいかず、両手を上げる。
「あぁ!そ、そういやあ、弓矢……!もしかしてさんがあの時倒れてたのは、あの矢にやられたからじゃあないんッスか!?」
そういえばいつだったか重傷を負った。が誰にかはわからないが矢で射られたことを伝えると、承太郎はこくりと頷いた。おそらくそれが原因だろうと言われ、は己の迂闊さに消沈する。いったい何日気づかないままだったのだ。
「私を助けてくれた人に、仗助、よく似てるねえ」
呼び捨てにする許可をもらってしみじみとリーゼントを見つめると、仗助は気まり悪そうな顔をした。ぼそりと「それ、俺ッス……」と顔をそらされ、は感謝のハグを送った。ものすごく焦られた。
その後切々と、いかにスタンドが見えず苦労したかを語ると、は3人にスタンドを見せてくれるようねだった。輝いた表情に、康一が断り切れずエコーズを出す。ぴろりんと揺れたエコーズのしっぽを撫でまわして、は子供のように喜んでいる。
クレイジーダイヤモンドのいたるところをすりすりされた仗助はくすぐったさに笑い声をあげる。二の舞になるかと思いきや、スタープラチナは片手を伸ばしての頭を掴んでいた。自分の身体から遠ざけて、腕だけを犠牲にしている。
「(さすが承太郎さんだ……)」
面倒くさく絡んでくる女性の扱いも手馴れている。承太郎のそれは10年前に培ったスルースキルなのだが、仗助はごくりと生唾を呑みこんで彼を尊敬した。

は今、ビジネスホテルの一室にいる。承太郎が呆れるほど安価なホテルだからか、部屋ごとに電話はついていない。廊下の奥にある電話スペースでしか通話はできなかった。
国際電話認識番号と国番号を入力し、電話を繋ぐ。すっかり覚えた順番だ。
わくわくしながら待機していると、ガチャリと通話の繋がる音がした。
「あ、もしもしアヴドゥ……」
浮かれた声が尻すぼみになる。確かにアヴドゥルの声だったが、それは録音された留守テープだった。
「伝言を残すか、時間を改めてかけ直すようにお願いします」
続いてピーと鳴った電子音に、は指で突起を押して電話を切ると、受話器をひっかけた。残念すぎる。吐きだされたテレホンカードをポケットに入れる。顔がむくれるのを止められない。
「まあ……電話かけなかったのも悪かったかもしれないけど……」
録音機器を片手に通話をしたのはもう1か月も前のことだ。はそこに録音された会話から自分の声を切り取り、ようやく慣れてきたカセットテープにアヴドゥルの相槌だけを保存していた。円盤から四角形に変化してしまった媒体は扱いづらいが、ラベルを貼ったこのテープだけは誰にも譲れない。元気の出ない時にそれをきいてはやる気を出していたのだ。ほとんど毎日のことだった。だから、特別に「放っておかれた」という意識はないし、自分からは連絡をよこさないアヴドゥルに対しても何も感じない。声は毎日聞いているのだ。
「(ただ、まあ、なんていうか)」
さみしいよなあ。
肩を落として部屋に入る。エジプトに時間を合わせて電話をかけたから、日本ではそろそろ眠る時間だ。あっちは夕暮れ時だろう。
シーツにくるまって、指先だけで電気スタンドの紐を探し当て、黙って引いた。月明かりも入らない夜だった。

海の近くの野原に呼び出されて、は偶然出会った億泰のバイクに乗せてもらうことにした。
億泰とが初めて顔を合わせたのは、康一に言い寄る女の子がができた頃だ。下校途中の仗助と億泰に声をかけたところ、億泰は悲壮な表情で頭を抱えた。
「仗助ェー……オメーにも恋人がいるのかよォ……」
「いやいやいや!さんはちげーよ!すんません、こいつ今ちょっと気が立ってて!」
「立ってるって言うか萎えてる感じがするけど」
年上の恋人であるという誤解を解くと、億泰は一転して人懐っこくに近寄った。仗助たちとの出会いと杜王町に来た目的を軽く話すと、億泰の代わりに仗助が目を丸くした。
「えっ、さんも俺に会いに来たん……スか?」
「ごめんねー」
平穏な日々を邪魔されたくはなかっただろう。好奇心のまま足を向けてしまったことをが謝罪すると、仗助は「いえ」と首を振った。
「驚きはしましたけど、まア、平気っスよ」
へらり、と、によく似た表情で笑った仗助が本当にそう思っているのか、は追及しなかった。
そして今、は億泰の腹に手を回して風に吹かれている。億泰が風に負けない大きな声で色々と訊ねて来るのに答えながら、億泰に断ってスタンドの射程距離の実験をしたりする。あまり距離は遠くなく、ランクづけるならCと言ったところだろうか。道路に置き去りにされたスタンドは、射程外ギリギリになるとバイクと等速でを追いかけた。なるほど、こうなるのか。
億泰に遅れて、自転車に乗った康一もやってくる。学校からは正反対の方向にあるのに、よくぞこの短時間で来られたものだ。
相変わらずのヒールを柔らかい地面に突き刺して屈みこみながら、は億泰と手遊びをして遊んでいた。アルプス一万尺は高速になればなるほど緊張感があっていい。「本当に27歳なのかな……」と聞こえてきた康一の声は無視した。
徒歩の仗助が到着すると、億泰は座ったまま仗助に声をかけた。
「なんだよ仗助ェ、こんなとこに呼び出して。いつもみたいにドゥ・マゴかトニオさんの所でいいじゃねえかよォ―ッ。虫に刺されっちまったぜ。なんでか俺だけ刺されるんだよなァー」
「二酸化炭素いっぱい出してると寄ってくるっていうよね」
「へェーッ、じゃあ息しなきゃいいってことかー」
呼吸を止めた億泰がかわいい。ついでに鼻を摘まんでやると、しばらく耐えたあとぷはあと口を開けた。
「俺じゃあねえ。……承太郎さんだ」
「承太郎さんが?何の用かなあ」
仗助の次の言葉が、億泰の目つきを変えた。
「チリ・ペッパーのことだろうぜ……」
「えぇ!?あの、レッドホットチリペッパーのこと?!」
バキリ、音を立てて億泰が手近な枝をへし折った。その眼差しの奥に何があるのか、は承太郎と仗助の話からきいたことしか知らない。電流に姿を変えて現れるスタンド。億泰の兄を殺したそのスタンドは、スタンド使いは、自分のことを探られるのをとても嫌がっているらしい。承太郎にかかってきた電話の内容を聞いた時、仗助は顔をしかめた。
億泰が仗助につかみかかるその横で、康一はの耳に顔を寄せた。
「心配です……億泰くんが憎しみでバカな行動をとらないといいんですけど……」
「そうだね……」
承太郎の登場に、は立ち上がった。
「電気の通ってる街中じゃあ、奴の話をするのは危険だ」
「承太郎さんッ」
レッドホットチリペッパーの危険性はその自由さにある。行動範囲の広さと言ってもいい。
仗助の言う通り、チリペッパーは行動を起こす気になりさえすれば、電話一本をかける手間、あるいはそれほどの労力も必要とせず、人を電線の中に引きこんで殺すことができるのだ。
チリペッパーと接触した仗助は、スタンドの成長を実感として知っている。
「早いとこ、奴の本体を見つけ出さなきゃあならねえ」
「ど……どうやって本体を見つけ出せばいいの?仗助くん……」
「探査のスタンドは確かにあるけど、今、ハーミットパープルは――」
アメリカにいる。承太郎はを見て、「いや」、首を振る。
「"見つけ出せる人物"は、今日の正午に杜王町の港に到着する」
「え……ええええ!?」
ジジイがボケたジジイがボケたとジョセフのボケ話しか耳にしていなかったは、素っ頓狂な声をあげた。ジョセフさんが!?そう訊ねようとして、慌てて言葉を言い換える。承太郎があえて名前を言わなかったのは、仗助にヘタな刺激を与えないためだろう。
「スタンド使いかよ、そいつ!?」
「ハーミットパープルっていったい……!?」
「まあ、何でも探し出せるスタンドなのかなあ……」
さんも知ってるんスね」
あいまいに頷く。
「ただ……その男は年を取りすぎていて、とても戦える体力はない。スタンドを使っても恐らく無理だろう」
仗助が首をかしげた。
「そいつ、何歳なんスかァ?」
「80……いや、79歳だったかな?昔は結構たくましい体つきをしていたようだが、今は見る影もないな……」
「(確かになあ)」
ここ数年は仕事の都合で行けなかったが、招待された誕生会の思い出に残るジョセフの姿は、すっかり老人のそれだ。確か、ちょっと前に胆石で苦しんだという話もあった。歯が総入れ歯だというのは初耳だ。マジか。
「Tボーンステーキを食えないと嘆いていた」
「ステーキ?……そいつ、外国人ッスか?」
「あぁ。日本に来ることだけは止めたんだが、あの弓矢のことを知ったら、あのジジイ、勝手にこっちに向かってやがった」
フウ、とため息をつく。も開いた口がふさがらなかった。「勝手に」?勝手にこっちに来ちゃったの?それはまずいよジョセフさん。
記憶の中のそれなりにたくましかった10年前のジョセフが大口を開けて笑っている。いや、私はどちらかというと泣きたい。
「ジジイを守るために、お前らに集まってもらったんだ。もし、ジジイの存在をチリペッパーに知られたら、奴はジジイを殺すだろう!チリペッパーにとっちゃ、本体を捜されるのが一番恐れてることだからな」
「あ……!ちょ、ちょっと待って!その正午に杜王町の港に着く外国人のおじいさんて……!も、もしかして……ッ!」
気づいたのか、康一が仗助につかみかかった。「79歳の」「外国人の」「スタンド使い」、そんなの1人しかいない。
疑問が氷解する。すぐに、激しい破裂音が耳をつんざいた。
「え、えぇぇえー!?スタンドってバイク乗れるの!?免許は!?」
「ンなもんねぇに決まってるだろォー!」
殺害を予告しながら大きくバイクをうならせたレッドホットチリペッパーに、承太郎は冷静である。いや、そんな冷静に「まずいな……」とか言っている場合じゃあない。本当に危険な状況なんだけど。
がツッコミを入れる前に、ざりりと音を立てて億泰が前に進み出た。ザ・ハンドが空間を削り取る。
「(空間系のスタンドは絶対敵に回したくないなあ……)」
いつかのぶちキレハートマンを思い出して、はそっと呟いた。

右手に吸い寄せられるようにして億泰が戻ってくる。がクレイジーダイヤモンドの本当の有用性を知ったのはこの時だった。
「す……すっごい……!」
パーツさえ残っていれば、死者すら引き戻せるというのか?いや、億泰はギリギリ死んでいなかったのかもしれない、それにしたって、強力すぎるスタンドだ。きっと暗黒空間に飲みこまれた人間だって元に戻せるのだろう。
の治癒とは大違いだ。
ずきりと胸が痛んだ。気にするほうがおかしいのだと、は自分に言い聞かせる。バカなことだ、自分より一回りも若い青年に嫉妬するなど。それに、今は考えている時ではない。
「(きっとこれから、もう私が頼られることは――……)」
どうしようもない無力感だった。港で船の到着を待ちながら、迫る秒針を追いながら、は痛みを押し殺す。よかったじゃないか、危険に巻き込まれることがなくて。もし誰かにそう言われたら、はもう我慢できなかっただろう。この世界で居場所をつくるために、は有用な人間でいなくてはいけなかったのに。
港に残るように言われて、は驚いた。なぜ、治癒の力を持つ人間を分散させないのだろう。
疑問を見抜いたのか、承太郎はにクレイジーダイヤモンドの特徴をつげた。
「(自分の傷は……治せない?)」
なんという、優しいスタンドなのだろうか。究極の自己犠牲がそこにある。どんな怪我でも治してしまう力の代償がそれだとするのなら、はとうてい、クレイジーダイヤモンドに……仗助にはかなわない。
そのスタンドを扱う強さは、自分なんかとは比べ物にならないのだ。
は素直に頷いた。承太郎は、確実にレッドホットチリペッパーがラジコンを使うと考えている。だから、治療係としてをここに残したのだ。戦う仗助を癒せるように。
音石明が現れた時、は思わず叫んだ。
「なんっだそのピチピチのパンツは!?」
「ファッションだろうが、オバサンよォ―ッ!!」
オバサンとはずいぶんな言いぐさである。は年上にみられる原因の、そして年上に見られたい見栄の象徴の高いヒールで地面を蹴ると、仗助の肩をばしんと叩いた。
「変態にオバサンって言われて仗助許せる?私はめちゃ許せん!」
「そ……そうッスね。さん、肩イテエッス……」


町中の電力を集めたというレッドホットチリペッパーの輝きに、は目を眩ませた。光が収まった時、視界の真ん中に邪魔すぎる緑黒い障害物が残って、うまく仗助を捜せない。殴り飛ばされた仗助の血が飛び散って、ようやくはスタンドを呼び出せた。ポルナレフのチャリオッツと同じように、アスクレピオスは見えている範囲にしか動いてくれないのだ。
立ったまま死んでいる弁慶のような音石明の横をすり抜けて、仗助の傷に手を当てる。
「な……、ちょ、……え!?ちょっと、嘘でしょ!?」
治癒の光は、の知っているどれよりも弱かった。わずかに血が止まる、ただそれだけしか効果を発揮しない。
指が、手が、身体が震えた。何度も何度もスタンドの名を呼んで、何度も何度も回復の術をかけなおす。
の顔はひどく青ざめていた。勝利の余韻に浸る間を捨て、仗助は怯えるように震えるの腕をつかんだ。
さん!」
「ご……、ごめん、ごめんね、仗助、ごめん……こんな……私、こんな……」
治せないことへの謝罪が、恐怖が、仗助の制服を濡らした。泣いている女性を見るのは初めてではなかったが、あまりの怯えように、仗助は膝をつくの背中を撫でた。かちかちと不規則に奥歯をあわせて泣いていながら、の手と重なったスタンドの指先からあふれる柔らかな光は途切れない。
「もういいです、大丈夫です、さん」
本当にゆっくりと、痛みは薄れている。
「もう痛くないッスよ」
奇妙なことだったが、この時仗助は、迷子になった子供を見ているような気持ちだった。だから、はっきりと、言い聞かせるように、言葉をかけた。
が顔を上げると、スタンドは消えていった。ごめんね。唇がそう動いて、は仗助の手を握りしめた。
寄港まで、50メートルの距離だった。

とっさにジョセフを支えた仗助は、意味ありげな数人の視線に見送られて気まずそうに頬をかいた。
情がわいたわけではないが、ただ、実際前にしてみると、どうにも非情になりきれない。
さん……大丈夫ッスか?」
船に背を向けて立っている女性に声をかける。ついさっきまで、死んでしまうのではないかというほど取り乱していたこの女性は、ふらつきもせずに佇んでいる。仗助が気になったのは、きつく握りしめられた両手だった。
はおそらくこっそりと、仗助にはバレバレな動きで目元を乱暴に拭うと、勢いよく振り返った。
「やー、なんかごめんね!ちゃんと病院行って治してもらって!」
謝罪する気があるとは思えないけろりとした声音だった。あまりに軽すぎる響きに、康一が何か言おうとして、やめた。仗助と同じく、震えをこらえて握りしめられた拳に気づいたのだ。
「ジョセフさん、ひっさしぶりじゃないですか!まだ私のこと、覚えてますか?ですよ!」
痛々しい空元気だ。それに気づいているのはきっと自分と康一だけだろうと仗助は思った。
ジョセフがをまじまじと見つめる。
はこんなに大人っぽかったかのォ?」
「やだなー、この間会った時は、全然成長してないなアって言ってましたよ!」
「そうか?ハハハハ」
明るい笑い声だ。はひとしきりジョセフと繋がらない会話をすると、承太郎を振り返った。
「ごめん、ちょっと私、今日は帰るね」
言うが早いかきびすを返そうとしたの背中に、仗助の知らない男の声がかかった。

「……あ……」
落ち着いた風格のある男性だった。ゆったりとしたローブをまとって、海風に裾をはためかせている。この人は人に信頼されるだろうな、とそう思わせる、説得力のある面持ちをしていた。
が何かをぐっとこらえたのが、すぐ近くにいた仗助だけに伝わる。思わず差し出した手をぎゅっと握られ、そしてすぐに離された。
「久しぶり、アヴドゥル」
振り返ったは、嘘みたいにきれいな笑顔を浮かべていた。

アヴドゥルは承太郎の部屋にいた。向かいのソファにどっかりと背を預ける承太郎は、とろりとした酒の入ったグラスを傾けている。ジョセフはベッドに腰掛け、テレビに夢中だ。
部屋のなかで立っているのはだけだった。再会を祝して杯を交わしたあと、承太郎に酒をつがれた華奢なグラスを持ったまま、大きな窓ガラスの傍の壁にもたれかかった。
「それにしてもアヴドゥル、アンタが来るとは聞いてなかったぜ」
「敵に、こちらの戦力が多いと知られるよりは良いと思ってな」
「確かにな」
敵を欺くにはまず味方からと言う。アヴドゥルの言葉にクッと笑った承太郎は、ぐいと杯を空ける。相変わらず酒には強いようだ。
とりとめもない会話で空白を埋めながら、アヴドゥルは隠しもせずに視線を向けた。鍔の下から、承太郎も彼女を見る。はまったくの無表情で景色を見つめていたが、ふと顔をこちらに向けてへらりと笑った。アヴドゥルは、が景色ではなくガラスに映った自分を見ていたのだと気づいた。焦点を結ぶ時間のラグがなかった。最初から鏡写しの室内を目にしていなければ、あの反応はできないだろう。
「どしたの?さみしくなっちゃった?」
「……いや、酒が進んでないと思ってな」
「んー……。最近こういうきついお酒飲んでなかったからさあ」
細い指がグラスを掲げて、酒を光に透かす。
「しかも結構高そうだし。貧乏人にはがつんと来る……」
なぁんてね、と冗談めかして、は一息で中身を干した。承太郎が無言で瓶を手に取ったのを見て、困ったようにグラスを差し出す。
「(潰す気か?)」
視線で問いかけると、承太郎は「手っ取り早くな」と自分もグラスを傾けた。
は、何があったのかと問いかけても頑なに答えようとしなかった。ちょっと待ってと先延ばしにするばかりだ。
可哀そうだが、今のから話を聞きだすにはそうするしかないようだった。

が「もうむり」と言ってからさらに2杯を飲ませた。さすがのアヴドゥルも承太郎に引き気味だ。
「やりすぎだろう」
「これぐらいがちょうどいい」
何を持って判断しているのかはわからないが、確かに承太郎の言う通り、は頃合いだった。足取りがおぼつかなくなってきた彼女を隣に座らせたのが30分前で、もうすっかり酔っぱらっている。突っつけばすぐに崩れるだろうと、アヴドゥルは自分もグラスを置いた。
、いったい何があったんだ?」
「……」
は答えなかった。ぐっと唇をかみしめて、閉じた膝の上できつく手を握っている。
安心させるようにアヴドゥルがその手に自分の手を重ねると、はとうとう泣きだした。ぼたぼたと、ジーパンが濡れる。
アヴドゥルがの異常に気づいたのは、最初に声をかけた時だった。本調子の彼女なら、あの時タラップを踏み壊す勢いで助走をつけ、アヴドゥルに飛びかかって抱き着いていただろう。うぬぼれでなく、アヴドゥルはそう思った。はそういう性格だ。
あの時の笑顔は、とてもステレオタイプだった。が浮かべる表情からはかけ離れている。長い付き合いのアヴドゥルはもちろん、承太郎も、そして知る由もないが仗助もそう思っていた。
「ディアが使えないの」
重ねたアヴドゥルの手に額をくっつけて、身を縮めるような格好では告白した。
ディア、というのが何を指すのか、アヴドゥルはよく知っている。アヴドゥルが何か怪我をした時、は「やっていい?」と訊ねてから、柔らかな青い光で傷をいやした。
「どうしてかわかんない。じょ、仗助の怪我を治そうとした時、アスクレピオスが全然うごかなかった。こっちに来る前はちゃんとできてたのに、ぜんぜん、できなくて、治せなかった。わ、私のは一番弱いけど、あんなちょっとじゃなかった。血を止めるくらいはできてたのに、何回かけても、ぜんぜん、だめ、で、私――……」
の身体がふるえていく。こぼれた涙がアヴドゥルの手を濡らして、嗚咽が、薄すぎる肩を大きく揺らす。
そこにあったのは無力感と恐怖だった。女の背をさすりながら、アヴドゥルは承太郎と視線を合わせた。
「なにか、心当たりはないか?」
2人に問いかける。はわからないと首を振って、承太郎は顎に手を寄せた。
「……もしかすると、……ペルソナがスタンドに変わったからかもしれない」
「どういうことだ?」
承太郎は、が弓矢で襲われた話をした。アヴドゥルにとっては初耳だ。追求しようと口を開いて、仗助が傷も残さずに治したと言われ、言葉を呑みこむ。
矢に貫かれ、生きていた人間はスタンドを手に入れる。しかし、ペルソナ使いが生存した場合、どうなるのか誰にもわからない。この世界にペルソナ使いは1人だけだからだ。
はスタンドが見えるようになった。だが、出現させられるのはあのアスクレピオスだけだ。姿かたちは変わっていないが、もしもあれがスタンドになったとすると、……スタンドは基本的に1人につき1体。そして、1つの力しか使うことができない」
「つまり、のスタンドが持つ能力は治癒ではないということか」
「あぁ。今は――……ペルソナの時に残っていた治癒のエネルギーの残りかすを使っているだけなんだろう。かなり効果が弱まってるとこを見ると、もう二度と使えねぇかもしれんな」
「そ……ッ、そんな……」
承太郎の予測は、当たっているように思えた。ペルソナ使いがスタンド使いへ変化することがあるのかはわからないが、今のところその説明がいちばんしっくりくる。
顔を上げたの横顔は、血の気が引いて真っ白だった。
「そんなの……困るよっ、私……、皆の役に、何にも、立てなくなっちゃう……」
酒でふらふらな手つきでは身を乗り出した。テーブルに手をついて、承太郎にうったえかける。おぼろげな思考で状況を理解したのか、だだをこねるように頭を振った。
「みんなに、すてられちゃうよ……」
泣きそうに目を眇めて、そのままは瞼を下ろした。ぐらりと傾いた身体を支え、抱き寄せて、アヴドゥルは呼吸を膝に感じた。こてりと眠りに落ちたが、迷子のように見える。
「10年経っても変わらねえな」
「……そうだな」
承太郎の言葉を肯定しながら、アヴドゥルは苦笑した。
何度言い聞かせても、きっとの根底にある恐怖は消えないのだろう。アヴドゥルは、が何を恐れているのかを知っている。死にそうな表情で、「騙していてごめんなさい」と謝ったを知っている。いくら自分たちがそう思わないのだと伝えても、手を繋ぎ、抱き締めて、安心させないとはわからないのだ。
それを面倒だとは思わない。唯一、この世界に、現実にを繋ぎ止められるのが自分だと知っているからだ。
のスタンドは、どんな能力なのだろうな?」
「さあ……ただ、元はペルソナだからな。こいつらしいモンなんじゃあねーのか」
乱暴な口調でも、承太郎の眼差しは緩やかだ。
「花京院には連絡をしていないのか?」
ふいにアヴドゥルが話題を変えると、承太郎は「あぁ」と短く応じた。
「仗助のことをあえて広めることもねーだろう」
「そうか」
時計を見ると、もうかなり夜が更けている。アヴドゥルは話を切り上げると、眠るを抱き上げた。つま先でぐらついたヒールを指にひっかける。
「それじゃあ、承太郎、おやすみ。ジョースターさんも、おやすみなさい」
扉を開けてくれた承太郎に礼を言う。
明日目覚めたら、いったい何から話そうか。眠るが無意識にすり寄ってくるのを感じて、アヴドゥルはそっと微笑んだ。