魔術師いわく
がピストルを取り出した時、アヴドゥルはぎょっとした。治療を求めるポルナレフへの返答には到底思えなかったからだ。
アヴドゥルにとってピストル――銃器とは他人を傷つける道具でしかなかった。今までの人生の経験で、読み解いた歴史で、そう刻み込まれたからだ。のピストルの使い方は、アヴドゥルの知るどれとも違っていた。動揺も恐慌も操られた様子もなく、慣れた動作をなぞるように自分を撃ち抜くなど、聞いたことがない。
「どういうことだ!?い、いったいあれは……」
まるでスタンドのように、わずかにふらついたの背中から飛び出したのは、感覚に訴えかける子供のビジョンだった。
ふわりふわりと浮かぶ子供は膝を抱えている。アヴドゥルは、それが自分の心を守ろうとしている姿のように思った。
「もうー少し、秘密にしておくかと思ったんだがのォ」
面白くなさそうに肩をすくめるジョセフの表情は、言葉とは裏腹に嬉しそうだった。は振り返って悪戯っぽく目を輝かせた。
ポルナレフの傷を癒した子供のビジョンは、と重なり音もなく消える。目を伏せ、光の余韻の残る薄い胸に両手で触れたは、子を愛しむ母のようにも、欠けたものを求める迷子のようにも見えた。
「ペルソナか……、不思議なことがあるものだな……」
持ち主の心を現す精神エネルギー。スタンドと似ているそれは、スタンドとは違い、持ち主が自分と向き合った時に初めて現れるのだという。目をそらしたい、心の奥底にあるもう1つの自分。それがペルソナなのだとジョセフは語った。がそれをジョセフだけでなく、全員に見せる選択をしたことを、ジョセフが本当に喜んでいるのがわかった。
話の中心にいるは、後ろ手に手を組んであいまいに微笑んでいる。てっきりいつものようにへらりとした笑顔を浮かべているのだと思っていたアヴドゥルは、彼女の表情が少し引っかかった。まるで、輪から一歩外れてそれを眺めているようだった。そんなの気を惹きたくて、アヴドゥルはペルソナに対する感想を述べた。狙い通り、はへらっと表情を緩めて軽口をたたいた。
の心にいったい何があるのか、彼女の身に何が起こったのか、アヴドゥルは知らない。それでも、できることなら彼女の力になりたいと心からそう思った。

部屋に戻る気にはなれないと言ったポルナレフは、ジョセフとアヴドゥルの部屋に居座っていた。
椅子の背もたれに腕を乗せて後ろ脚だけでバランスを取りながら、部屋に置かれていたルームメニューを見ている。
「にしても、の……なんだっけ?テレ……なんとかってやつは便利だぜ。傷なんてホレ、もうどこにあったかわからねェ」
「そうじゃな。わしも初めて見た時は驚いたよ」
ジョセフは荷物の中から汚れ物を分別しながら頷いた。一足先に洗濯物をまとめ終わっていたアヴドゥルは、本に向けていた顔を上げた。
「ジョースターさんも、怪我を治してもらったことが?」
「わしではないんだがな」
話に食いつくと、思い出すように腕を組む。天井の辺りを彷徨っていた視線がアヴドゥルに焦点を結んだ。
ジョセフが挙げた日付けは、アヴドゥルがと出会う一週間前のものだった。
「うっかり、スージーQが階段から転げ落ちたことがあってのォ。彼女も年齢が年齢じゃし、骨にひびが入ってしまったんじゃよ。医師の到着を待ってる間、がスージーの傍についていてくれたんじゃが、執事がスージーの為に気のまぎれる飲み物をとりにいった時、があのピストルを取り出したんじゃ。『絶対に危害は加えないので許してほしい』と言ってな」
ペルソナを呼び出したは、執事が戻ってくるまでのわずかな時間で、ジョセフと、痛みに苦しむスージーQを驚かせた。青白い光に包まれた患部の青痣が消え、脂汗をにじませていたスージーQは目を瞬せた。痛くないわ、と囁いた老女に、はぎこちない笑顔を見せる。
スージーQは夫と同じように、不思議な出来事には慣れっこだった。彼女がかつて仕えていたのは先生と仰がれる波紋使いの屋敷だ。波紋使いの彼女らが何をしているのかはわからなくても、自分の知らない世界が大きく広がっているのだということはよくよく知っていた。
にはその時、まだスタンドのことを伝えておらなんだ。だから……じゃろうな。自分の能力を、わしらがどう思うのか、かわいそうなほど不安がっていた」
生まれながらにしてスタンドを持つアヴドゥルとポルナレフは、のその時の気持ちが痛いほど理解できた。周りに自分と同じ能力のある者がいないとわかった時、彼らの視点は反転するのだ。世界が異質なのではなく、異質が己なのだと気づく。その絶望と恐怖は、筆舌に尽くしがたかった。
は保護者として心を尽くしたジョースター夫妻に、どうしても感謝を表したかったのだろう。だから、迫害される危険を冒してまでジョースター夫人の怪我を治したのだ。
アヴドゥルは、スタンド使いの作り出した船の上で、凄惨な死に震えたを思い出す。あの時もは、怯えた顔をしていた。
のアレがスタンドではないと知ったのもその時じゃ。あの子はわしのハーミットパープルが視えていなかった。スタンドについて説明すると、はとてもびっくりしていたが、結果的にはあの出来事があったから、あの子は完全にわしらを信用してくれたのだと思う」
異質を打ち明け、受け入れられ、また相手の異質を知ったことで、とジョセフの間には強いつながりができた。それは保護者と被保護者というだけではなく、いわば同志のようなものなのかもしれない。
「ペルソナは……もう1つの自分、なんだったよな」
「あぁ」
ポルナレフがぽつりとつぶやいた。
「あいつがそれを俺に……俺たちに見せたってことは、今ようやく俺たちを仲間として受け入れた、ってことなのかな。まあ、俺は最初……敵だったし、わからねェこたあねーんだけど、……承太郎や花京院やアヴドゥルは最初っからだろ?それってちょっと、さみしくねぇか?」
ポルナレフは少し眉を下げていた。目的を同じにする同士だと思っていたのは自分だけだったのだろうかと、何よりも雄弁に表情が語っている。
「少し、違うのではないだろうか」
アヴドゥルは思わず言っていた。ポルナレフが顎にしわをよせたままアヴドゥルを見る。
確信はなかったが、アヴドゥルは今までのの態度が見せかけだとは思えなかった。ポルナレフが参入する前からの笑顔と、その後の声音と、それよりずっと前の記憶に残る表情は、つい先ほどまでのと何一つ変わりはない。は最初からずっと自分たちを受け入れていた。
は、むしろ……我々を怖がっていたのではないだろうか」
「はあ?」
「ジョースターさんの説明で、はペルソナとスタンドがまったくルーツの異なる能力だと知っている。その証拠に、はスタンドが視えない。がペルソナを見せた相手はジョースターさんと奥方にだけだ。そして奥方にはペルソナが視えなかった……違いますか?」
ちらとジョセフを見ると、彼は頷いた。
「我々にとってがそうであったように、にとっては我々が未知の存在だった。だから、スタンド使いにも、ペルソナが見える人間と見えない人間がいるのではないかと懸念した……私はこのように思う」
アヴドゥルの言葉を呑みこむと、ポルナレフは片眉を跳ね上げた。
「つまり何か?仲間だと思ってたからこそ、披露できなかったってかァ!?」
ガタリと、バランスを取っていた椅子を戻して、ポルナレフは素っ頓狂な声をあげた。
アヴドゥルが否定せずに黙っていると、ポルナレフが唇をへの字にひん曲げる。言いたいことがありそうな顔をしておきながら、ポルナレフも何も言わない。
アヴドゥルはポルナレフが何を考えているのか、おぼろげながらに察する。自身もポルナレフ自身もお互いのことを仲間だと思っていたからこそ、の不安は彼にとって心外なものだったのだ。
しんとした部屋に秒針の音だけが聞こえる。
やがてポルナレフは大げさにため息をつくと、ぼりぼりと後ろ頭に爪を立てた。
「あいつ、めんどくせーやつだなあ。深く考えすぎなんだよ。何にも考えてねーような顔しながらさあ」
「……仕方ないんじゃよ」
重苦しい雰囲気を脱ぎ捨てて言ったポルナレフに、ジョセフが苦笑を向けた。アヴドゥルはジョセフの言葉の意味を正しく理解した。なぜ、仕方がないのか。それはがあの日、アヴドゥルの言葉に動揺し涙ながらに吐露した感情に繋がる。恐らくジョセフとだけが共有し、アヴドゥルが欠片を掴みつつある、どうしようもない"何か"に。

「……な、なに?ポルナレフ、さっきから目が据わってるんだけど……」
頻繁に訪れる話の切れ目に、ようやくが口を開いた。
アヴドゥルが扉を開けたのは、がロビーへ降りて行ってからずいぶん時間の経ったころだった。ずいぶん遅かったなと言ったアヴドゥルに、は花京院からの頼み事と、戻ってきた承太郎たちに聞いたことを話した。相槌を打つのはアヴドゥルだけで、ポルナレフは不自然に黙っていた。
10回目に会話が途切れた時、はちょっと身をひきながらポルナレフに訊ねた。アヴドゥルのベッドに座っていたは、シーツに附いた手が、少し離れた位置に座っていたアヴドゥルのローブの裾を巻き込んでいることには気づいていない。
ポルナレフは椅子の背もたれに腕をかさねて、その上に顎をのせた姿勢でまんじりともせずを見つめていたが、ようやく話を振られると大きく口を開けた。
よォ」
「う、うん?」
「もっと色んなやつに頼れよ。たとえば、ジョースターさんは自分のじいさんみたいなもんだろ?小遣いせびったって、文句なんか言わねーぜ」
の言葉を待たずに、ポルナレフは指を折る。
「後ろのアヴドゥルだって、オメーが椅子にしても怒らねーだろ?承太郎も花京院も、お前が困ってたら絶対に助けるし、俺だってそうだ。もっと俺たちをあてにしないともったいないぜ」
アヴドゥルは内心の驚きを表情に出さないように気をつけた。ポルナレフの言葉は意外だった。もっと、が自分たちを怖がったことを、自分たちがペルソナ能力を受け入れないのではないかと彼女が危惧したことを怒るかと思っていたのだ。ポルナレフは珍しく言葉を選んでいるように見えた。今ここにいないジョセフや承太郎、花京院を引き合いに出してまで、穏便な言葉で、に自覚を促そうとしているように見えた。
「……俺の言いたいことわかるか?」
軽妙な口を叩きながら、顔は一切笑っていなかったポルナレフが、じっとの目を見つめていた。アヴドゥルも、何も言わずにの薄い肩に目をやる。助けを求めるように振り返ったと目が合って、アヴドゥルは自分がポルナレフと同じ思いであることを沈黙のうちに表した。
がポルナレフに向き直る。
「わかる、……と、思う。……怒ってる?」
「もう怒ってねーよ」
の肩がほっ、とおりた。
「ありがと、ポルナレフ」
アヴドゥルにはの表情がわからなかったが、ポルナレフが浮かべたくしゃりとした笑顔を見れば、わだかまりがほどけたことはすぐに知れた。
すぐに彼女は立ち上がって、座ったままのポルナレフの頬に頬を寄せた。ポルナレフの腕がの背に回り、軽く抱き締める。ポルナレフの唇がわずかに動いて、何か言葉を交わしたことが判る。
「アヴドゥルさんも、すみません。ありがとうございます」
おずおずと抱き着いてきたの背を撫でてやる。はアヴドゥルには何も言わなかったが、アヴドゥルはそれで構わなかった。
「ッ」
アヴドゥルの肩がびくりと跳ねる。首筋にすり、とひどく柔らかいものが触れた感触があったのだ。身体を離すと、が心地よさそうに目を細めている。
「アヴドゥルさん、良い匂いしますね」
もう一度近寄ってきたの顔にのけぞり、肩を押さえると、アヴドゥルは咳払いをしてごまかした。拒まれたことを気にもせずに離れていったの背中に、そっとこもった息を吐きだす。が本気であぁ思ったのか、冗談で場を和ませようとしたのか、アヴドゥルにはわからなかった。



墜落間際の飛行機や、波に揺られる船と比べれば、列車の旅は快適だ。車体は、テーブルに乗った紙コップの水をわずかに震わせる程度にしか揺れない。
アヴドゥルの隣、窓際にはジョセフが座り、目の前にはがいる。の隣、窓際にはポルナレフだ。通路を挟んだ反対側では、承太郎と花京院が向かい合っている。
「これ、初めて食べるなあ……、食べたことある?」
「いや、ないぜ。、ニンジン食うか?」
「なにポルナレフ、ニンジン嫌いなの?」
「んー、そーいうわけじゃあねーが、あんまりこれうまくないだろ」
ポルナレフがフォークでいじりまわしたニンジンは、かわいそうなくらい細切れになっている。食べ方を指摘する前に、がニヤニヤとポルナレフの皿を覗き込んだ。
「私が食べさせてあげよっか」
は自分の皿のニンジンをフォークの腹に乗せた。
「あーん」
隣のジョセフが水を噴いた。アヴドゥルも咳き込みそうになるのを必死にこらえた。
アヴドゥルから紙ナプキンを受け取ったジョセフはプレートを拭きながら噎せている。騒ぎに気づいた花京院が「どうしたんですか?」と訊ねてきたので、アヴドゥルは無言でを示した。
ちょうど花京院の視線がとポルナレフをとらえた時に、ポルナレフがのフォークを口に入れた。花京院が「なッ」と声をあげる。
にあーんされてもニンジンはうまくねぇなあ」
「あはは、そりゃそうだ。抜群の美女だったら変わるかも?おいしく感じたら教えてよ」
首をかしげてニンジンを咀嚼するポルナレフの言葉を気にした様子もなく、はからからと笑った。そのフォークでライスの山を崩し、口に運ぶ。何事もなかったように米を噛むに、ようやく立て直したジョセフが訊ねた。
は……あんまり気にせんのか?」
口の中のものを飲みこんだの喉の動きがやけに鮮明に目に焼き付く。アヴドゥルは自分がを注視していることに気づいて、はっと紙コップに手をやった。なにを気にすることがあるだろうか。予想もつかないことをやってのけたからだろうか。無感動な声音でポルナレフにニンジンを差し出たの横顔が瞼の裏から離れなかった。
「え?何をですか?……あ、間接キス?あー……ごめんねポルナレフ」
「そっちじゃあないだろう」
眉を下げてポルナレフに謝罪したに首を振る。はまた笑った。どうやら謝罪自体が冗談だったようで、ポルナレフと一緒に顔を見合わせている。アヴドゥルは花京院に助けを求めて、自分よりずっと年若い青年に諦めるよう視線で促された。
「相手が嫌じゃなかったらべつに……何にも思いませんよ」
「花京院にもか?」
同年代の名前を挙げて反応を見ようと思ったのか、ジョセフが通路の向こうを指さす。
「私はべつに。でも、花京院も承太郎も、そういうところは潔癖そうですよね」
確かに、花京院も承太郎も、他人から食べ物を渡されるならまだしも、手ずから食べさせられるという行為からはかけ離れている。やんわり断る花京院と、ぴしゃりと跳ねのける承太郎の姿が簡単に想像できて、アヴドゥルは内心で頷いた。
清楚で大人しいタイプが多いと言われる日本人女性とは異なるの姿に驚いたのか感心したのか、ジョセフはしきりにうなずいている。
「そういうことはあまりむやみにやらないほうがいい」
ちょうどフォークを銜えたが首をかしげる。手ずから人にものを食べさせるという行為の意味を理解していないのではないだろうか、と思うほどきょとんとしていた。アヴドゥルはできるだけ厳しい声を出してに注意するように言葉を続けた。
彼女は水で食べ物を流し込むと、かちゃりとフォークを皿にひっかけた。
「むやみに」
「あぁ」
おうむ返しに言ったにしっかと頷く。小さく何度もうなずいたは、アヴドゥルの方に手を伸ばした。手をついて腰を浮かせ、「よいしょ」と呟きながら、皿のふちにかけていたフォークの柄をとった。5人の視線を受けてもは平然としている。手に取ったアヴドゥルのフォークでアヴドゥルの皿のニンジンを突き刺すと、はニコーッと笑顔を浮かべた。
「はい、あーん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……、……?」
アヴドゥルに、4人分の痛い視線が突き刺さった。止めを刺すように、がアヴドゥルの唇にちょっとニンジンを触れさせる。
「ちゃんと、人を選んでやってますよ!大丈夫です!はい、あーん!」
「そ……ッ」
そういうことじゃあないんだ、と続くはずだった言葉は、ねじこまれたニンジンに吸い取られた。何が大丈夫なのかわからない。どうしようもなくて口を閉じると、するりとフォークが抜き取られる。座席に腰を戻したは、悪戯が成功した時のジョセフのようにキラキラした目で、「どうだ!」という顔をしていた。
余裕をもって対応しようと、目を閉じて口の中のニンジンだけに集中する。に他意はまったくないのだ。意識するほうがどうかしている。
ポルナレフの言う通り、それほどおいしくないニンジンを飲みこむ。「あ」。誰かの声に目を開く。そして後悔した。
声をあげたのはポルナレフだったようで、口をぱかりと開けたままの口元を見ている。その姿勢のまま彼女が振り返り、ポルナレフとが顔を合わせる。ポルナレフの指の先が自分のフォークに向いていると気づいたは、くわえていたそれを抜く。
「あ。……ごめんなさい、自分のと間違えた」
ついさっきまで口に入れていたフォークをアヴドゥルのプレートにそっと戻すと、は顔の前で両手を合わせた。窺うように見上げてくる視線にアヴドゥルは返事ができない。
「……ッ」
顔に熱が集まるのを隠すように額を抱える。拭きますか!とが勢い込んで紙ナプキンを差し出してきた。
「い、いや、別にいやなわけではない」
「ん?そうなんですか?」
「(私は何を言っているんだ……)」
完全に墓穴を掘った。は不思議そうにしているし、隣に座るジョセフが靴の爪先でアヴドゥルの爪先をからかうように小突いてくる。通路の向こうで、「すッ、すまないが承太郎、そのチェリー、残しているならくれないか?」と話を逸らした花京院に、アヴドゥルは心底感謝した。

食事用の車両から個人の部屋へと移ったアヴドゥルは、窓の外の景色をじっと眺めていた。同室の花京院は気を利かせて、承太郎とジョセフの部屋に行っている。
情けない、とアヴドゥルは自嘲した。
流れる景色に目を向けても、浮かぶのはのことだった。図らずも同じ食器に口をつけることになった、そのことが気になるのかと思いきや、アヴドゥルの胸にあるのは少し逸れたことだった。
――人を選んでやってますよ!
あの言葉には、友人とそれ以外、という区切り以外の何もないのだと判ってはいた。はポルナレフにも同じことをしているし、乞われればジョセフにだってそうするだろう。そう考えて胸を落ち着かせたかったが、今度は心の別の部分がざわめきだす。
は友人にならば、誰が相手でもあぁするのだ。
矛盾するようだったが、アヴドゥルはそのことを嫌だと思っていた。
「(これではまるで……)」
そこまで考えて、バカな考えを振り払うように瞼を伏せる。しかし、形容できなかった想いがあることに気づいてしまえば、もう目をそらすことはできない。
いつからだろうか、と考えることは不毛に思えた。無意識に目をそらして来たのだ。記憶をたどったところで、手掛かりは得られないだろう。
「(ただ……)」
ジョースター邸で過ごした穏やかな時と、垣間見たの弱さを思い出す。歩いてきた道にちらばる、手放したくないかけらをあつめて選りあわせると、それはをかたちづくった。
彼女の笑顔が見たいと感じる。彼女の弱さを受け入れたいと思う。彼女の隣に立つのが誰でもなく自分であればいいと願う。彼女の幸せの一端を担いたかった。
愕然とする暇もなく、アヴドゥルは自分の気持ちを認めざるを得なかった。占う必要もないほど確かだ。
「(まさか、あのにこんな気持ちを抱くとはな)」
は飄然として、ふらりと気ままな猫のようだ。自由で、図太く、叱り飛ばしても堪えた様子も見せない。さらに言えば自分より半分ほど若い。どちらかといえば相性が悪い相手だとアヴドゥル自身苦笑していたのに。
アヴドゥルはそっと目を閉じた。
これは、かなわない想いだ。
どの角度から見ても、成就することは決してない。だからアヴドゥルは、ふたをした。
根を張った感情を剥ぎ取ることはしない。解決にはならないと知っているからだ。ただ、そこだけきれいに切り取るように囲いをつくった。これで明日からも、いや、夕食の時間からも、よい仲間として傍に在れるだろう。アヴドゥルはそれで満足だった。の人生を後ろから見つめているだけで、満足だと思い込んだ。