拍手お礼 ペルソナ使い



うっかり、本当にうっかり、全員がそろってしまった。アヴドゥルのホテルに集まり、すぐに酒やつまみを買いに出かけたポルナレフと、ストッパーの花京院がベルを押すと、すぐにが顔を出した。
「オメー、レンズ覗いたか?」
「見なくてもあんだけ喋ってればわかるって」
ポルナレフの声が筒抜けだったと笑って、は花京院の手から荷物を受け取る。俺のは、と持ち上げられたポルナレフの袋は、ポルノが入ってそうだからなあーと躱された。
「入ってねーよ!」
「ねえ花京院、頼んでたやつ買ってきてくれた?」
「うん。入ってるよ」
自由になった手で袋の四角いでっぱりを指さして、花京院は微笑んだ。に押し付けられた小銭は使わず、あとで返そうとポケットの中に入っている。
袋を探ったは、輝く笑顔でそれを掲げた。
「じゃーん!ポッキー!」
花京院に礼を言ったは、くるりとパーカーの裾を翻して回ってみせると、ベッドに腰かけていたジョセフに「どーん!」と言いつつ抱き着いた。難なく受け止めたジョセフが抱きしめ返して、よくわからないままテンションが上がっていく。
「承太郎、そのタバコしまって!吸うのはこの後にしよう!」
「……」
ケースの底を叩いた承太郎を止めて、は手に持った箱の封を開け始めた。厚紙がばりばりと音を立てて切り取り線どおりに剥がれ、かぱりと蓋が開く。2つある袋の1つを取り出して、はいそいそとぎざぎざの端っこを摘まんで引き下ろした。
チョコレートの香りがほんのり香る。本当にうれしそうなの表情に、ジョセフも自然と微笑んだ。
はジョセフから離れると、隣のベッドにどっかり腰を預けて壁にもたれていた承太郎に向かった。スニーカーを落っことすように脱ぎ散らかして、片手を浮かせた四つん這いのままベッドの上を進む。立てられた承太郎の膝を割ってその間に身体を入れると、一本取りだしたポッキーの、チョコレートのついたその先端を、承太郎の口に向けた。
「やろう!!」
「……ンなことだろうと思ったぜ」
何をやるというのか。うっかり邪な方向に思考を走らせたポルナレフは首をかしげて、乱雑に顔を押しのけられたを見る。ポッキーを使ってやることって、いったいなんなんだろうか。隣で同じようにを眺めていた花京院は、ある瞬間に「えっまさか」と声を発したっきり黙り込んでしまっている。どうやら日本人には暗黙の了解で伝わるなにからしい、と当たりをつけて、ポルナレフは背を屈めて花京院の耳元に囁きかけた。
「アレ、何やってんだ?」
「……たぶん見ていればわかるさ」
目が死んでいる。大丈夫か、こいつ。
ふと見たアヴドゥルも、よくわからなそうな表情での脱ぎ捨てられた靴をそろえている。承太郎の脚の間にが入った時、何か言いたげに眉間にしわを寄せたのは見間違いではなかったが、アヴドゥルはアヴドゥルでこの事態をまったく理解できていなかった。
は押しやられたままケラケラと笑い声を立てていて、拒否されることを楽しんでいるように見えた。
「しっかたないなー、お姉さんが折れてあげましょう」
「テメーのほうが年下だろうが」
離れる前に差し出されたポッキーには、承太郎は素直にかじりついている。いったい何が違うのか?ポルナレフ、アヴドゥル、ジョセフの頭の中には疑問符が散らばっていた。
靴を履き直したはポルナレフを手招きした。鏡の前の椅子に座らされ、と向かい合う。
「なんだなんだ?」
「ポッキーゲームだよ!知らない?フランスではやらない?」
「ポッキーなんて菓子も初めて聞いたぜ」
「へー!ポルナレフのハジメテ奪っちゃった!」
……」
テンションがうなぎのぼりのをなだめるようにアヴドゥルが名前を呼ぶと、は素直にはーいと返事をした。その返事にまったく信頼がおけないのは、いつものことだ。だいたい、彼女がこういう声を出す時、事態は面倒な方向に働く。
「軽く咥えて、んー……歯は立てないように。唇だけで、の方がいいかな、今は。……ん!?なんかこれ××××の指示みた――」
!」
「ご、ごめんなさい!今のはうっかりしてました!」
うっかり、であんな猥雑な言葉が出てくるが怖いよ。花京院は赤くなった顔を隠すようにから視線を外して、笑っているジョセフと目が合って、親指を立てられた。このあってこのジョースターさんありだな、と一気に冷静になった。血が繋がってないことのほうが不自然に思える。
の指示通りにポッキーを咥えたポルナレフは、「それでどうすんだ?」と言おうとして、目を丸くした。椅子の背もたれに腕を伸ばして手をついたが、反対側の先端を咥えたのだ。
「はひょーひん、へふへーほへはい」
「うん、始める前に説明しようね」
アヴドゥルの視線がとても痛い。花京院は、ポリポリと菓子をかじる音をBGMにポッキーゲームの概要を説明した。早口になってしまったが、それはなぜか食べ進めているが悪いのだ。
「へー」
ポルナレフは、左右にばらけている花京院とアヴドゥルをチラリと見ると、一気に面白そうな表情になった。きらり、悪戯っぽく煌めいたの瞳とポルナレフの瞳がかち合う。この時、2人は同志だった。
近づいてくる少女の顔に、ちょうどお互いの口元を隠すように片手を寄せる。左――アヴドゥルのほうからは、ポルナレフの手で隠されて肝心の場面が見えない。ポルナレフとの顔の角度が、つ、と変わって―――パキン。
「ってかんじで、折った方が負けね!」
は何事もなかったかのように顔を離し、イエーイ、と高い位置でポルナレフとハイタッチを交わす。もぐもぐと飲みきれなかったポッキーを咀嚼すると、はポルナレフに感想を訊ねた。
「どう、これ、フランスのお姉さんに通じる?」
「俺くらいのイケメンだったら通じるかもなー」
「それはレベル高いね!」
このハイテンションについていけない。花京院はそっと冷や汗をぬぐった。アヴドゥルさんの顔、見てないの、?今すぐ見よう?ものすごく機嫌悪そうだよ?君、誰かの恋人だって言う自覚ある?
よっぽど肩を掴んで言い聞かせたかったが、ツツツ、と標的をさがすように視線を彷徨わせたを前に、花京院は言葉を呑みこんだ。そっと陰へ移動しようとして、ぱちんと指が鳴らされる。
「アリアハンの勇者花京院よ!」
「死んじゃったから冒険できないよ!」
「大丈夫、王さまがいるよ!」
ものすごい勢いで固辞した花京院に、は背伸びを止めて首をかしげた。
「そんなにやだ?」
「嫌っていうか、……は嫌じゃないの?」
「うーん……、ラバーズクソ野郎の時はすんごくやだったけど、今はそんな感じしないなー」
どうせ最後には私が折るんだし。
ぽつりとこぼれた言葉は、花京院以外の誰にも聞こえていないようだった。ただ、花京院を見るポルナレフの目は悪戯の予感に輝いていて、先ほどもが寸前で折ったことを示している。
ポルナレフはアヴドゥルをからかっていて、は自分たちをからかっているのだ。もちろん、その中にはアヴドゥルも入っているのだが、それはポルナレフのからかいとは違って、うろたえる姿が見たい、ただそれだけだ。
それが判ってしまうと、仕方ないなあ、という気分になってしまう。に対してもそうだが、ポルナレフに対してもだ。そして、ポルナレフの意図に気づいていながらむっとする気持ちを抑えきれていないアヴドゥルに対しても。ある意味、花京院はこの中の誰よりも大人だった。
「ま……ゲームと言われたら、負ける気はしないね」
急に余裕の表情で微笑んだ花京院に、がびっくりして一歩退いた。
「え?な、なに?もしかしてめっちゃ慣れてるの!?貴様この作業慣れているな!?」
「答える必要はないよ、。はい、チョコのほうでいい?」
「ん」
腕を組んでこちらを見ていたアヴドゥルにニッコリと、「今からあなたをからかいますよ」と意味を込めた微笑みを送って、花京院は背を屈めた。の肩に手をかけて、サクサクサクと食べ進める。
「(ペース早くない!?)」
「(勝つって言ったよね?)」
うろたえたと額があわさるような位置で目と目のやりとりをすると、花京院はぽきりと音を立てて離れたポッキーを指で口の中に押し込んだ。どちらが折ったのか、ポルナレフとジョセフには見なくてもわかることだ。
「さ、さすが花京院、ゲームとなると目の色が変わる男……!」
が素人すぎるんじゃないかな?」
「確かにポッキーゲーム誰かとやるのは―――……あ、初めてじゃないや。私2回目だ」
思わず噎せた。え、2回目?
花京院が水のペットボトルを開けていると、は思い出すように腕を組んで(奇しくもアヴドゥルと仕草が一致している)、うんうんと数回頷いた。
「そうそう。幼馴染と、クラスメイトと、先輩と。やったわ。私勝ちまくったんだよね」
「勝ったのかよ!?」
驚愕するポルナレフに、振り返って首肯する。
先輩は「勝負」という言葉に気合を入れてはいたものの、顔が近づくにつれて狼狽え始め、最後には自分の手で顔を覆って逃げるという醜態をさらした。先輩乙女ですね、と袋からポッキーを取り出しながらボリボリ食べていた幼馴染の冷酷な言葉が先輩の背中に突き刺さっていた。
料理のうまい先輩は最初から勝負に乗らず、「俺の負けでいい」と素っ気ないそぶりだったものの幼馴染の猛烈なアピールで顔色の悪いほっぺを真っ赤にするという事案が発生。後輩ちゃんと一緒にシャッターを下ろしまくったのはあまりにも有名である。
もう1人の先輩は非常に男らしく、「さあ来い」とチョコレートの方を向けてくれる優しさもあったので、ガッツリ最後までいただきました。
幼馴染命のあの子はあまりにも不思議そうにしていたので、つい唇を奪ってしまった。やわらかくてすんごいかわいかったなあ。
小学生の子がいたんだけど、その子も初めてのポッキーゲームにめちゃくちゃ顔を赤くしてて、でも負けず嫌いだから最後まで頑張って、あわや私が犯罪者になりかけるところでクラスメイトがポッキーをブチ折ってくれた。あれは助かった。ノーゲームノーゲーム。
クラスメイトはものすごく照れながらやってくれて、きつめの目で「絶対負けない!」と宣言したはいいものの、寸前でじっと目を見つめて待機していたら「もう耐えられない」とポッキーを放棄したので残ったポッキーはスタッフがおいしくいただきました。
もう1人のクラスメイトはノリノリであわよくば初キス体験をとか言ってたので初っ端から幼馴染にチョークスリーパーくらってた。
指折り思い出を羅列したは、その中のいくつかがビシバシとアウトに抵触していることを知らない。の中では姿を思い描けても、花京院やアヴドゥルにはそうではないのだ。特に、もう1人の先輩はいったいなんなんだ。非常に男らしくて最後までガッツリいったとはどういうことなんだ。
素のままポッキーを齧りつつ、はジョセフに袋を差し出した。
「やりましょ!」
「そうじゃのォー」
できるなら断ってくれ、と頭を抱えながら念じた花京院の祈りむなしく、ジョセフは笑顔で承諾した。60歳の時の隠し子がいる老人に躊躇などなかった。もちろんそのことは今のところ誰も知らない。
ぽりぽりと平和そのもの、おじいちゃんと孫の交流、一気にこの場が公民館になったような雰囲気すら漂う。アヴドゥルから見えない角度とはつゆ知らず、ポキリとポッキーを折ったは、一足先にそれを飲みこんだジョセフにキスを受けた。可愛らしいリップ音つきの、唇の横へのキスだった。
「わしの勝ちじゃなー」
「ぜひスージーさんとどうぞ」
「うむ。そうしようかのォ」
和やかに顔を離した2人は、生ぬるい眼差しでこちらを見ている花京院に視線で問いかけた。なにか問題あったっけ?
なにもありませんと目をそらした花京院は、これから起こるであろう出来事に備えてガサガサとビニール袋をあさり始めた。ポルナレフ、飲むかい?差し出したワイン瓶を受け取ったポルナレフも、生あったかい表情だった。
スタープラチナがの脇をすり抜けて花京院に手を伸ばす。
「自分で来なよ……」
「使えるモンは使った方がいいだろう」
その手にビールを握らせると、スタープラチナは承太郎のもとにするりと戻った。ぷしゅりと炭酸の抜ける音がして、承太郎も観劇の姿勢に入るのだと、以外の全員に知れる。ジョセフもハーミットパープルを伸ばして、袋の中から缶ビールを取りだした。わし、もう知らないっと。
いじるだけいじってあとは放置というひどいありさまだったが、それを唯一指摘できるは自分の置かれた状況にまったく気づいていない。さっきアヴドゥルをからかったことも忘れているのではないかという、警戒心のない笑顔だった。
「さ、アヴドゥルさんもやりましょう!」
「ああ、そうだな」
「あれ?」
いつものように諌めるかと思いきや、アヴドゥルは素直に袋から菓子を取り出して、チョコレートの方をに向けた。予想外の動きに、は雛のように口を開ける。差し込まれたチョコレートの味に、そろそろ飽きてきたな、などと考えながら顔を上に向けた。
身長の差を埋めるように屈んだアヴドゥルは、ポリポリと無警戒に背伸びをしながら距離を詰めてくるをじっと見ていた。
「(な、なんだ、私が照れるなこれ……)」
は寸前で折るつもりだった。背伸びして近づいた分だけアヴドゥルが身を離すので、爪先ギリギリでけっこうしんどいのだ。は知らず、アヴドゥルの服の胸元を握っていた。よし、折ろう!そう思って口を開いた瞬間、アヴドゥルが一気に距離を詰めた。
「ん!?」
勝ちも負けも、誰がどう見ても明らかだった。そして全員が何事もなかったかのように目をそらした。
驚いて逃げようとするの後頭部を手で支えて、アヴドゥルは閉じかけたの唇にするりと舌を差し入れた。
「う、ひゃ、ちょ、ん、んん!んー!ん……」
羞恥か狼狽か、抵抗していた声は吸い込まれて、すぐにからは鼻にかかった声しか出なくなった。アヴドゥルにしがみついていた指先から力が抜けて、かくん、と膝が折れる。は難なくアヴドゥルに抱きとめられて、解放された口を、赤くなった頬を両手で隠した。
「な、な、何するんですかぁ」
完全に声に力がない。潤んだ目で見上げられて、アヴドゥルはふっと笑った。が人の反応を見て面白がっているのは判っていたが、それにしても自分にしてはよく耐えた方だと思う。が思っているよりもアヴドゥルは短気だ。
「それで、この場合はどちらが勝ちになるんだ?」
「……」
?」
はとうとう顔を両手でおおって、へろへろの声で軍配を上げた。
「アヴドゥルさんでいいです……」
「"で"、いいとは?不服ならもう一度やるか?」
「い、いいです!!アヴドゥルさんの勝ちです!誰がどう見ても!っていうかみんないる!」
部屋に漂う生ぬるい空気にようやく気づいたのか、は指の隙間から花京院の「まあこうなるってわかってたよね」という視線を受けてたじろいだ。わかってなかった、全然わかってなかったよ花京院。は己の認識の甘さを知った。
そして自分の腰がアヴドゥルに支えられたままだと気づいて、ぴょんと飛び跳ねるように逃げ出そうとして、できなかった。手はあっさり離れたのに、うまく足に力が入らなかったのだ。は一瞬だけのんきに「なるほどこれが腰砕け」と納得して、しりもちをつきそうになったところを再びアヴドゥルにすくいあげられた。
「う……あ、ありがとうございます……」
消え入りそうな声でお礼を言って、はアヴドゥルの袖の中でしばらく言葉もなくじっと硬直していた。
やれやれだぜ。
やれやれだね。
アヴドゥルが絡むとやってらんねぇな。
やれやれじゃな。
わかっているならあまりからかわないでほしいものだ。
4人の視線が交わされて、溜飲を下げたアヴドゥルも、その視線にくわわった。