**

付き合っている



*

嘘かな、と思って「嘘かな?」と言うと、スティーブンは「そうかもな」と言いながら足癖悪く扉を何度かつま先でごつごつと叩き、「嘘じゃなさそうだけど」と手のひらを返した。
嘘ではないならどうしたらいいのか。
唐突にも局地的異変に巻き込まれてしまった私を助けようと手を伸ばしたスティーブンごと謎の空間に引きずり込まれてしまった私だが、そろそろこのトラブルメーカー体質が異世界人特有のものではなく固有の要らない能力なのではないかと感じ始めている。笑えないし笑いたくない。でも笑うしかなさそうだ。
空間にぽっかり空いた穴がブラックホールのように私を吸い込み、とっさに悲鳴をあげて強くつかんだ黒のタートルネックセーターには、少しだけ握り痕がついた。ひとりで飲み込まれたらたぶんきっと無邪気に死んでいたが、こうして道連れにしてしまったのは申し訳ない。
彼は気持ちの切り替えが早く、不思議な空間をぐるりと見回した。私もならう。
私がもらっているスティーブンの家の部屋と同じくらいの広さだ。異様なくらい静か。中央に丸いテーブルが無言でたたずむ。めぼしい手掛かりはそのテーブルと開かない扉くらいしかなく、ふう、と息をついたスティーブンは、イケメンにのみ許される仕草で髪を手でかき上げた。横顔しか見上げていないのにドキッとした。TPOはわきまえようといつも思うのにうまくいかないものだ。
テーブルの上には手紙があった。といっても、メモ書きのようなざっくばらんな紙切れである。駆け寄った私にも見やすいように、彼は手の位置を下げてくれた。そういうところが好きだ。……そういうところも、好きだ。ここは大事な言い回しである。
「えっと……、『相手の好きなところを10個挙げるまで帰れまてん』……?」
「10個か。多いな」
何気にひどい。
ドアノブのない扉がいったいどうやって開くのか。集音機材もなさそうなこの部屋で何をどう判断するのか。嘘か本当かの区別はつくのか。知りたいことはいっぱいあるが、部屋に内包される脱出の手掛かりがこれしかない以上、指示に従わない道理はない。
スティーブンの好きなところ。
正直に言うと10個ではとうてい足りない。寝物語にずっと言いたいくらいだ。語彙さえなくならなければスティーブンが飽きるまでずっとずっとずーっと伝え続けるのに、基本的にさっさと放置されてしまうからそこは悲しい。
「カッコいいところとー、優しいところとー、頭がいいところとー、テクニシャンなところとー」
「君は思い切りよく始めるなあ」
「スティーブンもやってよ」
「先は譲るよ。僕は考え中だ。難しい」
「え……それなりにショックなんだけど……」
まあ、なんとなく気持ちはわかる。私も私の好きなところを10個挙げるのは一仕事だ。自分のことは好きだけど、改めて言葉にするのは難しい。スティーブンもきっとそうなはず。信じたい。
私は指折り好意を数える。
カッコいいところ、優しいところ、頭がいいところ、テクニシャンなところ、それから、信念がありそうなところ(……絶対にある)、たまにミスをするところ、料理が上手なところ、話をしていて楽しいところ、声、仕草、からかわれるのも好き。やっぱり10個じゃ全然たりそうにない。
本人の隣で恋心を打ち明けるのは恥ずかしい。でもきっともう今さらだから、つまらない賛美を遠慮なく浴びせまくった。この男はこれまでの人生の中で何度となく同じように愛をささやかれたはずで、私からの賞賛とラブコールなぞ歯牙にかける価値もないものかもしれないが、言うのはタダだ。
言いながら、そろそろ思いついてくれただろうかと長身を見上げる。
彼も指折り、なんとかひねり出した(……ひねりだしてくださった)ことを語っていく。……はずだった。
「総括すると、僕を好きでいるところかな」
「総括しないで!内訳を教えて!!」
「ひとつずつ言うときっと君は使いものにならなくなる。それに、『部屋』はこの答えで満足したみたいだ」
錆びたハンドルを無理やり回したときのような、耳を傷める音がする。思わず顔をしかめて肩をすくめる。
音が消えるころ、扉があったはずの場所には、ぽっかりと口を開ける日常のヘルサレムズ・ロットの風景が切り取られていた。出口、ということか。
だいぶスティーブンに甘いつくりだった。彼の口から正直な気持ちとからかいやあざとさのない丁寧な愛を引き出す絶好のチャンスだとすら思ったのに、結局、災難は災難のまま変わらない。たったひと言で済まされてしまう私への好意とはなんだ。何を総括したのかが知りたいのに。スティーブンを好きでいる私が好きとはどういうことか、いっそナルシシズムすら感じられる答えの真意は私には読み取れなかった。ひとつずつ言うときっと私が使いものにならなくなる。その言葉すら忘れてしまう衝撃だった。意味をよく考えてみたら、たぶん舞い上がれたはずなのだけども。お間抜けな私が浮足立ってふらふらせずに済んだという点で、彼の判断は正しかった。
いったいどれだけの感情が含まれていたのか。
まあ、こんなようわからぬ仕掛け部屋で告げられるより、彼から差し伸べられた手に手をのせて、軽く繋がれるほうがずっと気分がいい。
「言いたりないくらい好きだからね!」
「ああ、知ってるよ」
ぎゅっと手を握りしめると、自然と指が絡められる。ドキリとして、そうださっきの告白部屋で『あざといところ』って言うのを忘れちゃってたな、と思い返す私は、スティーブンの言葉を聞き取り損ねた。
「僕も、言えないくらい君が好きだよ」
ちょうどトラックが道をうるさく走り抜けたし、スティーブンもたぶん、聞かせる気はなかった気がする。



日付不明