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下ネタ
付き合っている



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良い眺めだ。
いささか不恰好に寝転ぶ男を跨ぎ、ハタチを過ぎた異世界の女はにんまりと口角を上げた。持ち上がる頬は興奮と酒気で紅潮している。

連絡を受け、ぐだぐだに酔っ払わされた恋人を迎えに駆けつけてから1時間弱。
彼女の電話を勝手に使ったバイト先の店長は、軟体生物と化した女体をスティーブンに引き渡して颯爽と3軒目の酒場へ向かって行った。
自分も軽く飲酒してしまっていたスティーブンはタクシーを拾い、むずがる彼女を宥めつつ自宅までの道のりを簡単にナビゲートする。
車はすいすいと道路を進み、スティーブンは実に簡単に料金を支払って、再びぐにゃぐにゃした生きものを背負って、理性のなさそうな?ずりを首に受けながら自宅の扉を開いた。
もうこれはこのまま寝かせてしまったほうがよさそうだ。
シャワーも着替えも明日の朝でいいだろう。この状態でバスルームに突っ込むと死なれそうだし、着替えといってもスティーブンには彼女のクローゼットの中身がわからない。
何かあると困るため、彼女を自分の寝室に運び込んだスティーブンは、よいしょとうまくシーツの上に寝転ばせて背筋を伸ばした。
それからふと、手首のブレスレットに目を留める。
寝ている間に引っかけるかもしれないと思い、ベッドに乗り上げて手を伸ばす。ちょうど彼女に覆い被さるような体勢だ。
その襟元を、がしりと掴む手があった。
下から思わぬ攻撃を受けて目をみはる。
「なんだ、起きたのか。いま水を持ってくるよ。その前にこれだけ」
「スティーブン」
「ん?」
「むらむらする」
「は?」
手は明らかな意志を持って、スティーブンを逃すまいと力強くシャツにしわを生む。
「むらむらする。すっごいする」
スティーブンはどう反応すべきか一瞬わからなくなった。非常にレアな空白には誰も気づかない。
相手は酔っぱらいである。いくら貴重な発言であっても所詮は記憶から飛ぶ戯言だ。酔った口の約束事のようなもの。聞き流すに限る。
しかし、言いくるめて眠らせようとしたスティーブンの目をまっすぐ見つめ、半ば睨むようにして彼女は言った。
「私を抱くか、私に抱かれて」
「……酔ってるなあ」
ぽそりと呟いたが、内心のほどはそこまで冷静でもない。正直に白状するとちょっぴりぞくっときた。なんとなくその気にさせられてくる。普段ならばありえない、積極的なアプローチに応えたい気持ちはいつだってあるのだ。
「じゃあ、僕を抱いてくれるかい?」
「わかった」
即答だった。
ふらふらと身を起こした恋人に手を貸して、彼女の上からどく。いつも眠るスペースに膝を崩して座り、両手を軽く上げてみせる。
頼りない四つ足がシーツをたぐるように彼へ近づき、自分の邪魔っけな髪の毛を払ってから硬い肩を押した。
スティーブンは素直に、力に従って身体を横たえる。自然と自分を跨いだ細身を見上げると、彼女はにんまりと嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いい眺め!絶景!カッコいい!うわっ、うわあー、やばい。あー、もー、やばい!」
赤くなった頬を両手でおさえて幸せそうに悶えているが、いい眺めを楽しめるのは彼女だけではなく。不思議なことに、押し倒されている側もまたそうなのだ。
ひとしきり幸福を感じたあと、現実に戻ったのか、疑問を口にする。
「ねえ、どうやって抱けばいいの?」
酔っぱらい。嗚呼酔っぱらい。酔っぱらい。
あまりにも面白かったせいでスティーブンはしばらく笑いの渦から解放してもらえなかった。久しぶりに下ネタでここまで笑った気がする。
酔っぱらいは不満そうに眉根を寄せた。しわの寄ったシャツの襟元に勝手に手を出してくる。
ぷちぷちとボタンが外されていく。
まさか本当にやり始めるとは思っていなかった。「本気かい」と言って名前を呼ぶと、「なんだと思ってたの?」と猛烈に意外そうな表情が返った。
鎖骨があらわになり、見る者を惹き付ける紋様も顔を覗かせる。指先が時おり肌をかすめ、真剣な眼差しの彼女を見上げながらそれを感じると、くすぐったくなる愛おしさが湧いてくる。
「君は可愛いな」
「なにスティーブン、いま気づいたの?私、結構モテるんだよ」
「あははは。ちょっと意味が違うけど、まあ、なんか録音して明日聞かせてあげたいよ」
「もー、動かないで!」
「はいはい」
指がもつれてうまくいかないのか、視界がぶれてよく見えないのか、平衡感覚がおかしくなっているのか。
もたつく動きでなんとかボタンをすべて外し終える。
幕の奥を覗き込むように控えめな仕草でシャツの前を開かせると、体温の高い手でぺたりと胸に触れる。手はなぞるように腹へ這い、そのまま下がってズボンのベルトにかけられた。
「待った。え、なに、あれっ?本気かい?」
「なに言ってんの?……あ!私にできないと思ってる!でしょ!」
「まあね」
「できるもん」
「……やったことがあるのかい?」
問いかけておいてアレだけれども、ちょっと聞きたくない気持ちもある。
彼女はスティーブンの心を見透かす様子などこれっぽっちもなく、あっさり首を振った。
「え?ベルトでしょ?みんな外せない?」
「そういう意味じゃないけど……、まあいいか。いいよ、続けて」
「許可してくれてありがとう!でも今日のスティーブンは抱かれる側だからね」
「はいはい。痛くないように頼むよ」
かちゃりと金具が鳴る。
少し身を起こして作業の様子を眺める。
こんなふうに組み敷かれることは何度もあったし、同じようにベルトを引き抜かれることも経験済みだ。
だが、彼女がそうして、ちらりと上目遣いでスティーブンを見たとき、彼は確かに言いようもなく興奮したのだった。
ベルトが外され、ズボンのボタンに手がかかる。スティーブン、と吐息を含む声が彼を呼ぶ。
「スティーブン、私、頑張るね」
そう言われて、ぐっときた。
衝動に任せ、自分からシャツの袖を抜いて名前を呼ぼうと口を開く。
「あ、でもごめんなさい、眠い」
「はっ?」
彼女はあっさり手を止めた。
スティーブンを跨ぐのをやめ、ごろんと隣に丸まって横になる。
「え、いや、……ここまで頑張ったのにか?」
「ん」
それ以降返事はなかった。本当に寝ていた。揺さぶっても、寝息と変わらない反応があるだけだ。
「……あー……」
服装を乱され、シャツまで脱ぎ捨ててくしゃくしゃにしたのに、とんだ生殺しである。
ものすごく期待したのに。
完全に及ぶ気で、人知れず体温すら上がっていたのに。
ひどい展開だとは思わないか。
この状態でどうしろというのだ。
一糸乱れぬ恋人の隣で、スティーブンは深く深くため息をついた。



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