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蛇足終了後
付き合っている



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部屋は薄暗く、カーテンの隙間から射し込む光は見当たらなかった。随分と早起きしてしまったらしい。いや、早起きもなにもない時間に違いない。ベッドの上を芋虫のように這い、枕元のスマホで時間を確認する。今の待ち受け画面はレオとのツーショットだ。軽いノリの学生生活からは遠く離れたが、私の自撮りテクは健在である。写真うつりのいいレオは二度目のシャッターを必要としなかった。
その上に並ぶ数字は深夜未明を示す。やはり、今は枕に頭を戻しても合法的な時間だった。
またもずりずりと身体を動かし、上掛けを肩まで引っ張り上げてうずくまる。
そうやってしばらく目を閉じていたのだが、どうにもうまく寝つけない。すっきり目覚めすぎてしまったせいか。言うことを聞かない肉体だ。あと数時間後まで待ってくれたら、素晴らしく物分かりのいい朝を迎えられただろうに。
仕方ないので目を開ける。
起き上がって、お水を飲みに寝室を出た。
このままテレビでも見て時間を潰そうか。
いやいや、そんなことをして昼間に眠くなってしまったら大変だ。ここは無理をしてでも二度寝するべきではないか。
心の中でふたつの意見がぶつかり合う。
私特有の優柔不断さのせいでいつまでも考え込んでしまいそうだったので、間を取って、ベッドでスマホをいじることに決める。
もぞもぞとベッドに戻って、枕を立てて背をもたせかける。
隣で眠るスティーブンに明かりを向けないよう気をつけながら、読み途中だった電子書籍の続きを楽しもうとアプリを開く。
そういえば、なんだか最近はスティーブンの隣にお邪魔することへの抵抗(……というと失礼?)が薄れてきている気がする。このベッドに置かれる私用のふかふかな枕も一役買っているのだろうか。スティーブンも文句を言わないし、むしろ用意してくれたのはスティーブンであるし、いいのかなあとは思うけど、慣れというのは恐ろしい。
隣で静かに寝息を立てるイケメンに視線を送る。
あ、と気がついた。
私はスティーブンよりも早起きすることが滅多にない。
彼がこうして眠っているところを見るのは非常に稀だ。
謎の感動をおぼえてスマホを置いた。
薄暗闇の中でも、目が慣れてくると視界が確保できる。輪郭だけでなく、ぐっすりと夢を見る(……たぶん)安らかな表情までバッチリだ。ハイパーでスーパーで超人レベルがインフレを起こすこの男も、睡眠中に見つめられるくらいでは起きまいとたかをくくった。
悔しいくらい大好きな人にひたすら熱い視線を注ぎ続ける。うむ。いつ見ても惚れ惚れ、恍惚としてしまう。美人もイケメンも永遠に飽きない。断言できる。スティーブンに飽きる日は絶対に来ない。逆はあるかもだけど。
自分で自分を傷つけてしまってつらくなった。
胸を押さえて、心を癒し直すためにまた、理想的な線を描く造形美に目を向ける。本当に、本当にどこを取ってもどストライクだ。
(……あれ?)
ふと首をかしげる。
なんとなく雰囲気がいつもと違う。
寝ているからかと思ったが、そうではなくて、どこか意外な、ドキリとする何かがあった。
目を凝らして、少し身を乗り出す。
はっと気づいたとき、私は思わず手を浮かせていた。触れそうになって慌てて引っ込める。
これは。
私は激しい衝撃を受けた。
(スティーブンって、生きてる男性だったんだ……)
おかしい感想だという自覚はある。
ただ、驚いた。ひたすらに驚いた。
こんな姿は見たことがなかったような気がして、目を疑ってしまう。
しかし何度見ても姿は変わらない。
スティーブンは仰向けでスヤスヤ眠っているし、顔面は好みにがっつりハマるし、そして。
アホな私は我慢しきれずにちょっと触った。
ちくりとする。
「……へー……」
スティーブンってひげ生えるんだ?
正確に言うと、生えるのは知っている。以前も今も一緒に生活しているのだから、お手入れ中の現場にお邪魔してしまうときもなくはない。
でも、きちんと見たことはなかった。
なんというべきか、私にはわからないのだけど、いつだってスティーブンは私の前で『パーフェクトな男』だった。そうあろうとしているのかと考えるほどに。
なのでめちゃめちゃびっくりした。
これはスティーブンの『隙』だ。
驚愕と同時にじわじわと嬉しさがこみ上げる。
すっごーくレアなものを見た。深夜にぱっちり目覚めてよかった。
にまにまとちょっと気持ち悪い笑みを浮かべる。
これ以上は起こしてしまいそうだと判断し、自分のスペースに戻っても、触れた感触はずっと手に残っていた。
(男の人なんだなあ)
死ぬほどよく理解しているのに、こんなふうに感動してしまう。
じっとミノムシが如く静かにしてから、またパッと起き上がって隣に近づき顔を覗き込む。
煩悩が伝わっておかしな夢を見させてしまったらごめんなさいと心の中で謝りながら。

「襲われるかと思ったよ」
パーフェクトな男は、朝食のトーストにかじりつく私にそう言った。
唐突な言葉に「え?」と間の抜けた声を出す。
「寝込みを襲われるかと思った」
「誰に?」
「君に」
「いつ?」
「昨夜」
「なんで?」
「やけにぺたぺた触られたから」
「……あっ」
気まずくて頬がピクリとした。起こしていたらしい。
あちらの声音はからかうようなもので、本気ではないとわかるけれどもそんなことが救いになるわけがない。
なぜ無遠慮に触りまくったのか(……そこまでたくさん触ってはいないはずだが)、理由はバレているのだろうか。バレていたほうが興味本位だから仕方ないと寛大な心で許していただけるかもしれない。何もないのに人の寝顔に触るなんて痴女の域に踏み込んでいる気がするし、そのほうが。
ダメだ。どう考えてもどっちも有罪だ。
「ごめんなさい……」
「怒ってないよ。仕返しか何かかい?」
「仕返し?なんの?」
「あれ?」
「え?」
なんの話かわからず、スティーブンの言葉を待つ。
彼は「違うのか」と不思議そうにした。

トーストにジャムを塗る間に考えて、ある可能性に行き着いた。
夜中。
睡眠中。
寝顔。
ぺたぺた。
仕返し。
(……えっと……)
正解を求めて上目で見ると、彼は隠す気もなさそうな顔で隠す気もなく「たまにだよ」と謎のフォローをしてくれた。



0904