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スティーブンの寝室にお邪魔できるようになったあと
*
ぱちりと目が覚めてしまう。
時間が固定されたような空気は深夜にしか存在しないもので、時計を見なくても二度寝が必須だとわかる。
トイレに行こう、と毛布を抜け出す。こんな爽快な目覚めは今じゃなくていいのに気持ちよく起きてしまい過ぎた。本当に起きなくてはいけないときにはぐずぐずするのだから、自分の身体が憎らしい。
明かりをつけるのが億劫で、行きも帰りも暗闇の中を手探りで歩く。
また布団にもぐりこみ、枕に頬を押しつけて横を向くと、うっ、とうめきたくなる甘い痛みが胸を刺した。睡眠を邪魔しないように頑張って声は出さなかったが、私の目がもう少し夜行性だったら、きっとはっきり見えるせいで狂い悶えていただろう。
最高も最高で最高な男の無防備な(……無防備に見える)寝顔は眼福だ。感動で喉の奥がひりつく。感嘆のため息は寝息を装って枕に吸わせた。この男は私の常識からものすごく外れているから、吐息の微音どころかこちらの熱視線に気づいて目を開けてもおかしくない。すごい人たちはみんなできると思うのだけどどうなのだろう。
妨げにならないよう、考えながら私も目を閉じた。
自分の中では一瞬だったのに、次に眠気が遠ざかったのは何時間か後のことのようだった。
まとわりつく薄っぺらな睡魔に勝つか負けるかは自分次第だ。そして私は負けていていいやと思った。
(眠いし……すごい気持ちいいし……、ていうか私、なんか……)
起きながらなのか寝ながらなのか、区別がつかないレベルのふらふら具合で思考する。
わかんないけど、なにかヤバい。
頭のどこかで得た確信のもと、眠かったが、現実を直視せねばと瞼をこじ開ける。
軽く寝返りを打とうとしてもうまく動けなかった。
距離をあけて眠っていたはずなのに、私は思いっきり好きな人にくっついて、軽くだけど抱きしめていただけていたのだ。本当にびっくりした。
どうしてこんなことに。
呼吸の一定なリズムも体温も、ゼロ距離で感じられる。すり寄れる。布越しにこっそりと額を押し当てた。静かに息を吸い込む。この深呼吸は、隅から隅までイケメンを堪能したいからだとか胸いっぱいに感動と恋を詰め込みたいからだとかではなく、緊張によるあくびの延長線上のそれだった、とできれば被害者であるスティーブン本人に弁解したい。
まさかまさか、スティーブンが私という息をするだけの肉袋を抱き枕として欲しがった、なんてわけはないだろう。私が眠りながら彼に近寄ってべたべたと密着したに違いない。恥ずかしい。申し訳なくて恥ずかしい。
私は息をする異物なわけだから、離れないと彼が寝にくい。
しかしこんな状態で私を腕の中に入れていてもスティーブンは眠っているのだし、あと数分なら大丈夫なのでは、と無責任で楽観的な気持ちにもなる。
ぎゅっと手汗を握りしめて勇気を出し、全世界の女性(……男性も?)を虜にして掌握してすべての秘密を引き出せそうな男の天然フレグランスを余すことなく満喫した。諸事情により私は何人かの知り合いに抱きついているが、当然、みんなが違うものを持ち、スティーブンのそれは私の胸を一番きゅんとさせる。
同時に自分のことも気になってしまい、気休めに今日使ったお気に入りのシャンプーの香りを素早く思い出す。万人受けする無難ないい香りのはずだし、問題はイケメンが『万人』の枠に入るかだけだ。大丈夫ということにしよう。
ドキドキして幸せで動きたくない。心臓の音が丸聞こえでも驚かないだろう。1秒が5分だったり1時間だったり、5分が1秒だったり20分だったり、頭で数える時間も明らかに桃色な狂いを見せる。『好き』がぐるぐると暴れまわって、ふへ、と気持ち悪く抜けた声を出した自分が不気味だ。
「寝るときくらいは……」
「ひっ!」
「……落ち着かないと身がもたないよ」
急に話しかけられて、皿を割った子供のような反応をしてしまった。気だるげで低い声の色気が、私の正気にがつんと揺さぶりをかける。
スティーブンは私がとろけていた理由を推理して、答えを教えてくれた。声音からは、少し笑っている感じがした。
「君が寝ぼけて近寄ってきたんだよ」
「すいません」
そうなのだろうなと思っていた。
記憶にないが、スティーブンが情けをかけてくださったならかなり哀れっぽかったのだろう。
がっくりしていると、眠るよう、彼から短く促される。
これは無駄な会話だ。眠る時間は、眠る為にあるのだから。
私は『何も言われませんように』と強く願いながらそのままの姿勢で力を抜いた。
押しやられる想像をするうちに眠っていて、肩を揺さぶられて起きたらいつの間にか7時になっていた。
知る由もない深夜のこと。
うっすら起きたスティーブンが、無意識のうちに寝返りを打った私を抱き寄せ、また瞼を下ろしたのだと気がつかなかったことは、きっと歯噛みしていい人生の損失だろう。
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ぱちりと目が覚めてしまう。
時間が固定されたような空気は深夜にしか存在しないもので、時計を見なくても二度寝が必須だとわかる。
トイレに行こう、と毛布を抜け出す。こんな爽快な目覚めは今じゃなくていいのに気持ちよく起きてしまい過ぎた。本当に起きなくてはいけないときにはぐずぐずするのだから、自分の身体が憎らしい。
明かりをつけるのが億劫で、行きも帰りも暗闇の中を手探りで歩く。
また布団にもぐりこみ、枕に頬を押しつけて横を向くと、うっ、とうめきたくなる甘い痛みが胸を刺した。睡眠を邪魔しないように頑張って声は出さなかったが、私の目がもう少し夜行性だったら、きっとはっきり見えるせいで狂い悶えていただろう。
最高も最高で最高な男の無防備な(……無防備に見える)寝顔は眼福だ。感動で喉の奥がひりつく。感嘆のため息は寝息を装って枕に吸わせた。この男は私の常識からものすごく外れているから、吐息の微音どころかこちらの熱視線に気づいて目を開けてもおかしくない。すごい人たちはみんなできると思うのだけどどうなのだろう。
妨げにならないよう、考えながら私も目を閉じた。
自分の中では一瞬だったのに、次に眠気が遠ざかったのは何時間か後のことのようだった。
まとわりつく薄っぺらな睡魔に勝つか負けるかは自分次第だ。そして私は負けていていいやと思った。
(眠いし……すごい気持ちいいし……、ていうか私、なんか……)
起きながらなのか寝ながらなのか、区別がつかないレベルのふらふら具合で思考する。
わかんないけど、なにかヤバい。
頭のどこかで得た確信のもと、眠かったが、現実を直視せねばと瞼をこじ開ける。
軽く寝返りを打とうとしてもうまく動けなかった。
距離をあけて眠っていたはずなのに、私は思いっきり好きな人にくっついて、軽くだけど抱きしめていただけていたのだ。本当にびっくりした。
どうしてこんなことに。
呼吸の一定なリズムも体温も、ゼロ距離で感じられる。すり寄れる。布越しにこっそりと額を押し当てた。静かに息を吸い込む。この深呼吸は、隅から隅までイケメンを堪能したいからだとか胸いっぱいに感動と恋を詰め込みたいからだとかではなく、緊張によるあくびの延長線上のそれだった、とできれば被害者であるスティーブン本人に弁解したい。
まさかまさか、スティーブンが私という息をするだけの肉袋を抱き枕として欲しがった、なんてわけはないだろう。私が眠りながら彼に近寄ってべたべたと密着したに違いない。恥ずかしい。申し訳なくて恥ずかしい。
私は息をする異物なわけだから、離れないと彼が寝にくい。
しかしこんな状態で私を腕の中に入れていてもスティーブンは眠っているのだし、あと数分なら大丈夫なのでは、と無責任で楽観的な気持ちにもなる。
ぎゅっと手汗を握りしめて勇気を出し、全世界の女性(……男性も?)を虜にして掌握してすべての秘密を引き出せそうな男の天然フレグランスを余すことなく満喫した。諸事情により私は何人かの知り合いに抱きついているが、当然、みんなが違うものを持ち、スティーブンのそれは私の胸を一番きゅんとさせる。
同時に自分のことも気になってしまい、気休めに今日使ったお気に入りのシャンプーの香りを素早く思い出す。万人受けする無難ないい香りのはずだし、問題はイケメンが『万人』の枠に入るかだけだ。大丈夫ということにしよう。
ドキドキして幸せで動きたくない。心臓の音が丸聞こえでも驚かないだろう。1秒が5分だったり1時間だったり、5分が1秒だったり20分だったり、頭で数える時間も明らかに桃色な狂いを見せる。『好き』がぐるぐると暴れまわって、ふへ、と気持ち悪く抜けた声を出した自分が不気味だ。
「寝るときくらいは……」
「ひっ!」
「……落ち着かないと身がもたないよ」
急に話しかけられて、皿を割った子供のような反応をしてしまった。気だるげで低い声の色気が、私の正気にがつんと揺さぶりをかける。
スティーブンは私がとろけていた理由を推理して、答えを教えてくれた。声音からは、少し笑っている感じがした。
「君が寝ぼけて近寄ってきたんだよ」
「すいません」
そうなのだろうなと思っていた。
記憶にないが、スティーブンが情けをかけてくださったならかなり哀れっぽかったのだろう。
がっくりしていると、眠るよう、彼から短く促される。
これは無駄な会話だ。眠る時間は、眠る為にあるのだから。
私は『何も言われませんように』と強く願いながらそのままの姿勢で力を抜いた。
押しやられる想像をするうちに眠っていて、肩を揺さぶられて起きたらいつの間にか7時になっていた。
知る由もない深夜のこと。
うっすら起きたスティーブンが、無意識のうちに寝返りを打った私を抱き寄せ、また瞼を下ろしたのだと気がつかなかったことは、きっと歯噛みしていい人生の損失だろう。
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