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Twitterでの企画
アンケート機能を利用して、話の展開を分岐させる遊びでした。



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バイトの休憩時間が終わりに近づき、私は裏でカフェの制服に着替えた。今日は全体的に生存率が高くて客足が分散しそうなので気が楽だ。
テーブルのガタつきを直してしまおうと計画を立てているとスマホに着信が入る。
誰からだろう?


●彼だった。(11票)
○ザップさんだ。(0票)
○K・Kさんだ。(3票)
●誰だろ、これ?(11票)
(総数25票)


スティーブンだった。
時間が少なくて長く話せないのが残念だが、あちらも暇ではないからちょうどいいのだろう。
指を滑らせ、ケータイを耳に当てる。
「もしもし」
彼は律儀に名乗った。秘密組織でお仕事をする上で必要なワンクッションなのか、秘密組織の人たちは毎回そうする。私はどうせ登録された名前が画面に出るのだからと『もしもし』で済ませてしまうから、彼らの名乗りがカッコいいなと憧れはするけど、やる勇気はない。
「今日は18時に終わるんだったよな?」
「うん」
「もし僕もそのあたりで仕事が終わったら、合流して帰るかい?」
「わー!」
迎えに来ていただけるらしい。
スティーブンと会話することも並んで道を歩くことも同じ空間にいることも、なんだっていつでも嬉しくてたまらない。頬が緩みきってバイトに支障をきたしそうで、また同僚にからかわれるけどそんな細かい弄りも気にならない。だって、大好きな人と一緒に帰れるのだから。……たぶん!
喜色に塗りつぶされて隙間のない私の反応にもフラットな彼は、電話の向こうで短く頷いた。それじゃあ、と余韻も別れの甘い言葉もなく通信が切れる。あったほうが胸を押さえてバックヤードで崩れ落ちてしまう。
電源を切ったケータイをカバンにしまい込み、ロッカーに鍵をかけた。

つつがなく終えられた午後のバイト内容は相変わらずフロアを動き回るものだったが、読み通りお客さんの少なかった店内はがらがらで、所構わずモップでもかけたくなるくらい暇だった。店員の気持ちは一致していて、私が上がるころにはレジ下の棚もキッチンも整理整頓され磨きまくられぴかぴかである。
スティーブンの家に帰ったらヴェデッドさんのご飯がテーブルに身を置いてきらきらと輝いているだろうから、おやつもカフェラテも口にするのはやめておく。これからを想うと空腹も心地よい。
生存率と客入りと売り上げ目標についての店長の愚痴を聞く最中に電話が震え、私が顔を輝かせるのと反対に店長が生ぬるくて下世話な笑みを浮かべた。
「あれ?」
「ン?……あれ?恋人さんじゃないじゃん」
勝手に画面を覗き込まれた。しかし、抗議よりも優先すべき電話がある。
知らない番号だった。
(誰だろ、これ?)
自分の記憶力に絶対の自信があるわけではないものの、こんな羅列は初めて見た。誰かの固定電話だ。スティーブンの家のものとは違うとわかる。当たり前だけどバイト先のカフェでもなく、もちろん心当たりなんて皆無な店長と、心当たりがあるのかないのかもわからない私は首を傾げた。
間違い電話の可能性が有力だ。普段なら出るタイミングを掴めなくて自然に切れるのを待ってしまうが、店長の手前、放置するのも外聞が悪い。
「も、もしもし?」
電話の相手は私の名前を呼んだ。苗字は知られていない。赤の他人に名前を呼ばれる衝撃は、されてみないとわからないものだなと理解する。
「落ち着いて聞いてください。あなたのお知り合いが事故に遭いました。ケータイが壊れかけていて通話が不可能だったため、番号だけお借りして私から電話しています」
「……え、えっ?」
「かなりの重傷で、病院に受け入れられたのですが治療のために即金が必要だそうです。病院関係者がお金を受け取り、そのまま機材などを購入し治療にあたるとのことですので、30分以内にフロード病院へ……」
まくしたてられる言葉についていけない。
知り合いって誰だろう。どうして私の番号にかけてくるのだ。金額はいくらだっけ。フロード病院ってどこ?知り合いって、本当に誰?
「あの、知り合いって誰ですか?」
「そこまでは、身分証などを見ていないため私にはわかりません。男性です」
男性?『少年』でないならレオは除外されそうだ。
男性です、と言われた私が一番に連想する人物といえば、それは最も身近なあの方だ。誰だか知らない電話の主が彼のことを言っているのだとしたら、と考えると末端の血が一気にひいてよろめいてしまう。まさかそんなはずは。
どうしよう、と焦った私は一方的に待ち合わせ場所を指定され電話を切られても勢いに負けたままだった。
冷静さを欠いた私の説明を聞き、店長が唇をひん曲げる。
「あんたそれ詐欺と違うんかね」
「さぎ」
「振り込め詐欺」
目が勝手に大きく二度、瞬いた。
詐欺。振り込め詐欺。これが。じゃあ怪我をした男性なんていない?
詐欺ならば、どうして詐欺師に電話番号を知られていたのか。おかしなアンケートに答えたりサービスに登録したりなんかしてないのに。
「こういうのは洩れるモンだ。レンタルビデオ屋の会員登録とかしてるんじゃねーの」
なるほど、と大きく首を縦に振る。会員登録は盲点だった。好きな洋服屋さんの割引会員登録はした。あと、バイトを探していた時の紹介サイトにも登録しっぱなしかもしれない。苗字がなくても登録できるものばかりで、わからなかったから名前だけ呼ばれたのか。こまめに解約しなかったせいか。
「でも」
私は時計を見上げ、スマホを握りしめ、店長に哀れな姿を晒した。
「本当だったら、ど、どうしよう」
「電話してみりゃいいじゃん」
ふたりして沈黙した。
「……それもそうだ!」
頭がどうにかなっていたみたいだ。いつもだけど。
あの電話の人が重傷だと言った『男性』とは誰だろう。
まったくのデタラメだと決めつけたい9割の疑心と1割の不安に動かされ、アドレス帳を開く。
真実だったとして、私の電話番号を知る『男性』は限られる。私はそのうちの誰に電話をかければ?
かけても繋がらなかったら混乱するばかりだから、反対に、女性にかけたほうがいいのかもしれない。
ああ、だけど、思いつく『男性』にかけたい気持ちも山々だ。理性的では全然、ない。
私は悩んだ末……


●スティーブンに電話をかけた。(12+8票)
○クラウスさんに電話をかけた。(4票)
○チェインさんに電話をかけた。(2+2票)
○K・Kさんに電話をかけた。(2票)
(総数30票)


スティーブンに電話をかけた。
コール音が私の全身を緊張させる。仕事か移動か、忙しい彼には電話に出られない要素が多くあって、私も普段はそうそうかけたりしない。だから自分から彼に電話をするという非日常的な事態に、嫌なドキドキはより高まった。
繋がった、と思った電話が無情に喋る。
「この電話は電波が届かない場所にあるか電源が入っておらず……」
頭が空転して、留守電にもメッセージを吹き込めなかった。
どうしよう。
電波が届かないだけ?そんな場所があるの?秘密組織の人が使う携帯電話に通話不可能な地域があって大丈夫なの?電源が入っていないって、なんで?
さっきの怪しい電話で聞いた『壊れかけたケータイ』の響きが蘇る。
通信が自然と切れても電話を耳に当てたまま動けない私に、店長が顔を寄せて提案した。
「他の知り合いにもおかけなさいよ」
「そ、そうですよね、えっと、じゃあ」
アドレス帳アプリを開きなおす。
そのとき、ふつりと画面が暗転した。
かちかちと電源ボタンを押しても応答せず、どんなに声をかけたってなしのつぶてだ。
(じゅ、充電が)
悪いことが重なりまくって、不安感が頂点に達する。何度か無意識に壁掛け時計に目をやったようなのだが、店長に「落ち着きなはれや」と指摘されるまで自覚がなかった。
充電が切れてしまったものはどうにもできない。コンセントはあっても充電器は家だし、モバイルバッテリーを借りようにも規格が違う。
備え付けの電話を借りる手はあったが、愚かしいことに私は誰の番号もきちんと憶えてはいなかった。正確に言うと、自分とスティーブンと彼の自宅以外の番号だ。すべてを機械任せにして脳みそを堕落させるといざというときに困るのだなと身にしみた。
彼の自宅に電話をかけ、ヴェデッドさんからスティーブンに連絡を取ってもらう、というのも無理だろう。電源が切れているのだから、どこから誰がかけようと結果は同じだ。私に開示されているものとヴェデッドさんに知らされているものはおそらく、同じである。たとえばあの人がケータイ電話をふたつ持っていたとしても、仕事用の番号を私たちに教えるはずがない。つまり連絡は取れない。手段はそこらじゅうに転がっていたのかもしれないが、私の頭では思いつかなかったのだ。
混乱の極みで立ち止まった私は、従業員室の扉が開く音で顔を上げた。こちらを覗いた同僚は「顔色悪いよ」と私を気遣ってから、店内を親指で指した。
「恋人さん来たよ。具合悪いなら、伝えようか?」
「……えっ?」
荷物を持つのも忘れて顔を出す。勧められたのか、スティーブンはテーブル席で出されたお水を飲んでいた。
「お疲れ。待たせたかな」
などと、普通に私に微笑みかける。
「……えっ?……スティーブン?……大丈夫?」
「何がだい?」
「電話、つながらなかったけど……」
「悪い。一瞬、充電が切れたんだ。すぐかけ直したんだが、僕のほうからも君には繋がらなかった。もう行ったほうが早いと思って一回しかかけてないけど、そっちも充電切れか何かかな」
「あ、はい、充電切れです……」
用意周到な男でもケータイの充電切れを起こすことはある。復活が迅速なのは、充電器とケーブルを持ち歩いているからだろう。カバンの中やポケットを探りに探ったわけではないから憶測だけど、彼のことだから持ち歩いているのではなかろうか。
スティーブンは普通だ。
力が抜けて大きく息をつく。
凝った懸念がほどけると、自分勝手な思考は他の方面にようやく向いた。
「あ、あの、ザップさんとかツェッドとか、クラウスさんとかって元気?」
知り合いの『男性』の名を挙げる。奇妙な問いかけを受けて不思議そうにしたスティーブンは、軽く頷いた。私はさらに突っ込んで訊ねる。
「なにかあったらすぐわかる?」
「知らぬ間に大怪我をされることはあっても、提携先から連絡が来るからね」
「そっか」
9割の疑心は正しかった。
よくよく考えなくてもあり得ない電話だが(……私はよくよく考えることすらできなかったのだが)、何事もないとわかりホッとする。
質問の理由は訊かれる前に打ち明けた。『打ち明ける』と言っても、細部は説明されないまま電話が切られてしまったし録音もしていないので、銘打つほどの時間ではない。詐欺の電話がかかってきてお金を要求された、とひと息でまとめられる。店長による、電話番号を会員登録の際に使っていたために何かの拍子に洩れたのではないか、という推理も添えた。当然、彼も考え済みだ。
「流行ってるらしいからなあ。引っかからなくて偉かったな」
確認したあと、スティーブンはそう言って大いに引っかかりかけていた私を褒めた。
帰り際、店長に「迷惑をかけてすみません」と謝ると、店長は快く来週のシフトを1日増やして許してくれた。


暗くなった帰り道、私は詐欺電話に急襲される恐ろしさと驚愕を如何程に侮っていたかをへろへろに語りながらスティーブンと並んで歩く。歩幅とペースを合わせてくれる彼にとっては、緩慢でつまらない時間だろう。早く帰宅してご飯を食べてゆっくりしたいはずだ。
心の赴くまま勝手に喋ってしまった私は、適当なところで話に終止符を打ち、口を閉ざして少しだけ隣と距離を開けた。近くにいたら、この聞き上手で優しくてイケメン極まる気遣いに甘えまくって前後も左右も関係なくなってしまいそうだ。
彼は私が話に満足したのだと思ったか、何も言わなかった。申し訳なさが砂時計の砂みたいにサラサラと積もる。
平静を取り戻そうと、意識して息を吸い込んでみる。
今日は、最近にしては随分と冷え込む。夜だから余計に空気が冴えるのか。ヘルサレムズ・ロットならそんな微細な変化がなくても納得してしまいそうだが、風も冷たく、私の服装ではちょっと寒かった。夕ご飯にあたたかいスープがあったらいいな。コンソメスープだとなお嬉しい。しかし、期待する味を固定してしまうとそうではなかったときにどうしてもガッカリしてしまうから、深まりそうなイメージは振り払った。
信号が私たちを足止めする。
「ふうあ」
むずむずして、うっかり間抜けな声が出た。屈み込むように小さくなって、口元を押さえてくしゃみする。
理性的に極力注意を払ったのだが、恋愛ドラマでヒロインがするような可愛いくしゃみにはならなかった。でも、居酒屋で呑んだくれる典型的な中年男がするよりは全然ずっとかなりすごーく可愛いと思う。可憐かつ守りたくなるような女による、あざとかったり本物だったりする小鳥のさえずりに似たくしゃみを知っていそうな隣の色男に聞かせるには耳苦しすぎるだけで、女子として生きるだけなら充分だ。
スティーブンが「Bless you.」と反射的に言ったが、翻訳は効かなかった。
カバンからハンカチを取り出す。
「くしゃみしてすいません」
「気にしなくていいよ。寒いかい?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
くしゃみは寒くて出たのではなさそうだ。
「寒かったら上着を貸そうかと思ったけど、寒くないなら良かった」
「待って!待って待って!寒い!すごい寒い!凍えそう!!」
スティーブンがタダでとんでもないことを言い、私は『甘えてしまいそう』だとか『可憐に』だとか、自分に強く言い聞かせるべき訓言を残らず忘れた。心臓の鼓動は早鐘のようだ。
でも、やってもらうとスティーブンが肌寒くなる。肌寒くなるのかは知らないけど、1枚あるのとないのとでは大違いだ。
「さ、寒くなかったかも」
好きな人の上着を貸していただきたい乙女の夢は存在しても、彼と私では明々白々に彼のほうが重要で大切なのである。詐欺ではないのだけど、どことなく詐欺っぽいし。
「でも、えーと、あの」
冗談であっても気持ちが嬉しい。ときめく。身体より心があたたまる。頭はもっとあたたまって軽くなり、脳内の温室は花で満たされフワフワのお花畑の完成だ。
「寒くないけど、寒くないけどくっついていい?詐欺に引っかからなかったご褒美とかで」
「引っかかりかけてたけどな」
「『かけ』!引っかかり『かけ』!」
長い信号が変わる。イエスもノーもなくあちらから抱き寄せられ、私は群衆に押されるように歩き出した2歩目でつんのめった。支えていただけた。
ある意味では上着をお貸しいただくよりも物すごい、大それたご褒美をもらえてとろけそうだ。
しばらくして、スティーブンが言った。
「君、体温高いよな」
「え、そうかな?」
接触していて伝わったのだろう。
「……そうかも」
たぶん、スティーブンとくっついているからだ。
知られていそうなので、教えるのはやめた。

比較的(……なにと?)暑いときに近づくと嫌がられるかな、と考えて少し気落ちした。



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