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本編終了後、同居を再開してから
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フルタイムに加えて数時間の後片付けの残業を終えたは徹夜2日目で、帰るころには足取りがおぼつかなかった。手も、自分のものなのにぼんやりしてしまって動きが鈍る。
このままシャワーを浴びると眩暈を起こして座り込んでしまうかもしれない。風邪をひいたら困るし、スティーブンが帰宅したときに醜態を晒していては迷惑がかかる。
そう考えた彼女は一旦、馴染みのソファで仮眠をとることにした。
部屋に上着とバッグだけ投げ込んで、よろよろとソファに向かう。寝転ぶ気力もなく、むしろ横になると永遠に起きられなくなりそうだったので、座ったままクッションを抱きしめて目を閉じた。眠りはすぐに訪れる。
スティーブンは、彼女の仮眠が深くなった時分に帰宅した。玄関の鍵を閉めて帰宅の挨拶を投げ、自室に荷物を置いてから明かりの下に出る。ソファには相変わらずの寝ぼすけがいたが、珍しいことに縦の姿勢を保っていた。
スティーブンが服を脱ぎ、風呂に入って、また服を着ても、同居人は置物のようだ。最近の彼女はスティーブンよりも早起きで顔色も良くなかった。また不眠に悩まされているのだ。
無理に湯を浴び、貧血を起こしてぶっ倒れるなんてことがなくて良かった、と彼は思った。『死にやすい呪い』も『不幸の呪い』も(……呪われ過ぎである)、問題は解決したはずなのに放っておけない。なぜか。
答えは簡単で、スティーブンはもうとっくに受け入れていたので、躊躇いなく同じソファに腰を下ろした。とは、近くもないし遠くもない位置だ。
彼はテレビをつけた。ニュース番組は朝の新聞に取り上げられていた出来事を繰り返し語る。ライブラの面々のほうがマスコミよりも真実に近い事件の話題だったが、情報規制はじきに解かれ、真相は誰もが知ることになるだろう。
スティーブンは彼女をあと15分だけ寝かせてやって、それから部屋に押し込もうと決めた。
腰を浮かせ、ローテーブルからグラスを取る。スティーブンは横に視線を遣りつつ無色の酒を含んだ。
ふたりぶんの体重に耐えるソファの背もたれに、重いほうがぐっと背を当てた。揺らぎはしないが座面の重心が僅かにずれ、隣で力なく眠る身体がスティーブンのほうへ傾いた。手を添えて支えると、かしいだそれがスティーブンに寄りかかる。
眠る身体はいつもより重く感じられる。もちろん、彼にとってはなんのことはない。彼女はスティーブンの肩、腕を滑るようにゆっくり倒れ込んだ。行き着く先には男の脚がある。
決して寝やすくはなさそうだ。高さが合いづらいのが逆に好ましいのかもしれないが、柔らかくもなければ素肌でもない。スティーブンの見立てでは、彼女が『パパ』のもとで賃金と換えていた太ももに比べれば半額以下の価値だ。少なくとも『パパ』はびた一文払わまい。
彼女は無意識にもぞもぞと動いて坐りを調節した。いい具合におさまったようで、すり寄るように、むずがるように、スティーブンの腿に頬を押し当てる。
彼はまず、起きると騒がしくなるな、と様子を想像した。
動くに動けなくなったが、運良くグラスは手に持ったままだ。テレビもついているし、一息ついてから起こすことにして、予定通り放置する。
画面に目を向けた彼は片手の置き場に一瞬迷い、つ、と視線を戻した。ちょうど合う位置に、自分に身体を預けて微動だにしないものがあるではないか。
手を置き、スティーブンはまたニュース番組に意識を向けた。
手持ち無沙汰に撫でる。
あと15分、起こさないよう緩やかに。
非常に酷なことを言えば、指で髪を丁寧にくしけずられて眠るは、スティーブンの恋人というより同居人というより、飼い犬に見えなくもなかった。
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フルタイムに加えて数時間の後片付けの残業を終えたは徹夜2日目で、帰るころには足取りがおぼつかなかった。手も、自分のものなのにぼんやりしてしまって動きが鈍る。
このままシャワーを浴びると眩暈を起こして座り込んでしまうかもしれない。風邪をひいたら困るし、スティーブンが帰宅したときに醜態を晒していては迷惑がかかる。
そう考えた彼女は一旦、馴染みのソファで仮眠をとることにした。
部屋に上着とバッグだけ投げ込んで、よろよろとソファに向かう。寝転ぶ気力もなく、むしろ横になると永遠に起きられなくなりそうだったので、座ったままクッションを抱きしめて目を閉じた。眠りはすぐに訪れる。
スティーブンは、彼女の仮眠が深くなった時分に帰宅した。玄関の鍵を閉めて帰宅の挨拶を投げ、自室に荷物を置いてから明かりの下に出る。ソファには相変わらずの寝ぼすけがいたが、珍しいことに縦の姿勢を保っていた。
スティーブンが服を脱ぎ、風呂に入って、また服を着ても、同居人は置物のようだ。最近の彼女はスティーブンよりも早起きで顔色も良くなかった。また不眠に悩まされているのだ。
無理に湯を浴び、貧血を起こしてぶっ倒れるなんてことがなくて良かった、と彼は思った。『死にやすい呪い』も『不幸の呪い』も(……呪われ過ぎである)、問題は解決したはずなのに放っておけない。なぜか。
答えは簡単で、スティーブンはもうとっくに受け入れていたので、躊躇いなく同じソファに腰を下ろした。とは、近くもないし遠くもない位置だ。
彼はテレビをつけた。ニュース番組は朝の新聞に取り上げられていた出来事を繰り返し語る。ライブラの面々のほうがマスコミよりも真実に近い事件の話題だったが、情報規制はじきに解かれ、真相は誰もが知ることになるだろう。
スティーブンは彼女をあと15分だけ寝かせてやって、それから部屋に押し込もうと決めた。
腰を浮かせ、ローテーブルからグラスを取る。スティーブンは横に視線を遣りつつ無色の酒を含んだ。
ふたりぶんの体重に耐えるソファの背もたれに、重いほうがぐっと背を当てた。揺らぎはしないが座面の重心が僅かにずれ、隣で力なく眠る身体がスティーブンのほうへ傾いた。手を添えて支えると、かしいだそれがスティーブンに寄りかかる。
眠る身体はいつもより重く感じられる。もちろん、彼にとってはなんのことはない。彼女はスティーブンの肩、腕を滑るようにゆっくり倒れ込んだ。行き着く先には男の脚がある。
決して寝やすくはなさそうだ。高さが合いづらいのが逆に好ましいのかもしれないが、柔らかくもなければ素肌でもない。スティーブンの見立てでは、彼女が『パパ』のもとで賃金と換えていた太ももに比べれば半額以下の価値だ。少なくとも『パパ』はびた一文払わまい。
彼女は無意識にもぞもぞと動いて坐りを調節した。いい具合におさまったようで、すり寄るように、むずがるように、スティーブンの腿に頬を押し当てる。
彼はまず、起きると騒がしくなるな、と様子を想像した。
動くに動けなくなったが、運良くグラスは手に持ったままだ。テレビもついているし、一息ついてから起こすことにして、予定通り放置する。
画面に目を向けた彼は片手の置き場に一瞬迷い、つ、と視線を戻した。ちょうど合う位置に、自分に身体を預けて微動だにしないものがあるではないか。
手を置き、スティーブンはまたニュース番組に意識を向けた。
手持ち無沙汰に撫でる。
あと15分、起こさないよう緩やかに。
非常に酷なことを言えば、指で髪を丁寧にくしけずられて眠るは、スティーブンの恋人というより同居人というより、飼い犬に見えなくもなかった。
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