04


ガラスの向こうに見えていたものを目前にする。綺麗な手がその布をつまみ、ぺらりとめくってすぐに戻した。
の趣味って、なに?」
首元から膝まで視線が動く。今日のために考えた服装は、我ながらなかなかの出来だ。体型も、服がよく似合うタイプのそれなので、見栄えも悪くない。
チェインさんはこのあとお仕事場に出るそうで、いつものスーツ姿である。
「何色が好きとかあるの?」
「デザインが可愛かったらいっかなって思ってます」
「可愛い系?」
「こだわってないです。高校ではモテ系で、大学では女子ウケしそうなのを選んでました」
「こういうの?」
ハンガーごと身体に当てられたのは、模様の入る明るめのスカートだ。マネキンが着るやつの色違いで、私も、おそらくチェインさんも、こっちの色のほうが綺麗だなと感じた。
彼女は鏡の前で、自分にも当てた。凛々しいパンツスーツで覆いきれない女性の魅力が引き立てられる。女子ウケしそうなスカートなのに、チェインさんが着たらウケる前に羨望の眼差しが集中しそうだ。着てないけど、私よりすごい着こなしている。
そこまで好みでもなかったようで、何度か角度を変えてみてからハンガーラックに戻す。こっちは、とまた別のものを当てられる。これを繰り返すので、ファッションチェックをされている気分になった。そしてチェインさんが私のあとに自分にも同じものを当てて確認するので、すべてにおいて黒星を悟らざるを得ない。
はこれが似合うよ。どうかな?」
ことスティーブンとチェインさんにおいては、それがどんなに好みでなくても『似合う』と言われれば喜んで受け入れてしまう。こくこくと首を振った。
「チェインさんが選んでくれたものなら、間違いないです!」
「無条件の信頼とか困るんだけどな……。候補のひとつにしてね」
「いえ、買います!」
「いいならいいけどさ」
カゴに入れた。
彼女も、私の意見を取り入れて(……くださって!)服を見る。私のなまくらな視点でチェインさんのお洒落さを汚すわけにはいかない。モーレツに真剣に目を凝らした。チェインさんはピンとくるものが1着あったようだったが、お仕事に行く前に一度自宅へ戻るのも面倒だったのか、それを棚に返してしまう。これは!と思い、私がそれを預かりましょうかと申し出た。チェインさんはバッサリ切った。
は酔ってこれに抱きついて寝そうだからやめとく」
「そんなことしません!!」
「そのへん信用してないんだよね」
そのへんっていうか全部信用してくれてないのでは。否定される気がしない。ヘルサレムズ・ロットは、知らないほうがいいことばかりだ。
かぶりを振ってアクセサリーコーナーへ移動し、メッキのそれを試着したところでギクリとした。指輪を嵌めたままだった。
私はなんと無神経なのか。これはとても良くなかったのでは。チェインさんと私の複雑すぎる関係に、ついでの一回転が加わりそうだ。
固まった私を不審そうに見た彼女は、私がそっと手をひっこめたのに気づいて、無感動に「それ」と言った。
「わかってるから怯えないでよ」
聞けば、秘密組織の人たち全員に知られているらしい。バイト先では外しているし、くれた張本人を含めて、これについて言及した人たちは吹聴しないと思うのだが、どう広まったのだろう。
「聞くっていうか、見たら一発じゃない?」
どこの誰がそこにそんな指輪を嵌めさせるのだ、という話である。違うやつを自分で勝手に嵌めたこともあって、チェインさんと目を合わせられない。
「悪くないんだから堂々としてればいいのに。そんなんじゃ逆効果だし、むしろ私に足踏まれる覚悟で見せびらかすくらいじゃなきゃ」
踏まれたくない。
「っていうか、こうしてと買いものしてるってところで察してほしいわ」
私が何もわかっていない尺取り虫であるかのような顔だった。せめて人間でいたいが、私では不足なようだった。
「だからー、嫌いだったり見たくなかったら、女子会したりお酒飲んだり買いものしたりしないでしょ。付き合ってるんだから、なんかがくっついてくるのはわかりきってるのよ。今さらだって」
この間の恋人ごっこといい、チェインさんのスゴさが尽きない。私の人としての器の小ささと浅さがとんでもなく浮き彫りになる、強烈な太陽のようだ。そういえば、集まりもすべてチェインさんに誘ってもらっている。都合が彼女任せとはいえ、流してしまえばいいのにそうしない彼女の優しさをもっとちゃんと理解するべきだった。でも踏まれるのは困るので、手はそのままだ。チェインさんがため息をつく。
「ねえ、私、踏んだことある?」
「な、ないです」
でも、誰かさんを踏む場面は稀に見かける。稀というのは、私がチェインさんとザップさんの組み合わせに遭遇する機会がほぼさっぱりないためで、本当は日常茶飯事として見られる光景なのだろう。イメージできる。
「なんの石?」
チェインさんが、私の手ごと傾けて指輪の中央を見た。
「わかんない……」
「え、訊かないの?」
「教えてくれないんです」
質問の仕方が下手なだけかもしれないけど、その可能性が高いけど、明確な名前を知らない。鑑定眼を持たない私に判別できるわけもなく、綺麗な石は正体不明のままだ。
「調べられたら困るのかな」
「どう困るんですか?」
「わかんないけど、教えない理由って言ったらその辺りじゃない?」
あのお方は何においても困らなそうだが、そんな石を渡される重圧と混乱ったらない。なんなのか、いよいよ指が重くなってくる。一生わからないままかもしれない謎だ。

ショップを出て、ワゴンで売られるジュースをチェインさんと飲む。
「誕生石とか?」
「誰のですか?」
以外の誰がいるの?」
バカみたいな反応をしてしまったし、言われずとも私はバカなのだが、これについては首をひねる。
記憶違いかもしれないが、私は彼に、誕生月も誕生日も教えてはいないはずだ。それとも憶えていないだけで、いつだったかに言ったのだろうか。私がいい加減ハタチと主張できないことも知られているのだったっけ。前後数週間、あるいはチョイヶ月は許容範囲としたい。予定日よりも早く産まれた、とかそういう話も加味したらなんとかいけるのでは、と思う。
「誕生日がいつか、言ってないんです」
「あ、そういえば知らないわ。いつなの?」
私はタピオカのようなものを噛んだ。
答えたくない。
渋った私の顔を、チェインさんが覗き込んだ。
「語呂合わせしたらヤバい響きになる日?」
「そんな日があるんですか!」
「うわ、そんな反応されるとなんか自分があの銀色のアホと同じ発想したみたいでヤだな。今のナシね」
どの日のどんな響きなのか聞きたかったが、絶対に説明してもらえなさそうだ。
誕生日を言いたくない理由は、すごーくくだらない。苗字と同じだ。
似合わないのである。
ただの日付だし、ただの数字だ。それなのに、くっつくとなぜこんなにも私向きでなくなるのか。数字なのに似合わない。プロフィール帳が流行ったときも、学校で新しい友人をつくるために型通りの自己紹介をするときも、いつだって『意外かもー』と言われたし、星座占いの性格診断が当たったことも数えられないし、誕生花も好みではない。誕生石も、個人的には別のやつがよかった気がする。隣の芝生は青い、ということだとしても、私が私の芝生を気に入らないのは確かだ。
チェインさんが呆れ返った。
「スターフェイズさんとかレオとか、……私に祝われたいとか思わないの?」
「思います!!」
「なら吐きなよ」
噛んで時間稼ぎをしすぎたせいで、タピオカ(……のようなもの)だけがカップから消えた。
「だって、本当にしっくりこないんです」
「日本語と英語は違うじゃない?」
私にとっては喋れば日本語なのだが、表記だけでも、印象が変わるものかもしれない。
こちらの気持ちの揺れがわかったのか、チェインさんは私にペンを持たせ、手帳の空白のページを開いた。英語での日付の書き方も指導してくれる徹底ぶりからは、この情報はもぎ取って帰ろう、という意識が見えた。私の誕生日なんかにそんな価値はないのだけど。
「なんでそんなに?」
「いつになったらハタチじゃなくなるのかが知りたいから」
チェインさんは非情なことを言った。すいません、正直、私もつい最近まで自分の誕生日と現実の日付を照らし合わせるのを忘れていたんです。いろいろありすぎて、日々が精いっぱいなときが多くて、とチェインさんが欠片も聞いてくれない言い訳を述べた。ハタチではなくなってしまう『顔がなければ最高』な私の個性と存在意義はどこにある。できればもうちょっとだけハタチを自称したかった。
彼女はストローをくわえたまま、私の下手くそな字を眺めた。
「うん、似合わないわ」
「英語でもノー採用!」
国際的にも不釣り合いな日付って、ありえるんだ?私は苗字も誕生日もダメで大丈夫なの?
「誕生日がしっくりこないとか初めてなんだけど」
「お願いします、誰にも言わないでください」
「似合わないから?」
「はい」
消沈する私をチェインさんが適当にあしらった。慰めようとはしないところが、ある界隈ではオツなのだろう。私は普通に慰められたかった。
「スターフェイズさんにも?レオにも?祝ってもらえないよ?」
「い、祝われたい、っていうか、祝われたいわけじゃないような……」
祝われるって難しい。誕生日などは、自分から教えるのは押し付けがましいしワガママっぽいけど、訊かれてから言うのも後出しみたいでビミョーだ。祝ってほしいから日付を指差すのではないはずなのに、こちらの感覚に関わらず、知ったほうはその日を祝わなければならないと感じるだろう。おめでとうと言われるのはすごく嬉しいけど、私の知り合いはみな優しいから、絶対に、時間を割いて心を尽くしてくれる。それがとても申し訳ない。忙しいのに。
チェインさんに打ち明けられたのは、彼女が、私が祝わないでほしいと言えば、本当に何もしないでいてくれそうだからだ。変な意味ではなく、私はそんな彼女が好きである。
「でも祝いたいでしょ、だったら」
「祝いたいです!」
「一緒じゃないの?」
私の気持ちと彼らの気持ちが同じ方向だとは考えづらい。
「……あの方々は、別に私を祝いたくはないのでは……」
「自分で言ってて傷つかない?」
「ちょっとだけ」
チェインさんは急に、私のジュースが何味だったかを知りたがった。私が答えると、話が戻った。
は、私とかスターフェイズさんに誕生日を訊かないの?」
知りたさは山々なのだが、これ以上秘密組織の人たちの個人情報を手に入れるといつか消されないか。連絡先と写真を所持するだけでお腹いっぱいだ。
チェインさんが変な顔をした。
「誕生日の日付くらい、日常で使うけど……」
その『日常』の範囲が怪しい。
「じゃあ、教えてくれますか?」
「日を跨いだ瞬間にお祝いメールが来そうだわ」
「そっ、……しますね……」
「するよね」
そんなことしません、とは言えなかった。確実にする。スティーブンとクラウスさんとK・Kさんにはできなくても、チェインさんとレオとツェッドにはする。ザップさんは安眠妨害とか眠れない夜のお邪魔とかの罪で別次元に飛ぶ要求をされそうだから、しない。偏見を直せなくてごめんなさい、ザップさん。
「チェインさんはいつなんですか?」
彼女は抵抗なく教えてくれた。あまりにも簡単に知ることができたものだから、私はびっくりして、ここに池があったら落ちているところだった。
すっからかんな頭に刻みきれなくて忘れてしまうと最悪だ。すぐさま、ケータイのカレンダーに登録する。チェインさんのように手帳を持ち歩くほうがカッコいいけど、そうスマートにはいかない。
「ありがとうございます!」
チェインさんはコクリと頷き、空になったカップを捨てた。時計を見ると、別れの時間が近い。
「服、選んでくださってありがとうございました。嬉しかったです」
「私もレアなモノを貰えて面白かったわ。この世界ではたぶん私しか知らない、って考えると余計に」
私の誕生日のことだ。感想が『嬉しい』ではなく『面白い』であることに切なさをおぼえる。
「そんなに貴重じゃないですよ」
引き換えにいただいたチェインさんのお誕生日のほうがたいへんなものだ。キモい行動は控えるつもりだが、勢い余って誕生花や誕生石やラッキーナンバーまで調べてほっこりしてしまいそうである。本当にキモい。ストーカーを批難できない。バレたら嫌われる。
こちらを見て、チェインさんが口角をちょっとだけ持ち上げた。
「これ、スターフェイズさんなら当てられると思う?」
「当てる?」
に似合わない日付クイズ」
チェインさんが彼にそんなクイズを持ちかけた日には、私が家でどんなぬるい目を向けられることか。彼にとっては正解に一片の興味も湧かぬ話であろう。
「366分の1ですし」
「まあいいわ。それじゃ、また」
「えっ、あ、はい!お気をつけて」
もね」
美人さんが背を向けた。あっさりしている。
私はジュースをもうひとつ買って、ポーッとしてから、チェインさんが向かったほうへ歩いてゆく。見えなくなった背中を追うような足取りだったが、ふらふらしつつも、ちゃんと家に帰ることができた。



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