04


夕食のあとのくつろぎタイムにお酒を飲むことには、いつの間にか慣れていた。ここは家の中で、信頼できる人しかいない。
そうなると、酔わないように必死で1杯のお酒をキープする必要もなくなり、ゆるやかな空気にひたりながらバンシャクに耽ることができる。
とはいえ強くはないから飲むペースはゆっくりだし、ひと口の量も少ない。太るおつまみは控えめにし、スティーブンを待つ。
ふた口も飲まないうちに、自室の扉を閉め、彼はこちらへ戻ってきた。テーブルの、私の目の前にそれを置く。
すぐそこに立ったままの彼は、首を傾げた私に言った。
「これ、君にあげるよ」
それは小箱だった。
「……ありがとう?」
よくわからないまま、とりあえずお礼を言う。
箱は黒色。手のひらサイズで、なめらかな手触りの素材でできている。私はこの感触の名前を知らなかったが、高そうだ、と感じた。
持つと、わずかに重い。底が重厚で、しっかりしていた。
「なにこれ。開けていいの?」
「いいよ」
席に座ればいいのにと不思議がりつつ、ぱかりと蓋を上げる。大口をあけた箱の中で、明かりを反射した飾りがきらりと輝いた。
これがなんなのか、一瞬、理解できなくて真顔になる。一度閉じて改めて開けてみたが、中身は変わらない。
綺麗な指輪だった。
頭の内側で静かに渦潮が巻き始める。大きな勢いに流されかけたが、人間としての尊厳にしがみついて正気を保った。
見上げた顔はいつもと変わらず穏やかだ。目を合わせると、にこりと微笑まれた。秘密組織の事務所やら本部やら何やらでレオに向ける表情と同じだろう。なんらおかしなところはない。
「私の見間違いだったらごめんなさい。……指輪に見えるんだけど……」
「僕も指輪を買ったつもりだ」
まごうことなき指輪である。
細身のリングはつやりと、見事な曲線を描く。この世に完全な円はないというが、これこそが円周率を超越せし存在なのではと思わせる優美さがあった。
半ば埋め込まれるような形で、小ぶりな石が存在を主張する。無色に近い薄青で、角度を変えてみると、細かくきらきらと光った。世界がすべて夜空であったなら、石は己を一番星だと誇れただろう。
指輪本体を支える箱のクッションも大したもので、高級感がうかがえた。
うむ、さらに意味がわからない。
スティーブンは、私の激しすぎる困惑などどこ吹く風、といった様子であった。
「デザイン的には君も気に入ると思うんだ」
確かに、とても素敵だ。
「うん、すごいかわいい」
「そうか。安心した」
安心されてしまったが、問題はひとつたりとも解決していない。
「……なにこれ?」
「指輪」
「だよね!」
見ればわかる。さっきは目を疑ったが、努力して、何度となく観察する。怖くて、触れてはいない。
訳がわからず、答えを求める。
「なんで指輪くれるの?」
「渡したくなったから」
「なんで?」
「前につけてた『幸運の指輪』より、ずっと似合うよ」
「話変わってない!?」
理解可能な領域を超えた。
ケースごと、指輪をテーブルに置く。
どういう意味なのだ。頭のチェーンが外れてしまってタイヤがうまく回らない。油も足りていないようで、私は二、三言、不明瞭な疑問の言葉を口走った。
スティーブンが私の動きを目で追った。
「今なら僕が嵌めてあげるよ」
「……ふぁ?」
「後にするなら、セルフサービス」
指輪を示した人差し指が宙を滑り、硬直したままの私の手に向いた。
嵌めてくれる? なにを?
決まり切った話だ。この流れで、指輪以外のものであるほうがびっくりである。手錠くらいしか思いつかない。
彼が、私に、指輪を嵌める。嵌めてくださる。
予兆もなく、前触れもなく、虫の知らせもなかった。不吉なことではなさそうだ。嵌めた瞬間に毒針が飛び出して死ぬ、などの罠でもあるまい。殺される理由が見当たらないので、そう信じたい。
じゃあなんで。
理由を考えたとき、思いつくのは、私への罪深いいじりだ。私は幾たびも彼につつかれ転がされ、遊び倒されてここまで来た。彼はレオの前ではどこか(……チェインさんいわく)無邪気なくせに、私に対してはあざとさと作為とヨユーの権化となる。
するとこれも遊びの一環か。私の反応を見ているのか。狙って色気を醸し出し、懲りず飽きず慣れない私がもんどりうって胸を押さえる姿を面白がるのと同じように。
やはり、罪深い男だ。
察してしまえば動揺もおさまる。
冷や汗も忘れるほど戸惑ってしまったが、よく考えると良いシチュエーションだ。指輪をプレゼントされ、嵌めてもらえるなんて、もう、まさにお約束。それも、スティーブンに。とても好きな人に!通常ならば考えられるはずもない格別な時間となるだろう。
なんだ、そっか、遊びか。安堵したような、ものすごくがっかりしたような。ハタチの乙女の複雑な気持ちだ。
「うーん、わかった!じゃあ嵌めてほしい」
「どっちの手の、どの指がいい?」
再び思考が停止した。
「……え?そこまで指定していいの?」
「うん」
記憶をたどり、ある場面の会話を思い出す。胸がドキドキしてきた。
手を持ち上げる。
「え、じゃあ、ひっ、左手の薬指とか言ったら、嵌めてくれるの?」
「もちろん」
「ふぁー!!」
持ち上げた手を急いで頬に貼りつけた。真っ赤になっている。いじられているとわかっているのに恥ずかしい。そんなに簡単に頷いていいのか。それこそ安売りしすぎなのでは。
いや待て。
彼にとっては、左手の薬指などは単なる一本の指である可能性も否めない。なんの意味もない凡庸な指だ。折られて困るか困らないかで物事を判断していそうな気すらする。照れる私がおかしいのか?
だけど、照れないわけがない。
自分から訊いたのに、簡単に頷かれた衝撃に負けてしまった。左手の薬指は大切な指なはずだ。……一般的には!
彼にそのことを教わってから(……左右のどちらかが大切だとは、憶えていたけど)私が左手の薬指を特別視するようになったのがわからない男でもあるまい。特別視というほど注目もしてなかったが。だって、使い道がない。
その指に抵抗なく『指輪を嵌めてやる』と言えるとは、恐ろしい人だ。レベルが違う。
ドキドキはしている。自覚できる。指輪をくれたことは素直に嬉しい。嵌めてくれようとしている過剰なサービスも、喜びで死んでしまいそうだ。されたい。実にされたい。すごくされたい。してもらえたら泣いちゃいそうだ。今は夕食のあとのくつろぎタイムで、特にオシャレもしていない平々凡々な1日の夜ではあるが、彼が彼であるというだけでどんな場面もロマンチックなものに変わる。胸は高鳴り、脳はトキメキの麻薬で堕とされる。私が狂っているのではない。
嵌めてほしい。めちゃめちゃ嵌めてほしい。スティーブンに嵌めてもらいたい。
しかし、遊びにしたって、なんでこんなことを言い出すのだろう。
悩む私に、スティーブンが笑いかけた。私は、まるで自分がとんでもない駄々をこねているような錯覚に陥った。私が悪いのか?
しゃがみこみ、膝をつき、彼は私の視線をすくい上げる。言い聞かせるような、なだめるような、褒めるような声だった。
「永遠に答えが出なさそうだ」
「すいません……。なんかよくわかんなくて」
「うん。僕も、君にわからないように言ってる」
「相互理解を心がけてもらえると嬉しいです」
心がけてもらえないと、私は彼の言葉を理解できなくなってしまいそうだ。現に今、理解できてない。
どっちの手でもいいと言いつつ、彼は私の左手をとった。
「深く考えなくていい。さっき君も言ってただろ。たとえば君が僕に指輪を贈られたとしたら、君は左手の、親指か、人差し指か、中指か、薬指か、小指か、5本のうちのどれに嵌められたい? パッと思いつくのは?」
「薬指」
「じゃあそうしよう」
他意なんてどこにもないようなやり方で、スティーブンは私に指輪を嵌めた。駅でハンカチを落として、『落ちましたよ』と手渡されるのとそっくりなあっさり具合だ。
それがとんでもなく自然だったので、私は自分がぐるぐると考え込んでいたのがバカらしくなった。慣れないことをするものではない。
スティーブンが、にこりとした。
「助かるよ。実は、君の左手の薬指のサイズでつくらせたんだ」
「そうなの?なんで知ってたの?」
「君は自分の発言をもう少し憶えててくれ。……実際に確かめたから、間違いはないと思うんだけど」
スティーブンに言われたことなら憶えているのだが、自分の話となるとちょっと。普段、頭を使って会話をしていないことがバレバレだ。
「きつかったりゆるかったりしないか?」
手を握って、開いて、指輪の位置を調整する。『幸運の指輪』なんかメじゃないくらいのフィット感だ。
「ぴったり」
「そりゃよかった。じゃ、失くさないように」
「うん」
有耶無耶にされてしまったが、これって本当に、なんなんだろう。
「呪いが消えたお祝いとか?」
「あ、それいいな。それにしよう」
「逆に傷つく!大切にします!」
ホントに意味がわからない。
不満が瞳に表れたか、スティーブンはこちらの手の甲を指で撫でた。くすぐったかった。
「僕から贈られたからって、大事にしすぎて箱ごと部屋にしまい込む、なんてのは勘弁してくれよ。バイトのときは無理かもしれないが、指輪なんて、つけられなきゃただの輪っかだ」
「う、うん。なくさないようにする」
なくしたらヤバい。頭を下げても下げ足りない。失望されるかもしれない。恐ろしい、幸福な爆弾を渡された。先回りされたので、つけずに保管しておく選択肢もなくなった。
落としたり見失ったりしなければいいだけの話だけど、自分を信じる気にはなれない。こういうのは貴重品から消えてゆくのだ。左手の薬指が重い。
「ねー、なんでくれたの?」
それも、嵌めてくれるオプションつきで。
「なんとなく」
「私がヨコシマな気持ちで『左手の薬指!』って言ったらどうしたの?」
「嵌めたよ」
「嵌めたの!?えー!すごい。もらえるだけでも嬉しいのに、そこまでしてくれるの?」
「あれは嬉しそうな顔だったか?」
「だって、混乱するよ!指輪だよ!指輪だよ!?もー!」
手を見下ろし、きらめきを目に近づけたり遠ざけたりする。時間を置くと平静になれた。
「つけてくれるところ、もっとしっかり見とけばよかった!」
飛び上がるくらいにエクセレントな場面だったのでは、とようやく気づけた。
「もっかい……」
「そう簡単にはやれないよ」
「確かに、ポンポンやってくれるほうがヤバいかも」
精神の均衡が崩壊しそうだ。
指輪は、おとぎ話のように、即座に私の指の一部となるわけではなかった。まだ煌めきだけが浮いている。
しかし大きさはドンピシャで、飾りも可愛い。すぐに慣れるだろう。
幸運の指輪とは違う高揚感が私の心を内側から押し上げた。
「ありがとう!くれた理由はよくわかんないけど。嬉しい!……嬉しい顔になってるよね?」
「うん」
初めての親友を得た子供みたいな顔をしていそうだ。嬉しくて、幸せで、楽しみで、ずっとこうしていたい。たくさんの気持ちが混じり合って肋骨が折れそうだった。胸を押さえた。心臓には強く生きてほしい。
「いつもつけてていい?」
「いいよ」
「……これはスティーブンからもらったものだから、スティーブンの気配がヤドっているとするじゃん。となると、これをつけたまま寝ると、スティーブンと一緒に寝てることになるのでは!?……うっ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。寝るときは外そうかな」
「身につけてたほうが失くさない」
ごもっともである。寝起きの自分はいつも以上に信用ならないので、つけておくことにした。
「呪いが消えたお祝いだとしたらさ、私もスティーブンになにか贈りたいんだけど、なにがいいかな?」
明らかに私の言葉に乗っかったとってつけた理由だったが、実のところを話す気がなさそうな男を相手にゴネても無駄だ。どうゴネたって受け流されるに決まっている。物品を見ても態度を見ても、悪いことではなさそうだし、言いたくないのなら追及しないでおこうと決めた。最後の餞別とかだったらどうしよう、とはちょっと思ったが、彼は別れ際にプレゼントをするタイプではない。すっぱりきっぱり、竹を割ったような気持ちのいいお別れ具合である。そしてたまに、私のような悲劇のヒロインぶった女が納得しかねて泣きわめくのだ。
「欲しいって言ったら、何を用意してくれるんだい?」
「えー?」
言われてみると、思いつかないかもしれない。
アクセサリーはお仕事やお付き合いの邪魔になるだろう。いちいちつけ外しするのは手間だ。律儀で優しくサービスのマメな彼は、私の前では身につけてくれそうなのだが、だからこそ余計に申し訳ない。
日ごろの感謝を込めたお手紙なんかもアホらしい。親孝行や色紙の類でもあるまいに、そんなものを渡してどうするのだ。永遠のクロレキシというものになる。
食べものあたりが妥当か、とも考えたが、色んな意味で高レベルなこの社会人は、各所でおいしいものをたくさん食べているだろう。自宅ではヴェデッドさんのご飯を口にし、自らもキッチンに立つ。変哲もない(……私からすると変哲まみれの)食材から生み出されるお料理の数々は、私がイメージする『男の手料理』のテンプレートを突き破った。
質のいい贈り物ばかりされていそうだ。手が出せない金額のものもあろう。
そんな中、私にできることはなんだろう。
「あ!ねえ、『プレゼントはわたし』っていうのは? 私、なんでもするよ!いらないと思うけど、肩とか揉みますし。いらないと思うけど、えーと、……えー……癒し効果……はないし……」
ひねり出せなかった。
「なにもできない……!!」
自分の取り柄がまったく見当たらなくて愕然とした。
「ご、合コンは盛り上げられます」
「君と僕が並んで合コンに参加してどうするんだ」
「とりあえずスティーブンは大漁そう」
やろうと思えば、男子勢を全員泣かせる結果にできそうだ。経験が違う。
「どうしよ、私、なんにもあげられないかも。ごめんなさい、思いつかない。私ってなに?スティーブンになにかコーケンできてる!?」
勢い余ってスティーブンの手に触れてしまったが、すぐに我に返って事なきを得た。急な接触はよくない。
それを見て、彼はしみじみと言った。
「何も贈らなくていいし、おかしな気も回さなくていいんだけど、何かしてくれるっていうなら、もう少し度胸をつけておいてくれると嬉しいなあ」
「度胸?」
「うん。度胸」
「わかった」
どうやってつけるんだろ、と不思議になったが、それは自分で見つけるべきか。苦しい修行が必要だったら大変だけど、これまでの彼の苦労を想うと、彼の欲しがるものはささやかだ。
「でもなんで度胸?」
「僕の都合。待つつもりだったのに、少し焦れったくなってきたんだ。ほら、あれだ。初めて入るトラットリアで頼んだ料理が思ってたよりずっと美味かったりすると、次のメニューがいつ来るのか、もどかしくなるやつ。厨房に押し入って味見したら出禁になるから、僕は料理が来るまで待つしかないんだ。でも、催促を入れるくらいなら『客』の範囲内。だから催促してる」
「どこに私の度胸が関係するのか全然わかんない。次のメニュー?を出せばいいの?」
「そう」
「それってなに?」
「度胸がついてから話すよ。今の君はたぶん椅子から落ちる」
「椅子から!?度胸の問題かな!?」
度胸がついても落ちるものは落ちるのでは。体良く断るスキルのひとつだったりするのか。
しかし、社交辞令であっても求められたのだから、やらなければならない。スティーブンからの要求は稀だ。私はたくさん幸せをもらっているというのに。
お返しができて、それ以上に何かを贈れるなら、度胸くらい鍛えてみせようではないか。
強く頷いて引き受け、すぐ強くなるから、と言って指輪のある手を握りしめた。彼は「待ってるよ」と応じたが、期待していなさそうな顔だった。
「ね、ね、もっと私に期待……」
それにムッとした私が言い終えるより早く、膝をついたままの彼に持ち上げられた、左手の、指の付け根に唇が触れる。
反射的に身体が逃げ、椅子が鳴った。体温が急激に上昇する。水銀体温計が割れそうだ。
「あ、あの、これは」
私の脈動が移ってしまったのか、指輪までが熱を持ち、鼓動に合わせて私を苛んだ。
「ほらな。期待しないで待ってるよ」
「……そ、そうしてください」
期待して!とはもう言えなかった。負けは負けである。



後日。
レオと会うと、彼は非常に驚いて、私の手が今にも破裂しそうなバルーンで、自分の手が縫い針であるかのように慎重な態度をとった。
「そ、それ、指輪ですよね?」
「うん。スティーブンがくれた」
「……えーと、なんでですか?……その……」
「はっきりは言ってなかったけど、呪いが消えた記念、でおさまったよ」
「……記念で、左手の薬指ですか?」
軽く頷く。
「どこにする?って訊かれたから、ここがいいって言ったら嵌めてくれた」
「そこがいいって言ったんですか」
「うん」
また、頷く。レオの困惑は私が抱いたパニックに似ていて親近感がわく。
「最初はわけわかんなくて混乱してたんだけど、深く考えなくていいって言われたから、本能に任せてしまいました」
「それで、嵌めてくれたんですか。スティーブンさんが」
「自然で、スッ……、て感じでカッコよかったんだよ!録画したかったなー。毎晩見るのに」
「不健康な習慣ができそうですね」
「心は癒されるよ」
最初から最後まで通しで見られるかは疑わしいが。途中でリタイアしてしまいそうだ。癒されすぎて気力と興奮が大気圏を突き抜け、燃え尽きてしまうかもしれない。
「もう一度訊きますけど、スティーブンさんが、さんの左手の薬指に指輪を嵌めたんですよね?」
レオが、私の指を見たので、手ごと指輪を差し出した。
彼は失礼にならないよう気をつけているのか、パッと目をそらした。
「あの、それって……オーダーメイドって言ってたんでしたっけ?」
「つくらせた、とは聞いたけど、オーダーメイドなの?」
「オーダーメイドでしょう……」
そう思うと、いくらくらいなんだろう、と下世話な疑問がわく。訊いたりはしないが、私とレオの感覚は同調し、ゼロの数を考えた。相場がわからない私には(……パパのところでは値段なんて見なくてよかった)、答えは出せない。
「えーと、3回目ですけど。その指輪を、さんの左手の薬指に、スティーブンさんが嵌めたんですよね?」
「うん。オプションサービス?みたいな?」
「それで、さんはバイト以外ではずっとつけることにしたんですか」
「なくしたくないし、つけててって言われたから」
「言われたんですか」
レオの声は、会話が進むごとに乾いていった。
「それに、なんかね、つけてるとドキドキして、見るたびに幸せになれるんだ。プレゼントってすごいね。ブレスレットもそうなんだけど、指輪のほうがよく目に入るから余計にかな」
「そーかもですね。つけてたほうがいいですよ。似合ってます」
「ありがとう! いじられてるだけかなってがっかりしたとこもあるけど、スティーブンからの指輪だから、やっぱりすごい嬉しくて。単純だよね」
「でも、特別なものですよね?さんのためにつくられた指輪ですよ。いじるためだけにそこまでします?」
「それは引っかかるんだけど、理由がわかんなくて。スティーブンも『渡したかっただけ』って言ってたし、私もときめいたし……。私が知らなきゃいけないことなら、あの人はちゃんと教えてくれそうじゃない?」
レオが呟いた。
さん、丸め込まれてるよ……、こんなの絶対おかしいだろ……、おかしいよ……、騙されてるよォ……」
おそばをすすった私にはよく聞こえず、聞き返しても青い顔で首を振られる。震えの走る、保守的な沈黙だった。
なにか、ヤバい話なのだろうか。
くれた本人に向かって話を蒸し返すのも、タイミングを逃してしまったし、私に真相を見抜く洞察力や発想力があるとも、どうにも思えない。
レオの反応で、ちょっとだけ左手の薬指が怖くなった。
私の頭脳が呑気だと知る彼が、私に天才的なひらめきと推理力を求めるはずがない。求められても応えられない。自分で自分を評価しながら泣きたくなった。
ハタチの女の数々の愚行を観測済み、理解済みの彼があえて教えようとしないのだから、これは知らなくても問題のないことなのではないのか。
「私、またバカみたいなことになってる?」
眉尻を下げると、レオはきりりと表情を引き締めた。
「これは、さんは悪くないです」
「うん」
えーと、と少年が言いよどむ。棘も綿もない言い方を探したようだった。
しかし、やがて、彼はすべてを放棄した。
「……大事にしたほうがいいですよ、指輪」
ものっすごく投げやりな答えだった。年下にも見捨てられてしまったのではないだろうか。こんなに人間味豊かで寛容なレオに匙を投げられてしまうと、もう、取り返しがつかない気がする。
大事にします、と心の中で、薬指のリングに向かってぬかづいた。



0825