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私は今日も今日とてソファで昼寝。昼寝というよりもはや夜寝である。
ヴェデッドさんのご飯をたらふくいただき、一緒に片付けをして彼女を見送る。お子さんについて、いくつか話をしてくれた。彼女は子供のことをすごく可愛がっている。いい家庭っぽい。喧嘩とかはするのかな。子育てしてたら一度はありそうだけど、ヴェデッドさんが怒るところは想像できない。普段穏やかな人が爆発すると怖いというが、どうなのか。
そんなことを考えていると次第に頭が重くなり、ずるずると肘掛けまで背もたれを滑って眠っていた。

喉が渇いて目を開けると、部屋は明るいままで、テレビがついていた。つけた憶えがないので、あっ、と起き上がる。
すぐに動きを止めた。
反対側の肘掛けに腕を預けるようにして、その男は眠っていた。
「……えっ、なに……夢……?」
私は邪念と恋心のあまり錯乱した夢を見ているようだった。
何度よくよく見てもまぶたは下ろされ、まつげはぴくりとも震えない。唇は薄く開く。呼吸で胸がゆっくり動いて、姿勢は絶妙なバランスで保たれて崩れない。
よほど疲れているのか。
表情は比較的穏やかに見える。少なくとも、ザップさんの夢は見ていないようだ。
私は息を殺し、気配を殺し、そっと立ち上がった。スティーブンの目の前にしゃがみ込み、顔を見上げる。寝ている。
ノーミソ空っぽなりに気遣いを見せ、スマートからは程遠い動きで、自分にかけていたブランケットを彼にかけた。ものすごい緊張した。起こしたら悪いし、自分のしたことが恥ずかしくてならない。うまくいかないものである。要領よく、余裕ぶって済ませたいのだが。
いつ目を開けるかわからず、空気を動かすのにも抵抗がある。今すぐ姿をかき消して、こっそり部屋を暗くしてあげたい。ここで考え至ってリモコンでテレビを消した。部屋が静まり返り、私の心臓の音が大きくてうるさくなる。
(もしかして、初めて見る?)
貴重も貴重、レアもレア。こんな姿見たことない!今さら気づいてひっくり返りそうになった。
これは、今ならなにをしてもバレないのではなかろうか。
悪戯心と汚れた気持ちが湧き上がった。理性で必死に抑えつける。加えて、言ってみてもしたいことはなにも思いつかない。私という人間は常に小規模だ。起こしてしまいそうでもあるし、凝視するだけにするとしようと決めてさらに身を小さくする。
しかし、他にできることはないか。見ているだけというのも野次馬のようで気が咎める。
辺りを見回し、ふと、放置していたスマホを引っ張り寄せる。
明かりをつけ、カメラを立ち上げた。
音を最小限に抑えようとスピーカー部分を指で強く塞ぎ、ピントを合わせてシャッターを一発。ついでにもう一発。角度を変えてあと数回。我ながら素晴らしい出来だ。色々な意味で高く売れそうである。
電話をソファに置く。ため息をついた。起きていても眠っていても目に毒だ。

どのくらいそうしていただろうか。
足が痺れて如何ともし難くなり、諦めて立ち上がる。ここでよろめいてソファに倒れ込む、なんというのだったか、確か、ラッキースケベ、なる現象が起きてもよさそうなものだが、実際にはそううまくはいかない。ふらつきひとつなく、彼より高い視点に戻る。
いつから眠っていたのかは知らないが、あまり長くこうしているのも身体に悪いかもしれない。しかし起こすのもしのびなく、腕を組む。
そーっとソファに座ると、隣でスティーブンが身じろぎした。ぎくりとして反対側に避けた。
低い声が呟く。
「……悪用しないでくれよ」
「ヒッ」
今度こそ遠慮なく飛び上がった。写真の話に他ならない。悪事は初めから露呈していたようだ。
「ご、ごめんなさい」
「構わないけど、……そんなの撮ってどうするんだ?売るのかい?」
「売らないよ!物騒な!」
頭をよぎりはしたのだが、黙っていればわかるまい。
スティーブンはうんと伸びをした。ぱき、と関節が鳴った。
「これは……その……、出来心で」
「見ていて楽しいものじゃないだろ」
「楽しいよ!」
「そういうものかい?」
「好きな人の写真ですからね」
「ああそう……。君の恋は大変だな」
「ほんとだよね!」
恋されてるとわかっていてのその悠然っぷりがまた小気味よい。
スティーブンは「かけてくれてありがとう」とブランケットをたたんでから私の膝に置き、ポケットに手を突っ込んだ。彼の、ビジネス用なのかプライベート用なのかわからないスマホが顔を出す。使い分けがされているのかな。デキる大人というやつか。
何気なさそうに私の顔を見た彼は、「ああ」とのんびり自分の目元を指差した。
「まつげに何かついてるよ」
「え、全然気づかなかった。左?」
「逆」
指で払う。
「取れた?」
困ったように眉根が寄せられた。
「取れてない。いいよ、僕が取るから」
「すいません。タダですか?」
「タダだよ」
目を閉じるよう促され、その通りにする。
「あ!これこのままキスする流れになる?」
「ならないんじゃないかな」
「だよね!」
「動くと目に指が刺さるよ」
「刺さないで!!」
スッと手が離れ、まぶたの裏が明るくなる。もう平気?と口を開こうとして、閉じた。無味なシャッター音が響いた。
「……は?」
スティーブンはスマホの画面と私の顔を見比べた。おそらくどちらもしまらないものだ。それを見て、チョー失礼なことに、スティーブンはけらけらと私を笑った。
「あんまり人を信じないほうがいいよ。今の流れでなぜ目を閉じるのかが僕にはよくわからない」
「いや、私悪くないでしょ」
言語能力を失いかけたが、かろうじて虚無の淵から這い上がる。どう考えても私は悪くない、……はずだ。
盗撮した仕返しなのだろうかと反応を決めかねて言葉を待つ。スティーブンは画面を私に見せつけた。もっと可愛いプリクラスマイルも浮かべられるのに、なにゆえこのような画像が記録に残ってしまうのか。
「消して消して!どうせなら笑顔を撮ってよ!それで私の笑顔を持ち歩いてよ!」
「やっぱり写真で見る面白みがわからないなあ」
「たぶんそれはあなたが私を好きじゃないからじゃないかな!?自分で言ってて傷ついた!」
「言わなきゃいいのに」
自分と認めたくない水準の一瞬を切り取られたので、わあわあとしつこく食い下がる。異世界人というそれなりのレアリティは誇れるものの(……そうでもないか)、彼の姿と私の姿では価値が天と地ほども違うのである。
大切な端末に手を伸ばすわけにもいかない。「ねーえー」と事故写真の消去を迫ると、スティーブンは長い腕を高々と掲げてスマートフォンを私から遠ざけた。
「ああほら、消したよ。持っていても仕方ない」
「そりゃそうだわ」
「帰って来れば君の顔なんて腐るほど見られるし」
「否定できないけどその言い方は心外です」
「実物のほうが面白いよ」
「はあ……、どうも……」
褒められている気がまったくしない。
「……私は消さないけどいい?」
君も消せと言われると、悲しみともったいなさで奥歯を噛み砕いてしまいそうだし、これは『度を越えたアイドルファン』の行動に似ていてキモいのか?と申し訳ないことを覚ったが。
スティーブンは寛容だった。
「どうぞ」
一安心である。
「やったー!ありがとう!いつかもっとたっぷり、飽きるほど寝顔を見せてね!」
「さて、夕飯でも食うか」
「華麗なる無視!」
食べてなかったのか。
ひざまくらに頬ずりをするパパに似た気持ち悪い笑顔でスマホをひと撫でし、腰を浮かせる。できるだけ唇を引き結んで、私も彼の夕食の準備を手伝った。



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