11


体温を計る習慣はここに来てから消えていた。日常がめまぐるしく、頭がそちらに回らなかったのだ。
安定した精神を取り戻してからやってくるとは、人体というものは実に不思議だ。

正体不明の気だるさがのしかかる。食欲はふるわないのについ食が進み、常に空腹を感じる。しかし身体は重く、気分も、訳もなく不安になったり落ち込んだり、私らしくなく浮き沈みが激しい。
下腹部の痛みを感じて気がついた。
久しぶりのアレだ。
月1の周期ではなくなって楽さに喜び、いつの間にか忘れていた。
腰が重い。しかし部屋から出ないわけにはいかないので布団の下で身じろぎするが、久しいあまりに具合の悪さが増大したのだろうか。ヴェデッドさんやスティーブンのつくる食事に間違いがあるはずがないので、運動のない堕落した生活のせいか。今までにここまでだるかったことはない。お腹も痛い。私は本番よりも事前が一番つらいタイプだ。
出るに出られずうずくまっていると、部屋のドアがたたかれた。返事をしたが、遮音性の高いドア越しに声は聞こえるのかな。
家主がひょいと顔を覗かせた。
「おはよう。寝ていたら悪いね。起きてるかい?」
「うん」
起き上がらずに手と顔だけ出す。
彼は着替えを済ませ、あとは出るだけだ。きちんと整えた身なりが、パジャマ姿で顔も洗っていない自分と対照的で眩しい。
「具合は悪くないかな」
「……そっちは?」
「違和感があってね。もしひどいようなら知り合いをつける。連絡してくれ」
我慢できなくなったら病院に連れていってくれるのかもしれない。
彼は無造作に、こちらの額に手を当てた。ドキドキよりも安心感が先に来た。
「知り合いって?」
「部下」
厳しい人でなければいいな。レオレベルの温和さがいい。スティーブンくらいの安定感(……安定感……?)とヴェデッドさん級の包容力、レオ基準のほのぼの感に癒されたい。そんな完璧超人がいるのなら、一度はお目にかかりたいものだ。私の周りには条件の良すぎる、ある意味でずるい性格の人たちが揃い踏みで、評価の目が厳しくなる。
話を終えると、彼は短く「お大事に」と毛布をかけ直してくれた。ふっとその手を掴まえる。当人比で、きょとんとされた。
自分でも自分の行動の理由が判別し難い。人恋しくなったのかもしれない、と漠然と考える。体調が良くないときは人の気配が鬱陶しい場合と恋しい場合があるが、今日は恋しいほうだった。
「もうそろそろ、僕、行くよ」
「だよねー。……ごめんなさい」
名残惜しいが手を離す。冷え性かなと思わせる少し体温の低い指先の、男性らしいのに繊細そうな感触を、離したくない。完全に恋しい。
しかし時は止まらず、ふたりの手は離れた。
片手を持ち上げて振った。
「いってらっしゃーい」
彼は怪訝そうにして、同じように手を持ち上げて出て行った。
ひとりになると不安がこみ上げる。
ここは男の一人暮らし。ホームパーティーなどは開くことがあるらしいが、女の月1事情への配慮は皆無だろう。必要がないのだ。当たり前である。
頼みの綱のヴェデッドさんは、子供が熱を出したらしく今日1日はお休みだ。
私、大丈夫かな。

便利な薬もないので、眠気に任せてひたすら眠る。
お昼過ぎに起き、少し楽になった身体を引きずってお水を取りに行ったとき。
大丈夫ではなかったことを思い知った。
あ、これダメだ。確信する。なにも起こってはいないが、何年もこの感覚と付き合ってきたのだから予知できる。
誰かに助けを求めなければ。このまま放置するのはとてもよくない。明日の朝まで救いがないし、たぶんそれでは間に合わない。ヒイッ、と声が漏れた。
もっとも信頼する相手は、この場合、最高に頼れない人物である。色々な意味で無理だ。精神的に私が死ぬ。ヴェデッドさん以外に、理解ある知り合いがいない焦りが私の手のひらを湿らせた。
頭をぐるぐる回転させる。スティーブンに電話して、部下の人を呼んでもらうか?だが女性でお願いしますとは言えたものではない。察しの良いヒャクセンレンマの男は気づくかもしれないし、そうなると私が羞恥で潰れる。
しかし彼しか頼れない。
スマホのアドレス帳を開き、拒否感と現実の両ばさみになって逃げ道を探す。
(……ん?)
登録一覧を見て、目を瞬かせた。スティーブン専用かと思ったら、もうひとりいる。
(あ、そっか……、あのときに)
こんなことで頼るなんて、忙しい彼女には迷惑だろう。けれど形振り構っていられなかった。あの慈愛に満ちたような心配の色を思い出す。指が電話番号をタップした。
コール音は無機質だ。心臓が痛いくらいストレスがかかっている。
電話は5コールもせず繋がった。
「あ、もしもし?久しぶりね!どうしたの、ちゃん?」
「K・Kさん……!」
変わらない態度は、頼れる姐御そのものだった。


珍しく、K・Kが本部で昼食をとっていた。食に困るレオナルドに、物騒なストリートで流行る食事をテイクアウトして来たのだと言った。
レオナルドのみならず、ほぼ常駐するクラウス、ギルベルト、匂いにつられたザップがいるので、昼時にも関わらず室内は賑わしい。
スティーブンは喧騒と同じソファに座り、通勤途中に買った昼食を片付ける。食後にマグカップを傾け、全身、特に下半身のしまらなさに意識を向けた。
集中しているときはそうでもないが、頭の隅に不快感がこびりつく。あの同居人は、今度はいったい何を拾ってきたのか。疲労は伝わらないはずなので、実際に体調を崩しているのだろう。
朝、起き上がってすら来られなかった姿がスティーブンの頭に浮かぶ。ぐったりして顔色も悪かった。また風邪かと疑ったが、触ったところ熱はなく。
「あっテメ、それは俺の肉だろうがよ!」
「何言ってんですか、僕のですよ!」
「コーハイはセンパイに快く譲るもんなんですぅ。社会の常識がわかってねえヤツだなーレオナルドちゃんはぁ」
「どんな常識ですか!」
ザップの手から、プラスチックのフォークが飛んだ。
「ザーップ、うるさいぞ」
「うげっ、スンマセン……」
銀髪は懲りずに小声で後輩に噛み付いた。
「なんで陰毛のせいで俺が怒られなきゃなんねーんだよ!」
「どう考えても自業自得だろ!?」
連絡でもしてみようか、と電話の画面を光らせる。電話かメールか逡巡し、メールを選んだ。
ストローから口を離したK・Kが、ポケットから、スティーブンと同じように電話を取り出す。画面を確認し、目を丸くしたのち、「やだ!」と嬉しそうに叫んだ。全員の視線を受け、K・Kは携帯電話を耳に当てた。
「あ、もしもし?久しぶりね!どうしたの、ちゃん?」
奇しくもそれは、スティーブンが意識を向けていた彼女の名前だった。
「元気だったかしら?もう具合は……、あら、うん……、そうなのね」
徐々に真剣な声音に変わっていく。目を向けていたスティーブンには、表情の変化もよくわかった。
K・Kは横目でスティーブンを睨みつけて席を立った。窓際に寄り、枠にもたれて表情を和らげる。ちなみに、スティーブンには何もした覚えがない。
電話を切った彼女はテーブルに戻り、「ちょっと出てくる。すぐ戻るわ」と言い残して部屋を出た。
「……何したんスか、スターフェイズさん?今の、おたくのアレッスよね?」
「そうみたいだな。というか、彼女はK・Kの連絡先をいつ知ったんだ? どう思う、少年」
「え!?い、いや、わかんないですよ……」
「そうだよなあ。僕にもよくわからん」
スティーブンは、手元のケータイ電話をポケットに入れた。しかしコーヒーをひと口飲んで思い直し、閉じたばかりのメール作成画面を呼び戻す。様子を訊ねる文面を短くつくって送信してから、今度こそしまいこんだ。
「なんで姐さんなんスかね」
「あ、確かに……。スティーブンさんに連絡しそうなイメージだったんですけど」
ザップが指についたソースを舐める。
「あん?ンだよお前、会ったことあんのか?」
「ええまあ、ついこの間」
にやああ、と唇が開き、口角が持ち上がった。
「なあオイ、どんなカンジだった?美人か?巨乳か?イイ女か?尻は?ワンチャンありそうか?まー、童貞クンにゃあ難問かもしれねーが、俺くらいになると見りゃあだいたいが……」
「ザップお前、僕の前でよくそういう話ができるなあ。……クラウスもいるんだ、あんまり騒ぐなよ」
「ホントですよ、ザップさん」
レオナルドがザップから距離を取った。紙カップからジュースをすすり、ずご、と音を立てて口を離す。
「良い人ですよ。面白いし、ちょっと気を遣いすぎる感じはしますけど、すぐ仲良くなれました。ザップさんが会ってもミジンコほどもチャンスないですから、余計なことしないでくださいよ。あの人、ちゃんと好きな人がいるんですから。……えーっと、そうですよね、スティーブンさん」
「少年からそう見えたってことは、そうなんじゃないか?」
柳のように受け流される。
頭の後ろで腕を組み、椅子の上で尻を滑らせ、ザップは大きく足を上げた。レオナルドに顔を近づける。スティーブンは、返事のないメールを確かめた。
「異世界から攫われてこの人に引っかけられちまうっつーのが」
「ザップさん!」
「思うだろォー。なんつってもあの番頭だぜ」
「ホントにやめてくださいよ……。ていうか言うならひとりでやればいいじゃないですか!」
「バッカひとりで話してても意味ねーだろ!?」
「もーマジで脚の骨折らないかなー」
「ザップ、全部聞こえてるぞ。声がデカい」
「コイツが聞きたいつって」
「もーリアルに突き指したらいいのに」
レオナルドがザップの足を踏んだ。踏み返され、ドタバタとうるさくなる。
しかし、と少し前のやりとりには同意した。
なぜ彼女は自分ではなく、一番にK・Kを頼ったのか。
「僕に言えなくて、言われたK・Kに睨まれるようなこと……」
優秀な頭脳を持ってしても真実は遠い。
切れたコーヒーを注ぎに腰を浮かせたところで、出たときと同じように激しい勢いでK・Kが帰還する。
彼女はツカツカと靴音を立て、スティーブンの背を殴るように手提げ袋を押し付けた。マグカップを手離して両手で受け取る。中身はこれまた黒い袋に包まれているようだった。
「なんだい、これ?」
「開けたらマウントで殴って小指を折るわよ」
「ますますなんなんだ」
もう片方の手にあった紙袋も押し付けられる。こちらも中が見えないよう、口がかたく結ばれていた。触り心地は硬い。
「僕にプレゼントするならもう少し……」
「誰があんたに。ちゃんによ。帰ったら絶対に渡しなさい。開けたら折る。彼女が寝てても、無理にでも渡して」
「それは、まあ。……彼女に何かあるのか?僕も今朝からだるいんだが、それに関係がありそうかい?」
「は?あんた、だるいの?」
「ああ、でも支障があるほどじゃないよ」
K・Kがスティーブンの前でぽかんと口を開けることは稀だ。
破裂するように、美女が腰を折って腹を抱えた。
「嘘でしょ?ホントに!?」
「本当だよ」
訳がわからず眉をひそめる。K・Kは疑問には答えず、息を引きつらせた。
「ひー!やだレオっち!私の幻聴?」
「え、いえ、僕にも聞こえましたけど……」
「もぉ、なによそれ。この呪い意味わかんない。涙出ちゃった。まさかあんたがねえ」
パワフルな同僚はかつてなくスティーブンに親しげだった。
「K・K、そろそろ説明してくれないか?全部知ってるんだろ?」
「いやよ。でもひとつだけ言っておくと、そのうち治るわ。ちゃんは悪くないから責めないでよ」
「もちろん、そんなつもりはないよ」
「ならいいの。確実に、渡してよ。今日はできるだけ早く帰って」
「帰れそうならそうするよ」
K・Kはたおやかな手で荷物を叩いた。力は強かったが、スティーブンはよろめいたりはしなかった。
K・Kがふてくされた顔で囁いた。
ちゃん、『寂しい』って言ってたわよ」
「彼女が?」
「そうよ。ああもう、なんで私がそばにいてあげられないのかしら!」
愛情深い美女は、心底から悔しそうにした。


明かりの見えない自宅は、彼女がまだ寝ていることを示していた。
K・Kの押しを同室で見ていたクラウスに強く押され、残業を早い時間で切り上げた。彼女を心配するクラウスの表情を見てしまっては、善意を断り切るのは難しい。決して退かないという真剣な顔を向けられたのもあり、落ち着かない気持ちで家に入る。ヴェデッドはおらず、ソファで眠る女の姿もない。しんとして人の気配の感じられない屋内に水音を響かせると、まるでひとりで暮らしていたころに戻ったようだった。
荷物を提げたスティーブンがドアをノックしても返事はない。やはり寝ているようだった。
室内は暗く、自分のものではない香りがする。

声をかけて、顔を隠す髪を手で避ける。彼女は見間違いようもなく熟睡していた。
、悪いが少し起きてくれ」
何度か肩を揺すると、まつげが動く。おもむろに目を開けたの視界に男の影がひっかかり、まなこだけを動かすと、傷跡の目立つ顔が見えた。
「……うわ!!夜だ!!」
「いつから寝てたんだ?」
「お昼……?」
電話のあと、またすぐに目を閉じたのだろう。そこから今までこんこんと眠っていたのか。
「食事は?」
「お腹すいてない」
「食べたのか食べてないのかを訊いてるんだよ」
「食べてない」
「そうか。……君にK・Kからの届け物があるんだ」
肩に添えたままの腕をつかみ、彼女はすぐさま起き上がった。
「助かった……!!」
ずっと横になっていたせいでふらついた身体を支えてやると、彼女が頬を押さえた。
「近くて……恥ずかしい……かな……!!」
「……ああ、そうかい?」
「あーっ!でも離れないで!」
「ああ、わかったわかった、しがみつかなくていいから」
一日中眠ったことで調子を取り戻せたようだ。朝に比べれば格段に元気のある姿に安堵した。
安堵。
手で顔を覆って「惚れる……惚れる……惚れてる……」と呟く彼女を見る。彼女につられてスティーブン自身の体調も回復したが、安堵の理由はそれだけではなさそうだった。
見られないのをいいことに、わずかに顔をしかめる。自分は今すぐに手を離すべきだ。
彼女の好意は理解していたが(……最近になって認識し直したが)、引きずられているのか?それともこれも、ヘルサレムズ・ロットで悪意を揮った呪いのひとつか。
いや、と否定する。呪術が共有させるものは害だけだ。それはおそらく正しい。暗殺に感情の共有は必要がない。
そうなると、どういうことになるのか。わかるようでわからないようで、真実を求めるつもりで目をそらす。
「ど、どうする?もう少し抱き寄せておく?」
「……おかないよ」
「わかってた!」
嫌悪は初めから抱いていない。そもそもは何もかもがゼロだった。どうとも思わないニュートラルな状態だ。
彼女が異世界人だとは知らなかったころ、必要上、つながりを持った。本来なら比較的穏便で、後腐れのなさそうな、ビジネスの付き合いができる人物を選びたかったのだが、目的の人物にもっとも気を許されているのが彼女だった。単純に、選択理由はそれだけである。
この事態に忌々しさを感じたことは否定しない。
移動の手間だのリスクだのと、スティーブンは彼女にいくつか建前を並べ連ねた。本当は移動の手間など考えず、監視付きでどこかに監禁してしまうのが安全なのだが、そのときの彼はもう暫く、家の中で放し飼いにした彼女の動きを見るつもりだった。
こちらへの害意はなく、むしろ心の底から怯えきっていた彼女がスティーブンの自宅で刃物に手を出し、己ごとスティーブンを傷つけようとするとは考えづらい。やるのならば捕まる前に遂行しているはずだし、何度も方法を変えて確かめたが、彼女は非常に一般的な精神を持っている。奇妙な表現だとは彼自身も思うものの、これは、は、『ただ異世界からやって来ただけの人間』だ。自分から逃げ出そうとしない限り、のびのびと飼われていただくのも宜しかろう。
まあもっとも、一見自由なだけで、これもある意味、監視付きの監禁生活。
わかっているのかいないのか、不健康な物を盛られても疑いもせず、能天気なものだ。
気を許させるのも大事であるので、様子見の為にも時どきつついてみるが、簡単過ぎて笑ってしまう。彼女がスティーブンに恋をしているからこうなるのだろうか。
すべてが演技である可能性も、限りなく低いと彼は感じていた。これについては日々の報告と、スティーブンの目利きである。
偽物の恋に浮かれた彼女の言動に素直な面白さや魅力を感じたこともなくはないが、結局はその程度。よくあるうちのひとつでしかない。『一目惚れ』などというまやかしをうそぶいて取り付き、印象に残ったのは、驚愕と信頼と喜色に輝く瞳、くるくると変わる表情くらいなものだった。顔が変わってもそれに変化はないのだと気づいたのは、そう昔ではない。
生活と危険を密接させてからは、どちらかというとゆっくりと好感情に傾いた。事情は厄介ではあったものの、悪意のある人物ではない。
「え……なに……沈黙怖……」
次第に可哀想になってきたので、せめて彼女の『恋』という勘違いを解いておくべきだろうと試みたのは先日のことだ。どうやら本気らしいと知ったのもそのときである。問題は増えたが、不愉快さや悪感情は湧かない。
そもそもどうして『可哀想』になったのか。円滑に怪我を共有するだけなら、強い好意を持たせておいたほうが楽であるのに、情が移ったようだった。あるいは、勘違いの恋愛を叫ばれることに嫌気がさした。偽物だとわかっていたからだ。
偽物。
それならば恋が偽物でなければいいのか?あのとき、あの病室でなぜ、自分はあんなことを言い出した?
バカバカしいなと呆れ果てる。
しばらく放置してみたが、結果は。
「あ、メールくれてたんだ!?気づいてなかった!」
「気づいてないと思ったよ」
「これ、どうやって保護するの?」
「しなくていいよ。欲しいならまた送るから」
「ふぁ!?」
結果は、良かったのか悪かったのか。
スティーブンのなかの厄介さは非常に増したが、厄介なのはむしろ彼女ではなく、別のものだったのかもしれない。
正体のわからない疑問に名前はつかない。
スマートフォンをいじるに訊いてみる。
「君、どう思う?」
「なにが?」
「僕って、恋愛しそうに見えるかい?」
「……ど、どういう意図!?」
彼女がスマートフォンを投げた。枕元で跳ねた。
したいのか、気になるのか。誰かに何かを言われたのか。は必死に考えた。
「し、しそうには見えないけど、してるように見せるのがうまそう。おかげで私はこのざまだよ」
「ひどい言い方だなあ」
倦怠感も忘れて目を回す。
「れ、恋愛したいの?『あなたって恋愛に興味がなさそうよね』とか言われた!?」
「君に訊いてみたくなっただけだよ」
「あ、そう……」
安心したが、最近のこの男には気分的な質問が多くはないか、と顔が語った。
片手が慌てて毛布を叩いた。
「あっ!あ!うん、ううん、あなた恋愛しそうに見える!私に恋をしそうに見える!」
「いつか言うと思ったよ」
もはややりとりの恒例である。そしていつもどこかツボとタイミングを外すのが彼女だった。もっとうまくやればいいのに、というのはかなり初めのほうから共通するスティーブンの考えだ。
「そうだ。私、K・Kさんからの荷物をちょっと」
「ああ、それって何だったんだい? K・Kには、覗いたらマウントで殴って小指を折るって言われたんだけど」
「過激!!でも本当にいい人だ。中身は、スティーブンだけは見ちゃダメ。K・Kさんとの秘密」
そこまで言われては、K・Kからの脅しもあって追及できない。無理に踏み込むことでもないだろうと判断し、頭を切り替えて腹をさすった。
「君は、夕食はどうする?」
は髪を揺らした。
「今日はいい。このまま寝てる」
「了解。何かして欲しいことは?」
K・Kが言っていた彼女の『寂しい』という言葉を思い出してふと問いかけたのだが、これはスティーブンにとって意外な言葉を引き出した。
「うーん。なくはないけど!でも今日は、わざわざ早く帰ってきてくれたから、もういいや。ありがとう」
勢いと本能に任せた要求が飛び出すかと思いきや。
なぜ普段からこういった、一歩引いた発言を駆使する術を意図的に扱えないのだろう。そうすれば、少しくらいは彼女の望む、大人びた駆け引きができるだろうに。
「君のそういうところは好きだよ。頼みごとをしなかったことじゃなくて」
「最近は過去形じゃないね!?」

ドアノブに手をかけると、が「あ」と声をあげた。
「ねえあのー、さっき起こすときに私の名前呼んだ?」
「ああ……、うん、呼んだけど?」
「今度は起きてるときにも呼んで欲しい」
スティーブンの唇が薄く開いた。えーと、と呟く。
「……僕、呼んでないっけ?」
が拳を握って毛布を殴った。
「呼んでないよ!」



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